第23話 準備万端

練習をしていくにつれ、次第にバンドとしての体裁が整い始めた。音が合う、つまりハーモニーが合い始めたのである。メロディとリズムギターが合わない所も出てきていたのだが。それは徐々に解消していった。


 徐々にと言うのは、リズムギターのコード進行の整合性を保ちつつ、メロディの変更をしなければならなかったからだ。


 あとは、どうしても合わない部分の個人練習をしていた。


 そんなわけなものだから、夕方の部活では、ほぼ合奏の練習しかしてなかった。


そう言えば、会田君たちのバンドの名前だが、インディヴィジュアル・コミッティと言うそうだ。それを敦に伝えると、敦はお店のページに、その名前を予約した枠の中に入れた。


「どう言う意味なんだ?」


「さあ……」


「『個人の委員会』かー。何のことやら」


個人的には、何か政治結社らしい匂いのするバンド名だ。


「まあ、会田たちのバンドの名前はいいんだが、俺たちのバンドは何て名前にするんだ?」


「あ」


「まだ考えてない……」


「今決めるか」


と敦は言った。俺もそれには異論はない。バンド名を決めるタイミングみたいなものがあって、今がその時なのだ。それで、色々名前を羅列していった。


「『トライアド』は中々良い線いってるな」


しかし、提案した彩先輩が不満げだ。もう少し、しっくりくるバンド名にしたいらしい。


「優吾の『彩バンド』はちょっと……恥ずかしいよね」


あれ?結構良い線いってると思うんだけど。こう、ボーカルの人の名前を冠したバンドよくあるでしょ。それみたいな感じで。駄目か。


「やっぱ、恥ずかしいかぁー」


思わず、声が出てしまった。『彩バンド』、良いと思うんだけどな。


「それを良いと思うのは優吾だけかも知れないな」


「スワロウズ・ネスト」


敦が考えた名前は「燕の巣」。意味深な名前だが、敦はこう、説明した。

「燕の雛は、飛べない間は親鳥に食べ物を、分けてもらわなけりゃならないけど、大きくなれば、巣立たなければならない。俺らも今は親鳥の世話になっているけど、いつか巣立たなければならない。そういう意味を込めた」


巣、ってうちの事で、親鳥、ってのは親のことか、と聞いたらどうも違うようだ。


巣は、このバンドのことで、食べ物は音楽。世話は自分たちでしているようだけども、陰で支えになっている人たちがいる。そういう環境から、いつか巣立たなければならない日が来るのだ、と言う事だった。


説明を聞いてみれば、良い名前だと思った。


「俺は敦の名前に賛成です」


「そうだね。私も良い名前だと思うな」


「じゃ、このバンドの名前は『スワロウズ・ネスト』で。あと決めなきゃならないのは」


俺たちの曲の名前だった。これについては、揉めに揉め、結局当日になっても決まらなかった。


数日すると敦の電話に、連絡が入った。


「あ、みゃーさん、こんにちは」


『うん、おはよう。それでさ、今度演る予定のインコムだけど。あ、インディヴィジュアル・コミッティの事ね。連中ちょっと問題有りでさー。神奈川と都内のライブハウスほぼ全てから、出禁になってるんだよ。ウチとしてもちょーと無理かなーと思ってるんだけど』


「何で出禁になったんですか?」


『ギターやライブハウスの備品は壊す、オーディエンスと喧嘩する、酒や煙草をやろうとする。行儀の悪いバンドの典型だよね、自分のギター壊すくらいだったら良いんだけどね。あ、ちょっと待ってオーナーが代わりたいって』


『おー、敦元気かー』


オーナーの声がでかい。思わず、敦はスマホから耳を離した。


「元気ですよ、なんです?」


『インコムなんだけどな、一回演らせてみようや。そんでな、ウチでやるなら三人編成でドラムセットなし、リズム楽器はカホンとジャンベだけ、って制約の中でどんだけできるのか試してみようぜ』


「えー、大丈夫なんですか、そんな事して」


『演れるのは三曲だけだ、そう伝えておいてくれ』


そう言って電話は一方的に切れた。


「聞こえた?」


「うん、でかい声の人だった」


「じゃ、連中に伝えるのよろしく」


「また俺かよ」


人使いの荒い敦に、恨みがましい目をむけ、それから長い嘆息を吐くほか、不機嫌さを表す方法がないのであった。


「なにぃ、メンツが三人までしか入れないだとっ。それにドラムセットが無いってなんだ、カホンだ、ジャンベだぁ?そんなもんでロックが出来るかよっ」


やっぱり会田君は怒った。念のため、会田君のバンドの編成聞いたら、ボーカル、ギター、ベース、ドラムの四人編成だった。ロックをするにしても、だいぶこじんまりとした編成のようだ。


 それを三人にするか。何が削れるかな。カホンとかジャンベ扱ったことがないならドラムいらなくなるな。


「会田君のパートは何なの?」


「ボーカルだよ」


「会田君はギター弾けないの?」


「ギター弾けたってんなら、どうだって言うんだよ」


「そうすればギターが削れる」


「……弾けない」


「なら、ドラムセットがないと、音が出せないドラマーを削っても良いけど」


「いや、流石にジャンベくらい叩けるだろ、うちのドラマーでも。だけどな。おれは。爆音が欲しいんだよ!ジャンベで爆音なんて無理だろ!」


「そこはベースに頑張ってもらって」


「吉田にぃ?」


あれ、吉田君インコムのベースだったのか。そう言われれば、なんとなく、ベース、って顔立ちだ。どんな顔立ちがベースっぽいのか、俺自身説明せよ、と言われてもよくわからないのだが。


「 吉田ぁ、お前、コードいくつ覚えていたっけ?」


吉田君は指を折って数え始めた。と言ってもすぐ終わる。


「えと、Eマイナー、Aマイナー7、G7、D、Dm、全部で五つくらいかな」


くらいってのが、アバウトすぎるよなぁ、もしかして吉田君は、必要な時に名前の知らないコードをならせる、天才ベーシスト?


「ほらな?うちのベースこんなんだぞ?でかい音が出せるのが取り柄だ。あとは売りはない」


しかし、会田君が爆音欲しいって言うなら、ベースは外せないなぁ。そうすると、ドラムを削るしかないかな、ジャンベとか嫌がってるし。


「ところで吉田君、その五つが弾けるなら、あと四つくらい弾けるコード増えるよ。ベース持ってる?」


吉田君はベースを手放さない質らしく、すぐ持ってきた。エピフォンのジャズべだ。ヘッドに書いてあった。俺は、ベースはジャズベとプレシジョン、それくらいしかわからない。


 とりあえず、俺はEとAとCとGのコードフォームを教えた。7thコードが弾けるくらいなら、メジャーコード弾くのはそんなに難しくないはずだ。


「わあ、ありがとうー」


と言われた。何でか懐かれてる。インコムでは、ベースギターを教えてくれる人が居なかった、とのこと。


 そうかー。じゃあ、どうやってコード覚えていたの?って聞いたら、ベース弾いてて、何となく良い和音が出来たのを覚えて、それを別のバンドの先輩(?)に聞いて、コードの名前を覚えた、らしい。やっぱこいつ天才かもしれん。


「あっくん、あと、曲数が三曲しかないってのもあるよ」


「あっくんとか呼ぶんじゃねーよ。その、恥ずかしいだろ」


吉田君が付け加えてくれた。しかし、会田君的には、曲数は問題ならないみたいだ。大体三曲やった時点で、ギター壊すか、機材壊すか、誰かが怪我をするかで、ライブは有耶無耶のうちに終わっているからだ。


 というかそんなバンドに良く、オーディエンス来るなぁ。俺なら腹立てて二度と行かんわ。


それにしても、会田君、あっくんて呼ばれてるのか。うける。


それで、オープンマイクの当日。この日は俺も彩先輩も、バイトを入れていなかった。少し練習するために、始まる三時間前に、学校に集合した。一度くらい最後に合わせたかったからだ。


 俺はこの日のために、母さんに、一万円払うから、今日一日アントニオ・ロペス俺のギターを貸してくれと言って、頭を下げた。母さんは呆れたような、諦めたような、微妙な顔をして、俺から一万円を受け取ると、ギターを出してくれた。


 今日一日は、俺たちは一体だぜ、相棒。


 そんな事を思って、部室に向かった。


部室では既に敦と彩先輩がいて、音を合わせていた。先輩のメロディはほぼ完成していて、いつでもスタンバイの状態だった。ほぼ、っていうのは、やはり人前でやるのは違うと言う意味で、練習では、完璧だった。三人で二三度合わせると、もう湘南台に行く時間になり、楽器をそそくさと片付けた。


ギター良し、楽譜良し、譜面台良し、チューナー良し、などと三人で指差し確認しながら荷物を作っていた。


 そして、俺と彩先輩は早速忘れ物をした。足台だ。俺は別にいらないけど、彩先輩は必要だろう。荷物に詰めた。


全部よし。湘南台に向かう電車に乗るため、駅へと向かった。


黒澤さん、駅で待ってるかな?

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