第12話 黒猫の恋
マネージャーの仕事は思っていた通り忙しく、俺にしては珍しく毎日忙殺されるほどの忙しさだった。
第一営業部にいた時よりも、外回りの営業の頻度はだいぶ減り、社員教育や会議、日々上げられる稟議書類の処理に追われ、季節はあっという間に過ぎていった。
もうすぐ夏だというのに、俺は未だに彼女に会えていない。
それから更に季節は過ぎ、秋も深まった10月。
新人社員達のOJTも終わり、独り立ちして早3ヶ月。新人社員達も配属されたばかりの頃の学生気分はすっかり抜け、顔つきもだいぶ精悍になり、頼もしくなってきた。
元々、支社採用だったメンバーは支社に配属になったりと、皆それぞれの道に進み、ようやく社会人としての一歩を踏み出したという所だろうか。
あと数ヶ月するとまた新卒社員が入社してくる。その時期には先輩社員として指導する立場になるわけだから、不思議なものだ。
大体この時期くらいになると、大きな成果を上げるやつが出てきてもおかしくない。
今年は誰が1番に成果を上げて来るか、そんな話がチラホラと出始めた矢先の営業部全体MTGにて、とんでもない成果を上げた新人がいるとの報告があった。
先日、俺が日本独占販売権を獲得してきたばかりの、海外の某有名雑貨ブランドのショップを、新人社員が全国展開しているショピングモールにて出店する契約を取ってきたとの事だった。
正直、新人が受注できるような案件ではないと思うのだが、一体どこのどいつがどうやって獲ってきた?
いくら他人に興味のない俺でも、流石にこれはかなり興味を引いた。少し前のめり気味に話をきくと、その新人は…今俺が最も興味を引いている仲原 名月。彼女だった。
案件担当者として、すぐにでも会いに行きたかったが、流石にマネージャーと新人で、という訳にはいかないらしく、第一営業部からは彼女の上長であるサブマネージャーが挨拶にきた。まぁ、そうなるよな。
もうすぐ冬を迎えるというのに、俺は相変わらず彼女に会えていなかった。
◇◇◇
あの案件からメキメキと頭角を著した彼女は、あっという間にトップ営業の仲間入りを果たし、営業部内に留まらず社内で一躍有名人となった。
俺としては、彼女が正当な評価を受けられているこの現状を、よかったと心から思っているが、彼女本人はどう捉えているのだろうか。
あの時の自己評価の低さから察するに、すごい勢いで謙遜をしている姿が目に浮かび、堪らず忍び笑いをする。
あー、会いたいな。
気がつくと、そんな事ばかり考えている。俺らしくない。
会いたい気持ちは日に日に募る。
でも、会ってどうするのか?その先は?
…ノープランだ。いくら考えてもわからなかった。
ただ、会いたい、それだけ。その気持ちだけ。
俺から会いに行けばいいのだろうが、他部署のマネージャーがいきなり新卒社員に会いにいくなど、彼女の立場を脅かしかねないということも理解しているつもりだ。
ただでさえ俺も彼女も目立つので、彼女のためにも余計な波風を立てられない。変な噂を流されて困るのは俺じゃない。
人付き合いが苦手と言っていた彼女の事だから、きっと足場を固めるのに並々ならぬ努力をしたはずだ。軽率な行動で、彼女の努力を台無しにする出来ない。そう考えるとリスクを犯してまで、積極的に会いに行こうとは思わなかった。
それに、特段会いたい理由もあるわけではないから、行動も起こせない。
気づけば季節はもうすぐクリスマス。
焦れる日々が過ぎていく。
相変わらず俺は日々の業務に追われているが、気分転換のクライアント訪問や、部下のアポイントに同行して外回りをする機会も増えてきて、少しばかり余裕が出てきた気がする。
あれほど苦手だったデスクワークも、以前程苦では無くなってきていた。
ある日、部下と訪問するアポイントの件で小会議室で打ち合わせをした帰り道、タバコを吸いに喫煙ルームに立ち寄った。
俺は基本的に、気分転換がてらタバコは屋上で吸っていたので喫煙ルームにほとんど寄り付かないのだが、この日は後にも仕事が詰まっていたため、喫煙ルームで 手早く済ませることにしたのだ。
その時間、喫煙ルームには先客は誰もいなかった。誰かいても面倒だったので都合がいい。
俺は窓側の席に座り、缶コーヒー片手にスマホでメールチェックをしながらタバコをふかしていると、今年の新入社員と思しき2人組が入室してきて向かいの席に座った。
何やら楽しそうに会話をしている。話題は女子社員についてだった。かなり大きな声で話していたから嫌でも会話が耳に入ってくる。
学生かよ、他所でやれ。
耳障りだし、めんどくさいなと思い、撤収のため席を立った時、2人組から思いもよらない名前が飛び出し俺は固まった。
「そういえば、一営の仲原さん、最近超可愛くなったと思わない?」
仲原…って彼女か?思わずもう一度着席し、話に聞き耳を立てる。他の女の話は耳障りだが、彼女の話題なら別だ。
怪しまれないようにタバコに火をつける。2人組は話に夢中で、俺の事など目に入っていないようだ。
「それ、俺も思ったわ。垢抜け感半端ないよな。研修の時は、ぶっちゃけ、マジメかよって思ってたけどさ〜。すげーよなぁ…いきなりデカイ案件も当ててさ。」
「今の仲原さんなら、俺付き合いたい!いや、むしろ付き合って欲しい!バッチリメイクなのにあのホワホワした感じたまんないわ。」
垢抜けてバッチリメイク…以前会った、清楚な可愛らしい彼女からは全然想像がつかないが、話によると今は今で可愛いらしい。是非とも一度お目にかかりたい。外見についても、若干興味が湧く。
遠目でもいいから一度見に行くか…俺に気がついた時にどんな反応するか楽しみだ。
気がつくと、仲原さんの事ばかり考えている自分に苦笑いをする。
「いやいや、お前じゃ無理だわ。ほら、二営の出来るヤツいたじゃん?研修でリーダーやってたやつ…」
「えーと、鈴木?」
「あー、そうそう、鈴木。仲原さん、アイツと付き合ってるよ。」
衝撃が走った。
嘘だろ…付き合う?同期の恋人ができたのか…
途端に目の前が真っ暗になった。
「え、マジ?うわー、アイツやるなー。いつから?」
「研修の時から。なんか大学も学部も一緒だったみたいだしな。美男美女でなんだかんだお似合いなんじゃね?」
「うわー、マジかよ。じゃあ最近可愛くなったのは、鈴木のおかげかよー。くそー!鈴木め、爆発しろー!」
「そろそろ戻らないと。」
嵐のようにやってきた2人組は、騒ぐだけ騒いでまた嵐のように去っていった。
俺はあまりの衝撃にその場から動くことが出来なかった。
俺の世界から一気に色がなくなった。
胸が痛い。苦しい。
あれ、息ってどうやって吸うんだっけ…呼吸が出来ない。
辛い…辛い…辛い…
なんだ、この胸を抉られる感情は。こんな感情、俺は知らない。身が引き裂かれそうだった。
他人に興味が無かった俺が、初めて興味を持ち、執着した。
彼女のことを思うだけで温かくなれたこの気持ちはなんだ?こんなに彼女のことばかり考えるのは?会いたいと思うのは?
そして、こんなに胸が痛むのは何故?心揺さぶられるのは?
そして、俺は結論づける。
この気持ちに名前をつけるとしたら、それは間違いなく『恋』だろう。
俺は彼女が好きだったのだ。
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