第21話 雲行き、怪しくなる

「何事だよっ」


 俺の声が響くと、敦たちは俺の周りに集まった。チョークの粉まみれのソフトケースを見ると、やはりというか、なんと言うか、口々に、ひどい、と言っていた。


 そんな中、敦は、


「お前、いじめられっ子かよ!」


といってバカ笑いしていた。うん、お前ならその反応有りだよな。不思議と敦に怒りは湧かない。


黒澤さんは


「それより、中のギターは大丈夫?」


と、ギターの心配をしてくれた。


 そうだ、中のギターを確認しなけりゃ。と思ったのだが、四限の倫理の授業が始まり、終わるまで、ギターの確認はお預けとなってしまった。授業もそぞろに、しかし、最前列であるため、一応ノートを取るふりをせざるを得ないので、頻繁に後ろを振り向くわけにも行かなかった。


 そんなわけで、四限の授業が終わるのを心待ちにしていた。

 

 授業が終わると、ギターの状態確認をしてみたが、ギター自体に損壊の痕は見られなかった。ケースだけか。しかし、心をすり減らす、地味な嫌がらせするなー。


「ギターは大丈夫みたい」


と机をくっつけているお仲間に報告すると、俺も昼飯を食べ始めた。ちなみに、机をくっつけている仲間というのは俺、敦、小野君、高橋君、黒澤さん、下倉さんだ。言わずもがな。

 小野君と高橋君は、なんとなくくっつけてもOK的な雰囲気が出来ていたのでそうしている。

 俺は、興味を持った小野君に色々質問してみた。

「なんで小野君は、こないだのギター勝負にいたの?ピアノやっていたってのは聞いたけど」


「いや、ギターはちょっと前から始めててさ。それで弾いてるってのは、前々から知られていて。そんで、高木君と勝負するから、って連れて行かれたわけ。僕は一応練習していた曲があったから、それで勝負したんだけど」


「大敗だったね」と小野君。


 ははは。と笑っていた。


「ファンクラブの会員は全員ギターを持ってるの?」


「ファンクラブの……全然ファンクラブじゃないんだけど、半分くらいは持ってるんじゃないかなぁ。この間高木君が、ギター買えば黒澤さんと共通の話題できるよ、って言ったでしょ。それで皆んな買いに走ったよ」


 もっとも、資金力もない、多くのクラブ員は、高橋君を伴って、リサイクルショップ巡りをして、安価で良いギターを探していたらしい。目利き役は高橋君だな。


 それで、YAMAHAとアリアが多かったのか。納得。


「状態のいいギターばっかりだったけど」


「その辺りは、高橋君が見ていたから」


「なるほど。一人フォークギター持ってたけどあれは?黒澤さんと、趣味を合わせるのでは無いの?」


「ああ、根木君ね。彼は勝負もそうだけど、アニソン歌いたい人だから。それに家が金持ちだからか、財力あったし。多分フォークギターとクラシックギターの違いわかってないんじゃ無いかな」


「へー。私たち、勝負の結果しか聞いていないのよね。どんな感じだったの?」


と黒澤さん。そんなに興味を持たれる様なことは無かったので、話を端折って伝えていたのだが。黒澤さん、そんなに面白いことないよ、単に向こうが自滅しただけだから。


「うーん。そんなに面白い話は無いんだけど、要は練習不足と場数が足りなかったってことなんだけど。皆んなギターは適当に弾いて、歌に集中していれば、高木君に勝てたかもね」


「そう。歌勝負になったら負けると思った」


「そう言う意味では、一番勝負になりそうだったのは、根木君だったね。彼はギター弾かずに歌おうとしていたから」


そうなんだよな、彼、アカペラでアニソン歌おうとしていたんだよな。流石にそこまで行くと、ギター関係ねーじゃん、って思うんだけど。


「根木君は音痴だったのが致命的だったね。何歌ってるのか、僕らにもわからなかっし」


「でも、どんな形にせよ、ギターに興味持ってくれる人が増えて嬉しいよ。これからも、頑張って練習してほしいな」


「クラシックギター部とか作っちゃったりして」


「すごいね。私入部するかも」


と黒澤さんは笑った。あれ?向こう側で、すごく盛り上がっている気配がする。本気で作るつもりかな、クラシックギター同好会。黒澤さんは、乗り気みたいな事を言っていたけど、俺はどちらかというと、遠ざかりたいかな。


「ところで、俺のギターケースをこんなことしてくれた犯人だけど。なんか知ってる?」


と小野君と、高橋君に聞いた。


「……そのー」「うんー」「なっ」


と言葉を濁らせてしまい、誰がやったかまでは聞き出せなかった。二人は知っている様だが。


 後ろ頭にぽすっと何か当たる。下に落ちたものを拾い上げると菓子パンの包装ビニールだった。


 投げてきた方向を見ると、赤い髪を、ツンツンたててピアスを幾つもつけた男がいた。このクラスにあんなのいたっけ?などとも思うが、顔は地味顔なので、クラスメイトの会田くんだった。右手の肩から二の腕にかけてタトゥーが入っている。


 そいつの隣に、黒いショートヘアをツンツンにして、黒いリップを付けている男もいる。こいつは本当に誰だっけ?と思ったが、よく見れば吉田君だった。


「なに?なんか用」


と会田君に聞いた。


「俺さぁ、見たんだよな、高木のギグバッグにチョークの粉ぶちまけたやつ」


むくむくと、会田君に警戒心が湧く。なんで知ってるんだろう?と、思ったらこの二人、水泳の授業サボっていたじゃないか。それで知っているのか。


「水泳の授業サボったのは、髪型崩れるから?」


と俺が聞いたら、二人とも明らかにムッとしていた。


「あと、タトゥーも問題になりそうだよな」


と、敦がいった。確かにあれは、生徒指導室どころか、停学になりかねない。


「ああ、これ大丈夫。シールだから二週間もすれば剥げるから」


と、吉田君は少しズレた事を言う。そう言うことは、あまり正直に話さない方がいいと思うんだが。


 案の定、会田君に「ばか、余計なこと言うんじゃねぇよ」とか突っ込まれているし、吉田君。


「それで、誰がやったんだって?」


と敦。


「そいつはなぁー」


「言わねぇー」なんだ、言わないのか。


「なんで言わないの?」


「お前らさぁ、目障りなんだよ、女囲んでピーチクパーチク」


あ、そうか、会田君も混ざりたかったんだね。そりゃそうだよなぁ、黒澤さんいるし、黒澤さんいるし、黒澤さんいるし。あれ?会田君も黒澤さん狙い?


「会田君、ひょっとして黒澤さん狙い?」


と訊いてみた。


「ばっかお前そういうんじゃねぇよ何いってんだこの野郎」


ああ、なんか動揺してんな。ファンクラブ以外にもいるのか、黒澤さんラブの人が。黒澤さんも大変だな、昨日黒澤さんが、肩肘はって大変と言っていた意味がわかったわ。


「で、教えてくれないの」


「ああ、お前には教えねー」


「そっか。じゃぁ他の人に聞くからいいよ」


「ちょっと待てよ、こういう時は勝負対バンするもんだろうが」


また勝負か。なんで皆んな勝負したがるんだ?音楽は楽しむもんだろうに。


「じゃぁ勝負対バンして何をどうするの?」


俺は些か投げやりに、会田君に聞いた。


「お前が勝ったら、犯人を教えてやる。俺が勝ったら黒澤に一日付き合ってもらう」


付き合うって、何を?会田君が、その格好で黒澤さんと二人でカフェに入って、パフェを食べる姿を思い描いたら、思わず吹き出してしまった。


「何笑ってんだよ、てめ」


会田君は、俺に掴みかかろうとしたが、吉田君に止められた。


「悪い悪い。つい会田君と、黒澤さんが、カフェでパフェ食べてる絵を想像したら、可笑しくなっちゃってさ」


俺の発言に、敦がぶははは、と声を出して笑った。高橋君と小野君もつられて笑っていた。黒澤さんは解読不能な微妙な笑みを浮かべていた。多分、自分がいる絵に、納得がいかないのだろう。


あと、映画館で二人で恋愛映画を見ている図、ってのも思いついたんだけど、さっきのパフェには負けるかな。


「そんなもん、想像すんじゃねぇよ、でどうすんだよ、対バン」


「いや、対バンはしないから」


「なっ」


「だって俺たちにメリット全然無いじゃん」


「有るだろが。犯人がわかるんだぞ?」


「それはさっきも言った通り、誰かから聞くから。黒澤さんはデートするほど暇でもないし、第一俺らからどうこう言えないし」


「なぁ、どうしたら対バンしてくれるんだよぉ」


「対バンはしないけど、一緒にライブするなら構わないよ」


「よーし良いじゃねぇか、やってやるよ」


会田君は、ライブという言葉に、刺激を受けて燃えてきた様だ。そういや、会田君達のバンドってよく知らないな。軽音部じゃ無いんだろうけど、学外のバンドかな……んーまあどうでもいいか。


「但し条件がある。それは日時と場所は、俺らに決めさせてもらう」


「わかった、良いぜぇ」


すると、黒澤さんが、


「それって、この間言ってたところ?私も出たいなー」


などと言い出したのだ。いや、出るのは誰でも構わないんだけど。出て大丈夫なの、ご両親的に。


こうして、波乱の予感のするライブが始まろうとしていた。


 ライブっていうか、オープンマイクなんだけどね。


敦は早速、カーサ・エストレリャのページにアクセスして、予約していた。


「とりあえず、予約だけしといたから、詳細は後で届くと思うわ」


と敦は言った。三週間前に予約したから、三組は大丈夫だろうけど。


「黒澤さん、本当に出るの?流石にクラシック向けじゃないよ?」


「大丈夫だよ。クラシック以外の曲も仕入れてくるから。蛍ちゃんも見にくる?」


蛍というのは下倉さんの下の名前だ。良い名前だと思うが、今まで誰も蛍って呼んでいるところを、見たことがない。


「……男の人、多い?」


「出演者は男性の方が多い気がする気がするけど。見にきてる人は男女半々くらいかな」


「……なら行こうかな……」


この際、皆んな纏まって行った方が、迷子にならずに済みそうだな。


「じゃ、皆んな纏まって行くことにしようか。会田君達はどうする」


「バッカ、何言ってやがる、俺たちは勝手にいくに決まってんだろが」


それにしても、会田君は、黒澤さんがでたい、って言い出した時に、ライブの場所を疑ってみるべきだったのだ。そうすれば、スコールの中で、マイクなしに歌っている、自分を見つけ出さなくて済んだのに。


 それにしても黒澤さん、大丈夫かなぁ。大丈夫と言うのなら任せていいのか?


 さて、以上の事を、彩先輩にも報告しなければ。もう少し練習したい曲もあるし。あと三週間でどれだけ詰められるかだな。


そういえば、俺のギターケースに悪戯してくれたやつは、すぐにわかった。黒澤さんが高橋君と小野君に問い詰めた結果わかったのだった。


 やったのは、勉強会をしている最中に突撃してきた、アホ二人。考えてみれば、こんな陰湿なこと、あいつらしかしない。


ソフトケースについたチョークの粉は、掃除機で吸ったらだいぶマシになった。


ほんと余計なことさせやがって、くそが。

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