第24話 オープンマイク再び
湘南台駅には、黒澤さん、それに下倉さんが待っていた。下倉さんは美容室に行ったのか、髪を切っていた。
え?下倉さん、小顔。髪切っただけで全然印象が違う。そう言えばメガネも違う。リムレスの眼鏡で、それが下倉さんに似合ってる。
「どうしたの、その眼鏡」
「入学祝いに貰ったんだけど、似合わないと思ってしまっておいたんだけど……どうかな?」
「良いよ、凄く可愛いっ」
と、敦と二人で下倉さんを褒めていると、後ろの方から、怒気を放つ人がいた。
あ、やばい。そりゃ彼女放っておいて、他の女子、褒めるわけには行かないよね。
「先輩、こちら黒澤さんと下倉さん。下倉さん、黒澤さん、こちら島村先輩です」
彩先輩の不機嫌は黒澤さんを見たことで、吹っ飛んでしまった。
「すごーい、目大きーいまつ毛ながーい。まつ毛エクステしてるわけじゃ無いよね。わー小顔ー」と一通り誉めると、先輩は黒澤さんに、
「にかっと笑ってみて。こんな感じで」
と、笑顔を作ってみせた。
「え、こ、こうですか」
「ダメダメもっと口元を開くように」
そんなやりとりを暫く続けていたが、やがて、先輩は俺の方を向き、
「どっちが笑っている?」
と俺の方へ尋ねてきた。
先輩です、と答えると、満足したのか俺の胸に飛び込んできた。
「むふー」
俺は右手で先輩を抱き、左手で先輩の頭を撫でた。俺の胸を頭でグリグリするとぱ、と離れた。凄く可愛い。黒澤さんは美人だけど、やっぱり彩先輩の可愛さには勝てない。
黒澤さんは、少し困ったような笑みを浮かべていた。
「ごめんな、黒澤さん、でも彩ちゃん先輩ってあんな感じだから」
と、フォローのようなそうでないような言葉を、敦は黒澤さんにかけた。
「じゃ、揃ったから行くか」
と敦が言うと、
「あら。高橋君と小野君も来るようなこと言ってたけど」
「えー。あいつらもー」
敦が露骨に嫌な顔をした。俺たちが二人と仲良くなった後でも、苦手らしい。
「ちょっと連絡とってみるわ」
と言って、俺は二人にメッセージを送信した。
「あと五分して来なかったら先に行こうぜ。エントリーはしてあるけど、あんまり遅いと始まっちゃうからな」
そこは俺も敦と同意見だった。何番目にやるかとか、他のバンドはどうなのかとか、色々気になる。そもそも昼営業のライブで、どのくらい人が来るのかも、よくわからなかった。あんまり人、来ないと良いな。
連絡を取ると、高橋君たちは次の電車に乗っているようだ。凄く謝っていた。高橋君たちが到着すると、直ぐに店に移動した。店には結構お客さんが集まっている。
カフェ営業は昼から始まっているので、プレイヤーもオーディエンスもごちゃ混ぜになって、ソフトドリンク飲んだり、昼飯食べたりしている。
「うわー。いつもより盛況かも」
敦が言うには、何時もはこの時間だと、この半分くらいの人数なんだそうだ。
出演者の数はそんなに変わらないだろうから、オーディエンスが増えたってことか?そう言えば、モヒカンの人とか、髪が真っ白い人とかいる。あれ、全部会田君のバンド目当ての人かな。やべー、ホームだと思ってたのにアウェー感がしてきた。あのオーディエンス、会田君達が終わったら帰ってくれないかな。
そう言えば、高橋君や小野君は俺らと一緒に来たので知っているが、他のファンクラブの面子も何人か来ている。これは黒澤さん目当ての連中だ。こういう場所は不慣れらしく、何も頼まずに一つのテーブルに固まっている。
君ら、なんかドリンクでも頼まなきゃあかんよ。店の儲けが少なくなっちゃうじゃん。って誰が言うのか。俺は言いたくない。面倒なことはしたく無いんだ。
ほら、スタッフがソフトドリンク頼むように言いにいった。やっぱ慣れてないと、こう言う場って戸惑うよな。なんて、俺もまだ二度目なんだけど。とこんなことを考えて、気を紛らわせている。
あー。緊張してきた。
敦はカウンターでエントリーしていた。エントリー自体は、既に予約していたので、お金を払うだけなのだけど。何番目が自分なのかその場でわかるわけじゃ無いのが辛い。俺たち、何番目?
間も無く、プレイヤーリストが公開された。ええと、俺たちの出番は、ええ?トリ?そんでインコムの後?うわ、めっちゃやりづらい。これは、インコムと対バンしろ、ということなのだろうか。対バンなんてやりたく無いのに。
ちなみに黒澤さんは、インコムより少し前だった。羨ましい。
敦は、俺と彩先輩からエントリーフィーの三分の二を回収していた。エントリーフィーは千五百円だったから五百円づつ出し合った計算になる。
それからソフトドリンクを注文しに行き……なんか馬鹿がカウンターで揉めてんなぁ、と思ったら会田君が、酒を飲ませろ、って煩くしていた。
「会田君、無茶言うなよ。高校生の俺らが酒呑んだら、この店営業停止だよ?」
「け、そんなの知るかっての。バレる方が悪いに決まってるじゃねぇか」
「吉田君、会田君何とからない?」
「うーん。ちょっと外の空気吸わせてみようか」
と言って、会田君の襟首を掴んでそのまま引っ張っていった。さすがベーシスト。パワーがある。
ジンジャーエールを注文直後、オープンマイクが始まった。今日は十組やる予定だったから、順番回ってくるの早そうだ。
相変わらずこの店はプレイヤーとオーディエンスの距離が近い。ステージとか言ってもフロアから10cm位しか高く無いし。手を伸ばせばプレイヤーに届きそうだ。
夜営業と違って、昼営業では、弾き語りの人はそう多くはなく、二人から三人編成のバンドも多かった。
やっぱあのステージ三人で一杯だな。四人はどうやっても入らないだろう、と今やっている、三人編成のガールズバンドを見ながら思った。
このバンドも中々良いなぁ。俺、ガールズバンド好きなのかも。Bonez の新曲なのによくコピーしている。あのメンバーの中にスコア起こせる人がいるんだろうな。
と、何組かのバンドの後に、黒澤さんの番だった。黒澤さん、何やるんだろ?と思ったら、サイモン&ガーファンクルのスカボローフェアやっていた。然も歌ってて、上手い。
黒澤さんが言ってた、仕込むってこう言うことか。クラシックのアレンジでポップスを弾こうとすると、どうしてもメロディを弾くことになるんだけど……黒澤さんは上手く歌を被せている。歌とギターのユニゾンが心地よく感じる。
あっという間に終わってしまった。ぱらぱらと拍手が起こる。メロディを弾かずに、伴奏をやっていれば、もう少し評価は高かったかもしれない。
次は一転して、スペインの民謡だ。民謡と言っても、日本の民謡を思い浮かべてはいけない。エル・ビート。この曲、かなり早い。そして盛り上がってくると、ラスゲアードが多用される。この盛り上がりのカタストロフィが気持ちいい。
リピートしてひたすら弾いていられる曲なのだが、黒澤さんは三分ちょいにまとめて終わらせた。本当は曲の途中で、アレーとかオレーとか掛け声をかけてやればよかったんだけど、誰もやってないので、躊躇ってしまった。弱いなあ。
拍手が沸き起こる。やっぱりいい曲には正当な評価が、得られるものだな。
最後が、愛のロマンス、俗に言う禁じられた遊びと言うやつだ。それのトレモロバージョン。有名な曲だけど、このバージョンは後半が全てトレモロになっている。それがこのバージョンの、愛のロマンスの難易度を上げている。
Aパートのアルペジオを弾き終わる頃には黒澤さんの額からは汗が噴き出ていた。そのままBパートのトレモロに入る。執拗に繰り返さられる、音の粒。高度な技術に裏付けられた、
黒澤さんが弾き終わると、拍手が沸き起こる。うーむ。俺たちも、あれくらい拍手をもらえるようにしなければ。微妙にプレッシャーをかけられた様だ。
「へーえ。これがクラシックの本気か。凄いな。でも優吾にもあれくらいは出来るんだろ」
「出来るけど、人前でやったことない」
「出来るならテクニックは同等さ。盛り上げてくれよ、リズムギター」
そうだな、敦。
先輩がそっと手を握ってくれる。俺も握り返した。そうしてもらっていると、落ち着く。なんだか、必死になって上手くやろう、全力だそう、と考えていたのが、す、と抜ける。“音楽は楽しんだもん勝ちだぜ“。敦の言葉が蘇る。
次のバンド、インディヴィジュアル コミッティ、通称インコムの番だ。会田君、どんな編成にしたんだろう?と思っていたら、会田君、ギター持ってる。しかもフォークギターだ。シールド繋いでいるところを見ると、エレアコだな。吉田君もベースの準備をしている。じゃぁ、最後の一人は。
ドラムの人だったー。ジャンベを叩くらしい。
会田君たちのバンドはパンクロックじゃないかと思っていたのだが、今日はどうもフォークロックになるらしい。調弦した後に、
「それじゃ、行くぜぇ!」
と叫び声を発し、ドラムとベースがリズムを刻んだ。そこへ、会田君がメロディを弾く。いや、メロディなのか?凄く適当なんだけど……。歌がメロディラインを押さえているから、それっぽく聞こえるんだけど、ギターがな、迫力あるけど、メロディになっていない。
しかし、小手先の上手さを離れ、とにかく迫力と勢いで自分の伝えたいことを、表現しているのが凄い。これは、フォークロックじゃない、パンク・フォークロックだ。会田君はフォークギターで、簡単なコードを出鱈目に弾いているだけだ。其れなのにベースとジャンベが会田君を助けるように、音で支える。曲は政治的な内容を含むが、本質は内省的だ。自分たちの生き方を認めろ、と言っている様だった。
会田君の迫力に押されて、あっという間に三曲終わってしまった。会田君は、誰とも喧嘩しなかったし、楽器も壊さなかったし、機材も壊しはしなかった。喧嘩や破壊を望んでいた人たちもいたらしく、そのまま帰っていった。
だけど、俺は何も壊しはしない会田君が、凄くかっこよく見えた。格好良さに引きずられて、俺はまた、ガラスを飲み込んだような気分に、なってきていた。
そんな気分の時は、彩先輩が俺の手を握ってくれる。親指の腹で手のひらを撫でてくる。一瞬、くすぐったく思って手を離そうとするけど、彩先輩は手を離さずにずっと手を撫でてくれている。それが凄く気持ちいい。
忘れてた。自分たちもカッコいいってことを。
「よし、楽しもう」
俺はそう声をかけて、ステージに行った。時間は四時十五分を指していた。音楽をできるのはあと十五分間だけ。そして、俺たちが最後だ。
ギターとベースのセッテイングをした後、一曲目、イパネマの娘を演った。
ここでミスをすることになる。先輩が歌い出しを逃してしまったのだ。どうも歌詞を忘れてしまったらしい。
俺は八小節でもう一度反復し曲の頭から弾き始めた。彩先輩が歌い出しを思い出した感じを受けない。
ここは、俺が歌わなければ。
— Olha que coisa —
俺はバッキングをしながら十六小節を歌った。すると、彩先輩も歌詞を思い出したようで、俺からボーカルをとり、歌い始めた。良かった。これならこのライブ、上手く行く。
演奏を終えると、拍手とともに、頑張れー、という声も若干聞こえてきた。照明が明るくて、ステージの向こう側が見えづらい。なんだかタニーの声がしたような。気のせいか。
敦はベースでグルーヴ感を出している。ボサノヴァでそれってどうなんだよ、と以前つの突き合わせていたのだけど、この曲に関しては上手くいった方だな。
敦は良い感じにアドリブを入れてくれる。ギターを遮らない音を出している。彩先輩も大丈夫のようだ。声の震えは微妙に残るけれども、しっかり声を出そうとしているのは伝わるし、歌詞も抜け落ちていない。
そんなことを言っている俺はどうかというと、バンドが心配のあまり、緊張している暇が殆どない状態だった。心的に強くなったとかそう言う感じでも無いんだけど。ただ、自分のパートを演奏しながら、周りを見る余裕が出てきているのは確かだった。
さて、最後の「曲名の無い歌」なんだけれども。これは、ちょっと説明させてもらった。自分たちで、作詞作曲した曲であること、何度も何度も修正して、最後に題名をつけようとしたけれども、三人とも思い入れが強くて、曲名をつけられなかったこと、などを話した。
それだけ伝えれば、後は曲を聞いて判断して貰えばいい、と演奏を始めた。しかし、怖いな、自分達の作った曲が批評されるなんて。それは、聞いている人がどう捉えるか、まるでわからないんだけど。少なくとも、この中にも作詞作曲する人は何人かいるわけで、その人達にダメ出しを食らったら精神的に参りそうだ。
そんなつまらない事を考えていたら、走りそうになってしまった。敦のベースを聞いてテンポを合わせる。危なかった。この曲二拍だから少し走っても取り戻せるけど、そこに歌が入っているから、変な音は入れられないし、第一、俺はリズムギターだ。リズムギターがリズムを崩してどうするの、って話だ。
敦が安定して、ベースラインをキープしてくれるから、ベースを聴きながら弾ける。こんな感じで、三人でずっと演っていければいいなと、ちら、と思った。
演奏を終わると、大きな拍手を貰った。自分たちは、良い曲に仕上がっていると思っても、受け入れられるか、凄く不安だったので、この拍手は素直に嬉しかった。
それで、感想は、言われれば、やっぱり緊張していた。でも不思議と肩から力が抜けていた。教室の先生が、脱力が大切だ、と言っていたのを、心の隅で思い出していたのかもしれない。
念のため黒澤さんにきいてみると、いつもの通り、緊張した、と言っていた。いつもの通りって?と尋ねたら、
「人前でやるときはいつも緊張しているよ」
と言っていた。緊張してあの完成度なのか。だめだ、黒澤さんには既に差をつけられている。
彩先輩は泣いていた。
「ゆうごぉ〜ごめんねぇ」
「ごめんも何も、上手く行ったから結果オーライですよ」
今度から、イパネマの娘は俺と先輩でボーカルやりましょう、と言ったら、先輩はまた泣き出した。あれ?俺また間違えた?
「いや、そうではなくてですね」
「わかってるよぉ、優吾は純粋に二人で歌った方が、気持ちいいって思ったんでしょ。でも私はちがうのぉ」
しくしく泣いている先輩の肩を抱きながら、敦に感想を求めた。敦もやっぱり緊張したと言っていた。イパネマの娘が特にやばかった、と言っていた。
「優吾が咄嗟に反復してなかったら、俺も途中で演奏止まってたかも」
「今日は、俺、周りが見えていた気がする」
「ま、楽しかったな」
「ああ」
暫くすると、ようやく彩先輩が泣き止んだ。
これで、泣あと拭いてください、と言ってハンカチを渡すと、涙を拭いて、鼻をかんだ。鼻をかんだことに気がつくと、
「これ、洗って返すから」
とバツの悪いことをした後のような笑顔をした。
「あんた、良いギター弾くね」
後ろから話しかけられて、誰かと思ったら、先程見かけた、モヒカンの女性だった。
「あ、どうも、ありがとうございます」
「あの女の子、歌い出しでなかっただろ。よくフォローしてやったね」
「今日はたまたまですよ」
ふーん、とモヒカンの女性は言い、何か腹づもりでもあるのかと思っていると、
「あんた、ボサノヴァしか弾けないのかい」
「いえ、俺は元々クラシックをやっています」
「へぇっ、クラシック。エレキの経験は」
「いや、無いですね」
「ふーん。あたしハングオーバーっていうレーベルのマネージャーやってんだ。今のバンドやめたら、うちに連絡くれよ」
といって、名刺を渡してもらった後、去っていった。ガールズバンドに目をつけたのかな、そっちの方に行ったみたいだった。
入れ替わり、会田君と吉田君、それにドラムの人がくる。
「お前らの、なんだよ、あれー。まるっきりコピーじゃねぇか。そんなんでよく対バンしようとか思ったな」
「いや、これ、対バンじゃ無いから。ただのライブだから」
「うるせいよ、俺ん中では対バンなんだよ」
「そういや、今日はギター弾いてたね、いつもはギター弾かないんじゃなかったっけ?」
「今日はギターに抜けてもらったからよ、俺がギター弾くことになった」
「なんでエレアコ弾いてたの」
「いや、パーカッションがジャンベとカホンだって言ったら、ギターのやつが、じゃぁフォーク持ってけって」
「あ、それ正解だったね。ギター良かったよ。出鱈目だったけど、味があったね。おもわず、パンク・フォークロックって言葉が浮かんだもん」
「なんだよ、その新しいジャンル」
「俺たちの新曲はどうだった?」
「ああ、あれ良い曲だな、歌詞が子供っぽかったけど」
それを聞いた彩先輩が会田君の、ブーツをぎゅっと踏みつけた。
「ってっ、このチビ女」と追いかけようとした。
その時
「お昼の部、終了です。夜の部は五時頃開始の予定です。お客様には一度外に出ていただきますー。よろしくお願いします」
と言われて外に出た。
暫く外で話し込んでいたが、黒澤さんが夜の部も見たいと言い出した。俺と彩先輩は、タニーが来たらちょっと面倒かな、と思っていたのだが、高橋、小野組が黒澤さんに賛成だった。とすると、俺と彩先輩も残らなければならなくなり。敦にどうするか聞いたら、
「ベースが重い。今日は無理だ」
と言って帰るつもりでいるようだ。下倉さんに聞いてみても時間遅くなると、困るから帰る、と言う話だった。
「敦、下倉さん送ってやれよ」
「おお、わかった」
と二人で帰っていった。
俺たちは店がオープンするまで待っていることにした。ギター持ってウロウロしたくなかったからだ。
これが、敦とやった最初で最後のライブだった。
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