第22話 朝も昼も練習しよう
「ということがあったんですよ、彩先輩」
おれは取り敢えず彩先輩に、事のあらましを話した。敦が、俺の言葉が足りないところを、補ってくれた。
話をしてるうちに、彩先輩の顔が曇って行き。最後の方では指でこめかみを抑えていた。
「えーと。要するに、今月のオープンマイクに、出ることになったわけね」
「まぁそんな感じです。まだ出られるか、正式に決まったわけじゃ、無いですけど」
「それで、対バンの相手のバンドって、なんて言うの?」
そういや聞いてないなあ、何でだろ?
あー、聞かなくてもいっか、と思って聞いてなかったんだ。
「どうでもいいと思って聞いてなかったです」
「そう言うのは確認しようよ」
「はあ、済みません、後で聞いておきます」
「そこら辺は、後でエントリーの時に必要になるから、ちゃんと確認しておいてくれよ」
「わかったから」
いやいや、敦よ、お前だって同じクラスなんだから、お前が確認してもいいんだぞ?なんで、他人事なんだ?
「だってアイツら馬鹿っぽいし。同じ馬鹿同士、お前の方が、話が聞きやすかろう」
馬鹿っぽいから馬鹿に進化したな。俺は敦の中では馬鹿って評価なのか。自分でもそう思っているが、直接馬鹿、と呼ばれれば良い気はしない。
しかし俺には仕返しの方法がわからない。馬鹿だから。肉体的に仕返しは愚行だ。俺はクラスでも一、二を争うひ弱だ。そんな俺が、敦に何か出来るはずも無い。因みにひ弱を争っているのは会田君だ。
「と言うわけで、今日からオープンマイクの為の練習、始めたいんですけど」
俺は、まだ大勢の中で全てのパフォーマンスを出し切ることが、出来るとは思っていなかった。まだ日にちがあるとはいえ、既に怖い、と思っている。
彩先輩の六割論が、今は心の拠り所だ。完成度を高めて、練習の成果――の六割――を出しきる。それでいいはずだ。問題はハーモニーだな。先に走ってはいけないし、外れて遅れるのもまずい。周りの音をよく聞くようにしなければ。
「(また優吾考えこんでいるよ)」
「(アイツのチキンハートには困ったもんだな)」
「彩先輩、敦、今日から合わせられる?」
「一応、個人練習では暗譜出来ているけど」
「私も歌は完璧だよ。ギターはもうちょいかな」
「じゃ、今日から合わせる練習をしよう」
しばらく、レッスンを休むか?まだ決めるのは早いか?。これから二三日の出来具合によってどうするか決めよう。今日は取り敢えず、合わせる練習だ。
練習は六時前に終わり、俺と彩先輩はバイトに行く準備をした。敦はもう少し音を出して練習したいから、と言って部室に残った。
やばいなぁ、もっと練習が必要なのに、バイトに時間が取られる。といってバイトを休むわけにはいかないし。
後隙間時間はというと、早朝と、昼休みか。昼休みなら集まりやすいかな。後で、二人に聞いてみよう。
そんな事を考えながら、バイトをしていた。
バイトを終わった帰り道、彩先輩に昼休みにも、練習したいんですけど、と打診してみた。彩先輩は
「私は構わないけど」
「敦には後で聞いてみます」
「わかった。お願い」
俺はまた、早朝練習について考えていた。七時半から練習できれば、五十分は練習時間が取れるはずなんだ。これについては、どうしたものかな。
「それにしてもさぁ。優吾、また余裕なくなっているよ」
「え、そうですか?」
「敦君にも聞いてみたらわかるから」
余裕を持て、と言われてもな。メンタル弱い俺には酷な相談だ。うーん。と、呻いて。
彩先輩に相談することにした。
「先輩、ちょっとお尋ねしますが」
「なに?畏まって」
「朝七時半から早朝練習するとしたら、彩先輩は参加できますか?」
「できるけど……敦君は」
「敦にはあとで聞いてみます」
「明日とかの話では無いよね」
「ええ、もちろん違います。決まったら、二三日したら始めたいと思います」
「そか。優吾の中ではもう決まったことなんだ」
「え?そう言うこと……になるんですかね?」
「そうだよ。でも練習できる時間が増えるのは、私にとっては良いことかな」
ああ、そう言えば、彩先輩は練習できるの、部活の二時間だけ、って言ってたな。俺の計算ではもう、一時間半ほど増えるのだが。
「でも、大谷先生に相談しなければ、だめだよ。大谷先生からOK貰わなきゃ、部室の鍵借りられないよ」
あーそう言うのもあるのか。敦の返事を待って、明日、一度大谷先生に話してみよう。
敦に音声通話してみた。
こう言うのは、メッセージよりも、口頭で話した方が話が通じやすいもんなんだ。
「ええー。俺、朝はゆっくりしたんだけど……」
敦は言った。
でもこのままじゃ、合わないかもしれないよ?それに、勝ち負けには拘らないって確かに言ったけど、それでも技術で負けるのはちょっと嫌かな。
「俺が遅れたらどうするんだ?」
「その時は先輩と二人で練習してるよ」
「わかった。でも明日からって、話でも無いんだろう?いつからやるんだ?」
「わからん」
タニーがすぐOK出してくれれば、明後日からでも始めたいけど、返事が遅れるなら明明後日以降になるな。
タニーは、オープンマイクに出るために、山川先生からボイストレーニングを受けている、と村田先生に告げ口する、と言えば最終的には、OK出すのでは無いかとの目論見もあった。
次の日、昼休みに大谷先生のところへ、相談に行くと、昼休憩の時の鍵はアッサリと借りられた。ただ、朝練に鍵を貸し出すのは、難しい顔をされた。大谷先生が練習前に学校に来ていなければならないからだ。
「なんで、そんなに練習しなければならないんだ?」
「今月のオープンマイクに出ようと思って」
「そうかあ、あれに出るのか」
それからややあって、
「昼の部か、夜の部か」
と尋ねられた。
「昼の部です」
大谷先生は少しの間思案していたが
「うん、オープンマイク迄は早朝練習を許可しよう。その代わり、ちゃんと鍵は返しに来るんだぞ」
ありがとうございます、と大谷先生にいって、教員室を退室すると、やった、と両手を突き上げた。
「うまく行ったね」
「ええ、思いの外簡単にOKもらえました。明日から朝練できますね」
「あー。やっぱ朝練するのか。タニーも朝練なんか、止めてくれれば良いのに」
何がそんなに嫌なのか。朝ゆっくりしたいとか言っていたが、ゆっくりせずに学校に来れば良いのに。そうすれば、朝練の時間が作れる。
と言うようなことを敦に言うと、敦は、ゆっくりするって言うのは、二度寝することを言うんだ、と言っていた。
話を聞くと、朝飯を食べて、制服に着替えて、もう一度寝てから登校するんだそうだ。なるほど。だったら学校に来てから授業中に二度寝すればいい。俺のように。
「お前の馬鹿さはそこから来ているんだな」
ほっといてくれ。あと、馬鹿馬鹿言うな。
こうして、朝と昼の練習時間を確保したのであった。
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