第19話 夏の終わりの一週間。起こったことその二

 そして九時に勉強会を終わり、其々の家に帰ったのだが。次の日大変なことになっていた。アホが二人じゃなくて六人になっていたのだ。そして、全員ギターを持っている。何でギターを持っているんだ。意味がわからない。それに、さすがにこの人数を家に入れられない。


敦と下倉さんが所在なさげに立っている。


「どうしたの、これ」


「昨日、お前がボコボコにしちゃったろ、馬鹿二人。そいつらが吹聴しちゃったらしくて、お前にギターで勝てれば黒澤さんとなんか出来るらしい」


「なんかってなんだよ」


「そんなの俺が知るか。馬鹿のところに行って聞いて来い」


そう言われてもな、あいつら気持ち悪いし、言動が。


 取り敢えず、この六人を帰らせなければ。


「おーい、お前ら、何やってんだよ。帰れよ邪魔だから」

「でたな、高木うじ

「第六天魔王!」

「この悪鬼羅刹」

「アリオッチの化身が」

「地獄の亡者め」

「蝿の王が」


なぜか罵詈雑言をうけたのだが、バリエーションが豊かだった。最後の蝿の王は文学的だな。俺も読んだ。内容には同意しかねたが。


「で、お前ら帰らねぇの?どうしたら帰ってくれるわけ?」


と敦が言った。もう、徒労感を感じているらしかった。


「いつからこんなだったんだよ」


「俺がきた時には、もう集まり始めていた」


「警察呼ぶか?」


「それは黒澤さん次第だな。あんまり事件案件にしたくなければ、警察は呼べない」


俺は再び、馬鹿六人に問いかけた。


「で、どうしたいの、お前ら」


今のところ警察には連絡をしてないようで、警官が出てくる様子はない。


「我々は高木氏に勝負を申し込む」


勝負?何の?俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいになった。俺のひ弱さはクラス一位二位を争うが、あいつらだって言うほど、大した体力を持っていない。


「勝負はいいけど、何でするの?」


「勝負はこれだ」


とギターを持ち出した。ギター勝負か。それは良いんだが、住宅地の真ん中でやるのは、気が引けるな。敦に、この近所に広めの公園ないか聞いたら、児童公園が二三分のところにあるとのこと。


「俺ギター持ってないんだけど」


と再び、馬鹿六人に声をかける。


「それなら、我々の不戦勝ですな。帰るのは高木氏でありますな」


と一人がすごく気持ちの悪い笑顔で言い放った。


「しょうがねぇなぁ」


黒澤さんちのインターフォンを鳴らして、


「黒澤さん?高木ですけど、一番安いギター。貸してもらえないかな。なんかこいつら、ギターで勝負、とか言ってるから」


「わかった。ちょっと探して持っていくね」

そう言って、少しすると、ソフトケースに入った、ギターを持ってきた。


「これ、何年も使ってないから弦の状態がどうなっているかわからないんだけど……。まだ現役で使えるはずだから」


「ふーん。ありがと。ちょっと借りるね」


「しばらく使っていない物だから、壊れても良いから」


「まさか、そんな使い方しないよ」


 なんだか、俺が黒澤さんからギターを借りたのが、気に食わないらしい。おー。嫉妬の炎が目に宿ってますなー。本当にこいつら気持ち悪いな。


 こんな茶番さっさと終わらそう。


 公園に着くと、ベンチに座り、ソフトケースからギターを取り出す。アントニオ・サンチェスかー。低価格帯で粒ぞろいのギターを出している有名な工房だ。俺もアリアじゃなくて、こっちが欲しかったんだけどな。仕方がない。弦は、四弦から六弦は少しサビが浮いている程度。一弦から三弦は、問題なし。これなら十分使える。


 ソフトケースのポケットには音叉が入っていた。音叉を使ってチューニングすると。


「お前ら、勝負はどうつけるの?」


「我々の弾いた曲を、弾いてもらう。それで上手かった方の勝ちだ」


「え?もしかして、俺お前らに全勝しないと勝ちにならないの?」


「そのとおり!」


下倉さんが敦の陰から


「なんか陰険……」


と呟いた。割と大きな声で。俺もそう思う。


「楽譜ないの?幾らなんでも楽譜なしじゃ辛いぞ」


「高木氏には楽譜無しで、弾いてもらおうと思っておりましたが、流石にそれは卑怯であると言えましょう。ですので我々の方で楽譜を用意しました。これをお使いくだされ」


とコピー用紙にコピーした楽譜を受け取った。こいつら、汚い手を使いかねないからな、わざと、楽譜の抜けを作ったりしてな。

ほら、あった。ページが飛んでる。ここ、TAB譜が修正液で消されている。あとは、そんなところか。嫌らしいな。


で、やるスコアというのは


「プラチナ」

「God knows……」

「ラ・クンパルシータ」

「crossing field」

「シエリトリンド」

「千本桜」


三分の二がアニソンかよ。俺知らないぞ、アニソンなんて。まぁいいよ、勝負って言うならやるよ。


 あれ?このスコア、歌が入ってる。これ、もしかして弾き語り用?ギター弾くだけではダメなの?

 と聞いたが弾き語りも勝負に入ると。うあー。カラオケ行って知らない曲を歌わされる感じじゃないか。


この中では比較的ギター寄りなのが、


シエリトリンド


ラ・クンパルシータ


の二曲か。選曲は悪くない、どちらも好きな曲だ。編曲は……どっちも初心者向けだな。


六人全員がアニソンじゃなくて良かった。しかし、中にフォークギターを持っているやつがいる。楽器のジャンルが違うんだが。


「楽器屋でアニソン弾きたいって言ったらこれ勧められたでござるよ」


「へー幾らだった?」


「十万!だったでござる」


楽器屋の店員さん、阿漕だなあ、俺、もうその店使うのやめるわ。


 しかし、フォークギターと勝負ってどうしたら良いんだ?精々音を外さないとか、テンポキープとか、位しか思いつかないんだが。


 あ、おれの歌がへぼいから負けるっていうのはあるな。


 などと思ったのだが。俺は労せず勝利を得た。


 全員、八小節以上弾けなかったし、コードを押さえるのにもたつく、リズム揺れ揺れ。それどころかTAB譜を読めずに止まる、お陰でイントロのみで、Aメロまでたどりつけなかったから、歌わずに済んだし。


 というか、これでよく勝負しようとか思ったな。それ以前の問題だろう。


 唯一「ラ・クンパルシータ」を弾いたやつが、マトモだった。途中から、ラスゲアードの弾き方とか、左手の運指の確認とか、色々聞いてきたからな。真面目にギターやりたいやつなのかもしれない。


「はい。それじゃー、解散っ」


と敦が言うと、俺はちょっと惜しくなり、シエリトリンドとラ・クンパルシータを弾いた二人を残した。あとは全員帰ってくれ。


 シエリトリンドを弾いてたやつは、高橋くんといい、何でそんなに渋い選曲にしたのか聞くと、昔ギター教室に通ってたときに丁度シエリトリンド習っているところで教室を辞めたからだ、と答えた。ギター経験者だったてわけだ。


 ラ・クンパルシータを弾いてたやつは、小野くんといって彼はピアノ経験者だった。八歳くらいでやめたそうだが。ピアノでラ・クンパルシータを弾いていた先生の音を、耳で覚えていたらしい。それで、ラ・クンパルシータにしたそうだ。惜しかった。もうちょっと上達してからモノにする曲だったな。


 この二人にはちょっと興味が湧いたので、連絡先を聞いたら、素直に教えてくれた。連絡するかどうかはわからないが、黒澤さんがOKをだしたら、学校で少し話をしてみようと思う。


 そんなことをやっていたら、もうそろそろ、四時半を回る時間になった。取り敢えず、黒澤さんの家に向かう。ギターを返さなければいけないしな。黒澤さんの玄関前からは、黒澤ファンクラブの連中は、全て立ち去っていた。あれだけ煽って、負けてしまったらそりゃ、速攻で帰りたくもなるか。


 インターフォンで黒澤さんと話し、多分もう来ないと思う、と伝えた。


黒澤さんが階段を降りてくる音が玄関から聞こえ、


「入って、あがってあがって」


と言うので、黒澤さんの部屋に通してもらった。


「ごめんね、変な事に巻き込んでしまって」


そう言われると、責任を感じてしまう。どちらかと言うと、俺たちが黒澤さんを巻き込んでしまったと、言えなくもないからだ。


「いやー。でも去年くらい?ああいう人達出てくるようになったのよ。学校の人たちが来るのは今回が初めてだけど」


「うわー。やばいから、今度からは警察に相談したほうがいいよ」


と敦が言った。俺もそう思う。ムキムキマッチョの、やばい人たちが来たら、一般人では対応できないだろう。


「あ。このギター返すよ。弾きやすいギターだね」


「変な人たちの相手してくれてありがとう。私どうしようかと思っていた」


「ま、次は警察だね」敦の言い分ではないが。


「クラスメイトだと中々ね……でも次は警察呼ぶわ。ありがと」


「そういえば、二人ほど、音楽やりたそうな奴いたけど、どうしたものかな。黒澤さんなんかアイディア有る?」


「今のところは何も。ギター教室紹介するくらいかな」


「まぁそんなもんだよね」


でも、俺は自分の通っている教室を紹介したくないし、黒澤さんもそれは一緒だろう。精々良い教室を探してあげるだけだな。


「でもさ、黒澤さん、その二人と話をしてみても良いんじゃないの?あの中じゃ、大分マシの奴っぽかったからさ」


敦何を考えているのかな。


「黒澤さんが話した方がいいと思う心は」


「保険だよ。万が一、連中が暴走した時のためのストッパーとなってくれたらいいな、と思ってさ」


ああ、なるほど。連中の中に不協和音をぶち込もうってことか。でも、狙い通り行くかな。


「それはわからんけど、毒にはならんだろ」


「ふうん。じゃ私その子たちと話してみるよ。なんて名前だっけ?」


「高橋くんと、小野くん。高橋くんは昔ギターをやっていて、小野くんはピアノ」


と俺は思い出しながら言った。もう少ししたら完全に忘れてしまっていたところだった。


「ありがと。下倉さんもごめんね。まきこんでしまって」


「えと、大丈夫だから……敦くんいたし」


「ま、暴力は振るわない奴らだったな」


「うん……私もギター習おうかな」


「へえ。ギター仲間ができるのは純粋に嬉しいかな。うちの教室いいよ、教えてくれるの女性の先生だし」


と、黒澤さんは言って、俺もそれに同意した。敦は、ベースじゃないの?みたいな顔をしている。


「じゃぁ勉強していないところは有りますか」


と俺が言うと、「多分全部終わった」「こっちも」という声が続いたので、今日で勉強会終わりかな、と思った。これで、明日は先輩とデートできる。そう思ったのだが。


「あ、古文……」


「あ」


全員が忘れていた。


「こんな薄っぺらい冊子一冊じゃねぇか、すぐ終わるって」


という敦に、敦以外の全員が冊子を読んだ結果


「あと一日半ある。頑張ろう」


と俺が声を上げた。敦は冊子の中身を見て青ざめていた。


「全然わかんねぇ」


これで全員意見が一致したな。

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