第20話 嫌がらせなら嫌がらせと言ってくれ

 なんとか、古文の課題が終わった夜。俺たちは課題クリアを祝って、ジュースで乾杯した。


黒澤さんが


「お疲れさまでしたー」


と、音頭をとり乾杯した。しかし……俺はほとんど答えを写させてもらうだけで、勉強会には貢献しなかった……。その事について反省の弁を口にすると、黒澤さんが


「大丈夫!私もそんな感じだったから。気にする事ないよ」


と言ってくれた。優しいなあ、黒澤さん。俺なんかフォローしてくれて。先輩と付き合ってなかったら、心を傾けていたかもしれない。


「この四人でいるときはね、あんまり肩肘張らなくていいでしょう。だから楽だなあ、て思っていたの」


と黒澤さんが言った。肩肘張るって常に誰かから見られていることを意識してしまうから、かな?才色兼備な人にしかわからない感覚だ。


「そういえば、俺、下倉さんとばっか話していたような気がするわ」


あー。敦はそうだよな。俺は、敦より食い込めなかったけど。


「敦くんとは……ずっと話してたよね……」


「男性恐怖症、治ったかな?」


「いや、それはまだ……敦くんとか優吾くん以外は、まだ怖いもの」


「ま、そこら辺はおいおいだなあ」


「ダメなやつはダメだけど、いい奴もそれなりにいるから」


「……だめな奴って?」


「黒澤さんのファンクラブみたいな連中だろ?あとは黒澤さんの隣の席になって、舞い上がる奴とか、か?」


そんな感じだろうなぁと思いつつ、でもそれって、ある程度しょうがなくね?とも思うのだった。


「ファンクラブのアホどもはどうしようも無いにしても、舞いあがっちゃうのは仕方ないよ。黒澤さん、美人で優しいしさ」


「おっとぉ、優吾君の口説き入りました。後で彩ちゃん先輩に報告しよう」


「やめろばか敦」


「なになに、彩ちゃんって優吾君の付き合っている人?」


「そう。一個上の先輩なの」


「へ、へー……意外。私、優吾君は黒澤さん狙いだと思ってた」


「なんで」


と俺と敦は声を合わせて答えてしまった。 


「こいつ、背の小さい女子が好みだし、美人系より元気少女系の方が好きだよな、な、優吾」


まぁ、そうなんだが、それを言いふらされるのは、ちょっと恥ずかしいし、心がざわつく。


「……じゃ、敦君は黒澤さん狙い……?」


うぉっと下倉さんから大胆な発言が来た。これは聞き捨てならない。


「んー。俺はスリムな人より、ちょっとぽっちゃり系の人が好みだからなぁ。すまないが、黒澤さんは少し外れるかな」


「……へー」


あ、なんか気がついた。敦が下倉さんをかまっていた理由。下倉さん、敦のどストライクじゃないか?あのもっさりした髪の毛と、ぶっといフレームの眼鏡をどうにかすれば、案外可愛くなるんじゃないか?


 敦に下倉さんとデートしてこいよ、と、口から出かかったが、言うのをやめた。こういうのは、周りが囃し立てて言うもんじゃないし、当人同士の問題だしな。自分の下品さが露呈しなくて助かった。


「だから、一週間も勉強会続いたんだと思うわ」


黒澤さんは言った。


 確かに、あの突撃してきた、アホ二人みたいなのばっかじゃ、勉強どころじゃなかっただろうしな。


「メンツが良かったって事かな」


と敦が言った。俺もそう思う。この一週間は学力が高いのも低いのも、美形も普通も、みんな同列だった。こんな感じで集まれる機会は、そうそうないと思う。


 さてと、明日からまた学校だ。


翌日、めずらしく五時まで寝ていた俺は、中々再起動せず、三十分くらいベッドの上でぼー、としていた。勉強疲れか?と眠い頭で考えて、ベッドから抜け出すとちょっとだけギターを触った。


 なんだか、久しぶりにギターを触れたような気がした。


 七時に一階に降り朝食を食べた。以前はリビングでゆっくりしてから、学校へ向かっていたのだが、今は朝食を食べ終えると、すぐ学校へ向かう。そうなったのは、合宿のせいなのか、それとも、それ以前からだったか、すぐに思い出せない。


 カバンの中に、夏休みの課題が入っていることを確認してから、ギターケースを背負い、学校へ向かった。


 教室に入ると、仲のいい級友――合宿で仲良くなった軽音部員だ――に挨拶をして、席に着く。


 二学期最初のHRは席替えだった。くじ引きで席順を決める事になっていた。


 勉強するなら最前列の方が良いんだが、サイドではなくセンターに座ると、先生の唾が飛んでくることがあるからな。最前列より二列目がよい。


 とか考えているが、実の所、真面目に勉強する気はあんまりなく、単に後ろと真ん中は、先生の目に留まりやすいから居眠りし辛い、という経験則から来た発想だった。


 で、くじ引きの結果であるが。俺は見事に最前列のセンターを獲得した。こんなセンターちっとも嬉しくない。と思っていたんだけど、左隣の席に黒澤さんが座った。センターだ。黒澤さんはちょっと困った顔をしていた。

 敦が後ろ。右隣が小野君。下倉さんが敦の二つ後ろ。うん、みんな嫌そうな顔を一瞬でもしたな。黒澤さんのファンクラブは人数が多いので、だれかしら黒澤さんの隣とか、後ろとかに座っていた。これで、友達の所にだべりに行く風を装って、黒澤さんとも話そうなどと考える不埒者が出てくるわけだ。


 そう考える俺がキモい。のか?


 一時間目は英語の小テストだったが、夏休みの課題から出される、とのことだが。ヤバい、俺は課題を解いたわけじゃなくて、写しただけだ。


 ほらな、半分くらいしかできていない。


「半分もできれば、お前にしちゃ上出来だろ?」


敦が言った。なるほど。そう言う考え方もあるか。


 休み時間となり、俺は思い出した風を装って


 「あ。そうだ」


といって、俺は小野君を手招きした。「高橋君は?」

との問いに、小野君は


「居るよ。呼んでこようか」


との問いに、お願い、と答えた。

小野君と高橋君がくると、黒澤さんに、


「こっちが小野君、そんでその隣が高橋君」


と紹介した。


「こんにちは。二人とも真面目にギターやりたいんだって?」


「え?誰から……あ、高木君からですか。最近始めたんですけど、意外と面白いなって思って、ちょっとマジでやろうかと思ってます」


と小野君は答えた。高橋君は、


「ギター習ってたのは五年くらい前なんですけど、久しぶりにやってみたら面白いな、って思って。まだ全然弾けないんですけど」


「へー。ふたりとも教室に習いに行かないの?」


「考えているんだけど、なぁ」


「うん。教室の選び方がよくわからなくて」


あー。それは難しいよね、と黒澤さんは答えた。


 二人は俺と敦の机の上にケツを預けている。なんとなく、気持ち悪くて所在ない。


「二人ともどこ住んでんだっけ?」


と聞いてみると、


「うちは大和……」「うちは綾瀬……」


と、県央只中の場所だった。


「あそこら辺、ギター教室のこと、聞かないねぇ」


黒澤さんはそう言った。うんー。個人のやっているレッスン教室は知らないのだが、あるにはある。


 全国に教室を持つ古淵ギター教室が。でも正直に言うと、あそこは合奏したい人向けで、ソロギターを学びたい人にはちょっと合わないだろうな、と思うのだ。


 二人の家だと、相模大野町田、ちょっと離れた場所だと藤沢くらいか?まぁ結構移動する。


「相模大野まで出れば幾つかあるんですけどね」


一応言っておいたが、各教室の内情はわからないので、ここがいい、とは言えないのだった。それに、俺には合っても二人には合わないってことは十分に考えられるのだ。


 と、そんな事を話しているうちに次の時間のチャイムがなった。


 古文の時間の小テストをやり過ごし(昨日やった所だからまだ覚えていた)、体育の時間になった。


 体育は水泳の最後の授業だった。俺は決して金槌ではないのだが、夏休みはギターとバイトと勉強(!)に明け暮れていたため、体を鍛えることを疎かにしていた。


 うちの学校の水泳の時間は、なぜか男子は水球をやる。女子はプールを横に使って水泳をするのだが。


 水球が辛い。プールが、立って歩けるほど浅くはないので、ずっと立ち泳ぎなのだが、これメチャメチャ大変。アンクルウェイトをつけてるんじゃないかと思うほど、水の抵抗感がある。


 あとボール追いかけるのも大変。ボールを持ったとして、どうすれば良いのかわからない点も大変。持って泳げないし。と言うわけで水泳部が比較的マシ、な感じでゲームを進めていた。


 こうして、男子全員が地獄の洗礼を終えると、ようやく体育の時間は終わる。


 教室に戻ると、事件が起こった。というか起こってた。俺のギターの入ったギターケースが、サウンドホールを下にして置いてあるから、「あれ?間違えて逆においたかな?」と思って表返しにしたら、ギターケースがチョークの粉まみれになっていたのだ。


 思わず、「何事だよっ」と声に出していた。

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