第13話 黒猫は自覚する

 


 この胸が締め付けられる程の切なさは恋なのか。


 恋を自覚すると、なんだかストンと納得できた。


 それなりに男女経験はあるが、全て来るもの拒まず、去るものは一切追わず…そんな状態なので、俺から人を好きになった経験は0ゼロだ。

 そもそも、他人に興味がない俺が誰かに執着するなど、極端に言えば、0か100 しかない。よっぽど嫌いかとっても好き以外は存在しない。


 と、言うことは、彼女の事はとっても好き…すなわち恋しか有り得なかった。



 俺は彼女に恋をしている。それも恐らく初恋。

 そして、恋の自覚と同時に俺は失恋をしたのだ。


 こんなに胸が痛むのは恋をしていたから。

 心揺さぶられるのは失恋をしたから。


 理解すると、後悔、嫉妬、焦り、また後悔…の感情が順番にやってくる。


 俺がもたもたしている隙に、彼女が既に誰かの物になってしまっているとは、夢にも思わなかった。

 会おうと思えば会えたのに、なんだかんだ理由を付けて、会いに行かなかった自分のヘタレ具合に腹が立って仕方がない。後悔しても全てはもう遅いのだ。


 俺は、もう一本タバコに火をつけ、気持ちを落ち着かせるように、大きく吸い込んだ。


 俺はバカだ。もう諦めろ。会う前でよかったじゃないか。たかが女ひとりに感情を振り回されるなんてごめんだ。


 自分が悪い、そう自分に言い聞かせるが、思い浮かぶのは彼女の事ばかり。思春期の子供ガキかよ、と自分に嘲笑する。


 27年間生きてきてこんなに人に固執することなど、ただの一度もなかったから自分でも吃驚している。


 同時にどうしようもない程の切なさに襲われる。


 今は彼女は他の人のものだ。さっさと会いにいかなかった俺に付け入る隙はないのだ。


 でも…


 ただ密かに想い続けるのはいいだろうか。それくらいは許して欲しい。


 他人に興味のない俺が唯一興味を引いたのだ。当分、この感情は引き摺る事になるだろうが、それで構わない。


 俺は心を決める。


 ならば、俺は見守ろう。彼女が幸せであるように。

 いつか助けが必要になったら、その時に手を差し伸べられるように。

 そして、彼女がもしも幸せでないのであれば、その時は俺が彼女を相手から奪ってでも幸せにしてやる。


 決めてしまえば心は楽になった。

 時間がかかったっていい。虎視眈々とチャンスを伺えばいいのだ。


 それには早く俺の存在を認知して貰わないといけない。


 どうやって?


 接点を自ら作って行けばいい。仕事で関われるように。幸いにも、第一営業部と第三営業部は関わりが深い。

 大所帯の第一営業部に影響を及ぼすくらい、仕事で成果を出せばいいのだ。


 時間がかかってもいい。俺を知って貰いたい。認知して貰いたい。

 そして、あわよくば、その瞳に俺を映して貰いたい。


 あの意志の強そうな瞳に俺だけを…


 そう思うと自身が昂り身体が熱くなった。

 こんな感情初めてだ。


 頭を振って、気を鎮める。



「…片想いか…らしくねぇなぁ。」



 まずは敵情視察でもするかな。

 第二営業部の鈴木とやらのツラを拝みにいくか。


 俺は大きく嘆息し、手元のタバコを消した。




 ◇◇◇




 それからの俺は、一層仕事に打ち込んだ。


 管理職の仕事はもちろん完璧にこなし、獲得してきた案件についても、精度を高め受注確度を上げるようにしてから第一営業部に引き継ぐようにした。


 そうすることにより、いつからか俺の案件は営業部内で重宝されるほどになり、部長以上からは『行けポン案件』、営業達からは『猫さん案件』と呼ばれるようになっていた。

 そして俺の案件は、誰でも担当出来る案件から、役職以上対応かつ、部長がアサインメンバーを決定する案件へと価値を上げた。


 気がつくとあれから2年の歳月が流れていた。

 彼女と鈴木は未だに続いているらしいが、俺には関係ない。

 相変わらず俺は、諦めることなく彼女を想い続けている。


 我ながら未練たらしく往生際が悪いとは自覚しているが、諦められ無いのだから仕方がない。理屈ではないのだ。



 そんな長く続く膠着状態にもほんの少しばかりだが、進展があった。


 今やトップ営業の彼女は入社2年目でチーフへ昇格し、3年目のこの春、更に昇格する彼女はリーダーの役職を拝命する。リーダーともなると、間もなく管理職の仲間入りだ。

 と、なると、月に一度の営業部全体MTGに参加に参加する事になる。

 また、俺の案件へのアサインもリーダー以上となると可能になってくるため、打ち合わせや引き続きなどで顔を合わせる機会がある。


 ようやく確実な接点ができることに、俺は思わず人知れず快哉を上げた。


 出会ってからもうすぐ4年。こんなに長くひとりの人を想い続けるなんて思いもよらなかった。

 もちろん、その間彼女らしき物はいない。セックスもしてない。未遂はあったが…。

 この俺がプラトニックを決め込んでいるのだ。恋の力は偉大だと思わずにはいられない。


 彼女の昇格発表は来月の人事発表だ。会議に参加するようになるのは、それから2ヶ月後。



 あぁ、彼女に会えるのが待ち遠しい。

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