第7話 黒猫の部屋は見覚えのあるマンション-前編-※

 

 あれから店を出て、タクシーで数分。私は見覚えのあるタワーマンションの前で立ち竦んでいた。


 間違いない、忘れもしない…ワンナイトやらかした現場である。


 あのやらかした日に飛び出したぶりに訪れたマンションは、相変わらず豪華だった。

 あの日を思い出し、思わず遠い目になる。



「ん?何か思い出した?」



 表情なく遠い目をしている私の頭の上から、笑いを噛み殺したようなバリトンボイスが聞こえる。声の表情からして明らかに面白がっていることが伺えた。



「い、いえ…立派なタワマンだなぁって…思って…」


「ふぅん。それはありがとう。」



 私の嘘を見抜いているかのように、猫実さんは楽しそうにくつくつと笑う。

 気まずくなり目を逸らす私の腰に、猫実さんは当たり前のようにするりと手を回した。



「鞄、重いでしょ。持つからかして。」



 そう言うと、私の腕から荷物を外し自分の鞄と一緒に左手に持つ。そのままぐいと抱き寄せ、エントランスに進む。

 不意に抱き寄せられ、ふわっと猫実さんの香りが鼻腔を擽った。身体がピッタリと密着し、嫌でもこの後行われるであろう行為を想像してしまい、顔が蒸気する。


 猫実さんはそんな私の様子をみて、目を細めた。



「悪いけどオートロック開けてくれる?」



 私を抱き寄せたまま、猫実さんは少しだけ前屈みになり、目線でシャツの左胸のポケットを指す。すぐ横に猫実さんの綺麗な顔がくる。ドキリと心臓が跳ね上がって顔を直視出来ない。

 おずおずとポケットを覗き込むと、タバコの他に鍵らしきカードが入っていた。



「えと、これですか?」


「うん、それ。そこに翳せば開くから。」



 カードキーを取り出し、言われるままオートロックに翳して施錠を解除する。猫実さんは私を抱き寄せたまま躊躇することなく、そのまま早足でずんずんとエレベーターホールまで進んで行く。


 ちょっと待てちょっと待て!まだ全然心の準備出来てないんですけど!


 緊張と激しい動悸で上手く言葉が出ない中、精一杯の声で猫実さんを呼び止める。



「あ、あの…」


「ん?なぁに?」



 あわあわする私に、余裕たっぷりの笑顔で猫実さんは返事をした。

 上目遣いに見上げるも、艶然と微笑まれ、更に私は萎縮する。



「あの…私…こ、心の準備が…出来てないっていうか、その…」



 もう、いっぱいいっぱいです…



 と、消え入りそうな声で何とか状況を伝えた。


 それはそうだ。一度身体を重ねたとはいえ、全く記憶にないのだから初対面といっても差し支えないだろう。それに、仕事においてはかなり…いや相当リスペクトしている憧れの人である。

 加えて、猫実さんは相当なイケメンである。イケメン耐性の無い私が緊張するのは当然だろう。


 俯きうろたえる私を横目でチラリと見て、猫実さんはまたすぐにエレベーターの方に視線を戻し、



「ふぅん。そっか。」



 と一言だけ言う。心做しか、少しだけ腰に回した腕に力が入った気がした。

 猫実さんを見上げると、片方だけ口角を上げて薄く笑んでいる。


 チン、とベルが鳴り、到着したエレベーターの扉が開く。


 促されるように、エレベーター内に一歩歩を進めると、くるりと身体の向きを猫実さんの方に向き直され、抱き締められる。そのまま背中をエレベーターの壁に押し付けられ、猫実さんの檻に閉じ込められた。


 うなじの辺りに猫実さんの熱い息がかかり、背筋がゾクリと疼く。そのまま猫実さんは、首筋に唇を落とし、軽く吸い上げると、そのまま唇を耳まで這わせ、耳たぶを食む。


 身体がビクリと反応し、熱くなってくる。猫実さんは、そんな私の変化を見逃さない。私の熱を更に煽るように、耳たぶをねっとりと舐りながら、欲情をたっぷりと含んだ甘いバリトンボイスで、恐ろしい事を囁いた。



「余裕ない?でもごめんね?心の準備?待てないな。俺の事忘れちゃった君が悪いよ?だから、今日は絶対に忘れられないようにしてあげるね。」



 言い終わると同時に、噛み付くようなキスをされた。




 ◇◇◇



 狭いエレベーターの中で、猫実さんにたっぷりと唇と舌を舐られた。

 呼吸が出来ず、口をぱくぱくするも、それすらも猫実さんの唇に捉えられてしまう。

 いつの間にか、私の両腕は猫実さんの首筋に回され、もっとと強請るように夢中に頭を押し付けている。

 猫実さんに与えられる刺激は蜂蜜のように甘く、先程までの私の優柔不断な思考を簡単に蕩かしていく。凄まじい程の快感に突き動かされ、猫実さんの唇を貪る。情欲に抗えない。


 激しいキスが止み、名残惜しそうに唇を離すと、猫実さんは切なげな表情をして、啄むキスを落とした。



「仲原さん、舌出して?ちゃんと見てるんだよ?いい?」



 苦しげに言われ、胸がキュンと締め付けられる。言われるままに目を開けて舌を出すと、猫実さんも長い舌を出して見せつけるように絡める。



「っは…ほら見て。繋がった。はぁ…堪らない…早くこっちも繋がりたいよ。」


「いやぁ…」


 そう言って、私のスカートを捲り上げると、猫実さんは、熱い吐息と共に耳元で熱っぽく囁いた。



「嫌じゃないでしょ?」



 その瞬間、ゾクゾクっと背筋に快感が走り、腰が抜けて猫実さんの胸にもたれかかった。

 その時、ちょうどエレベーターが目的階に到着し扉が開いた。

 猫実さんは私の額にキスを落とし、腰が抜けて立てない私を抱き上げてエレベーターを降りた。



 ◇◇◇



 ピーッ、ガチャ



 乱暴に玄関のドアを開けると、また激しいキスが降ってくる。

 荷物を投げ捨て、抱き上げたまま、片手で靴を脱がしていく。そのままストッキングをスカートごと引き抜き、床に落とした。


 性急な激しいキスに息が乱れるが、それよりも猫実さんと繋がりたい気持ちが勝ち、自らも腕を絡め猫実さんの唇を求めた。

 猫実さんは、堪らない、と熱い吐息を吐き、私の胸元を強く吸った。白い肌に赤い華が咲く。それを恍とした表情で眺め、また激しいキスをする。


 キスをしながら、スーツの上着、ブラウスを次々と剥ぎ取りながら寝室へ向かう。そして、生まれたままの姿でベッドに横たえられる。


 ひんやりとしたリネンが肌に触れ、リネンから覚えのある猫実さんの香りが漂う。まるで猫実さんに抱かれているような感覚に頭がぼぅとした。


 猫実さんは、私の頬を愛おしそうにひと撫ですると、顔中にちゅっちゅっとキスの雨を降らせる。熱っぽい瞳で見つめると、ちょっと待ってて、と少し乱暴にジャケットを脱ぐ。

 しゅるっとネクタイを抜き去って、メガネを外し髪を掻き上げる…ただ、それだけなのに、その姿がとても濃艶で思わず見蕩れていると、猫実さんはシャツの前を肌蹴させながら、こちらをみて艶然と笑んだ。



「ふふっ、仲原さん、蕩けそうな顔してるね。」


「猫実さん…私…何か変なの。」


「うん?何が変なの?どこも変な所なんてないよ。」



 全部綺麗だ、そう言って、猫実さんは目を細め、私の上にのしかかり、額にキスを落とす。

 先程のように顔中にキスを落とし、やがて唇にちゅっと音を立ててゆっくりとキスをする。啄むようなキスから始まり、だんだんと深まり、貪るようなキスに変わる。



「んぅっ…猫…さん、激しい」


「っ…早く君と繋がりたいからね。」



 猫さんは首筋に唇を這わせ、強く吸い上げる。場所を変えながら、首筋、胸元を強く吸い上げ、赤い華を咲かせていった。猫実さんは、私に咲かせた沢山の所有の印を見て、満足そうに微笑んだ。



「仲原さん、もしかして、期待してるのかな?」


「意地悪言わないでぇ…」


「ふふっ、意地悪好きなくせに。可愛い。」



 猫実さんの言葉に顔が熱くなる。

 その通りだけど…言葉にされると恥ずかしい。羞恥に顔を背けると、情欲に濡れた目で覗き込まれる。



「言葉にしてくれないと、わからないよ?どこを、どうして欲しいの?」


「む、無理ぃ……恥ずかしい…」


「ふぅん。じゃあ、言いたくなったら言って。それまで触れてあげないから。」



 猫実さん意地悪そうにそう言い、するりと太ももの内側を撫でた。

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