第18話 夏の終わりの一週間。起こったこと その一

 二十五日から始まった、勉強会は初日、かなり進んだ。これなら英語は始業式までに、間に合わせる事が出来る。数学は、ちょっと厳しい。


 数学に強いメンツがいなかった……と思ったのだが。下倉さんが数学得意だった。俺と敦と黒澤さんは、下倉さんが頼りだった。


 初めは少し人との接し方がよくわかっていない感じを受けたが、敦はかまわず、下倉さんにグイグイいって行った。それで、下倉さんは、敦の調子の良さに合わせられる様になったのか、次第に打ち解けって行った。


 一応、三時から九時まで勉強会をしていた訳だが、バイトが休みの日は、午前中から彩先輩とデートなど楽しんでいた。


「最近午後から忙しいみたいだけど。どうしたの?」


「課題の終わってない連中を集めて、課題やっているんです」


「へー。じゃあ、あたし見てあげよっか」


「先輩の課題はどうするんです?」


「私はもう終わったもん」


少し考えたけど、やっぱり先輩には遠慮してもらった。下倉さんがいるからなあ、萎縮してもらっても困るし。と言うわけで、一人ものすごーく人見知りする人がいて、その人が萎縮すると非常にまずい、と言う話をした。先輩は


「ねえ、その集まり女の子いるでしょ」


と言ってきたので、普通に、


「ええ、いますけど」


と返した。


「彼女のいる前で、そう言うこと言うのー」


え?なんか不味かったかな。ちょっと剝くれているような。黒澤さんはクラス一番どころか、ひょっとしたら学年一番の美少女かも知らないが。俺の好みじゃ無いし。下倉さんにいたっては、相変わらず学問的な話以外をした事がない。


「女の子いますけど、二人とも俺のタイプじゃないですよ?」


「因みに誰と誰?」


「同じクラスの黒澤さんと下倉さん」


先輩は、下倉さんのことは知らなかったが、黒澤さんのことは知っていた。


「あの超絶美少女の子でしょ。二年でも話題になっているよ。もう何人かアタックして玉砕してるし」


「ああー。やっぱそうなんですか。実は黒澤さんに、物凄くファンが多くてファンクラブできそうな勢いだし」


「そんな子が趣味じゃないの」


「ええ、俺は先輩みたいに、にぱっと笑う人が好きなんです」


そう、真面目に返したら、先輩は照れている様だった。


「狡いなあ、狡いよそんなこと言って。私許さざるを得ないじゃん」


そう言って、にやにやしていた。


 やはり正直に答えた方が良かったらしい。あれで、黒澤さんがいる事を隠していて、後でバレたら大喧嘩してたかもしれない。


「そうだ。メロディの方は練習していますか?」


と聞いた。


「やってるよ。TAB譜もらったしね。思ったより綺麗なメロディだね」


そう思って頂けたら良かったです、と答え、そろそろ勉強会の時間なんで、これで失礼します、と言った。


「夜メッセージします」


と伝えた。

 彩先輩の機嫌はさらに良くなっている様だった。


 黒澤邸に行くと、玄関先に自転車と、玄関に男物の靴が、多い。ん?これは何だろう。と思っていつも通り、黒澤さんの部屋に行くと、男子が二人増えている。どちらもうちのクラスの生徒だ。


 もしかして、勉強会の出席者が増えたのか?でもそんな連絡受けてないんだが。下倉さんの方を見ると、初日に見せたおどおどした様子だった。


 黒澤さんにこれ、どう言う事なんです?と聞くと、どうやら、勉強会をしていることが、ファンクラブに伝わって、その中の二人が暴走して来たらしい。


 はぁ。アホかこいつら。


 叩き出しましょうか。と言ったら、来ちゃったものはしょうがないから、と言っていたが、明日以降大変になるかもしれませんよ、とは言っておいた。何しろ勉強会の提案をしたのが、敦で、黒澤さんを巻き込んだのが俺だから、責任の一端を感じた。


 ファンクラブの二人は、初め大人しく勉強していたのだが、舞い上がったのか、そのうち黒澤さんに、やたら話しかけたり、肌に触る様なことをし始めた。お前ら、それセクハラだぞ、と言おうとしたら、敦が、


「おまえら、ぺちゃくちゃうるせーんだよ。勉強しろ、勉強」


と言ってくれた。それで少し溜飲がさがる。敦は、茶髪の短髪だから、見た目は少し怖い。モグモグと何か言っていたが、やがて静かになった。


 俺たち二人は、先ほどから下倉さんのフォローに回っていた。と言っても、いつもの通り、数学の解き方を聞いているだけなのだが。


 黒澤さんの方はだいぶ酷かった。黒澤さんが下倉さんに、解いた問題の答え合わせをしようとすると、バカ二人が割り込んでくるし。どうも黒澤さんを見ていると、フラストレーションが溜まってきているようだ。


「黒澤さん、一休みしない?」


「そうしようか。ちょっと疲れたね」


ベッドの下から足台を取り出し、椅子を出した。ギターを手に取ると、


「何弾こうか?」


と問いかけてきたので、バカ二人は「カチューシャ」「サンタルチア」と、初心者が第一歩にやる曲をチョイスした。阿保が、パウリーノ・ベルナべでやる様な曲か。と思ったので、


「黒澤さんが今練習中のバッハやってよ」


と声をかけた。


「じゃあバッハ チェロ組曲六番ニ長調を」


アホ二人は拍手をしていた。


一通り演奏が終わると、

「どうだった?」

と感想を求められた。感想を聞かれてもバッハなどやった事ないのだが、幸い、俺の持っているCDの中にアンドレス・セゴビアの十枚組があった。そのCDの中にセゴビアが演奏したバッハの組曲があった。


 それを思い返してみるとその曲はフォルテとピアノの繰り返しで曲の表現、演奏者の解釈、そう言ったものを表していたのが、黒澤さんのは強弱が少し弱い気がした。あと一弦と二弦の音が少し小さくて、低音で消えてしまう感じがした。


 と言う様なことを言おうとしたら、アホ二人が

「すげぇすげぇ。めっちゃ上手かった。俺もクラシックギター始めたんよ。でもクラスの先生より上手い」


「すごいです。僕もクラシック初めて、独学なんだけど、初心者用の楽譜見て練習しています」


ここで『クラシックギター初めた』アピールかよ。

 

 その二人にちょっと困惑したような微笑を見せ、俺に改めて「高木くんはどうだった」


と聞いていた。

 俺は思った通り、フォルテとピアノの強弱が甘いと思うんだけど、もしかして先生から一旦セゴビアから離れろ、っていわれている?と聞き返してみた。


「え?その通りなんだけど、よくわかったねぇ」


「いや、コンクール出る人ってみんなセゴビア風にやっているんじゃないかと思って。あと、高音弦の鳴りが小さかったかな。引き方なのかな」


「あー。それはね、私a指薬指が何故かノイズ出るので、無意識に音落としているかも」


「ちょっと右手の爪見せて」


と黒澤さんの手を取った。どう?と問いかけられると、


うーん。ノイズの原因はわからないけど、


「爪長いかもしれないね。すこし短くしてみても良いかも」


とギター会話していると、アホ二人が


「お前、何黒澤さんの演奏に文句つけてんだよ。そんなにお前上手いのか」


とか言い出したので、少しカチンときた俺は、黒澤さんからギターを借りた。


 ここで、超絶技巧な曲をやっても良いのだが。アホ二人の今やっているであろう、めちゃくちゃ簡単な曲を即興でアレンジしながら、メドレー形式で弾いてやった。


「優吾、ちょっとは手を抜いてやれよ。ねぇ下倉さん」


「そ、そうだね、ちょっと派手だったかな」


敦は、俺がアホ二人に喧嘩売ったことを理解したらしい。敦も苛々していたのだろう。下倉さんに声をかけたのは多分、蚊帳の外に置かれないように、と言う配慮と、下倉さんにまで馬鹿にされた、アホどもの泣き面をみたかったのだろう。


「そ、そんなのすごくねーし。俺らだってそれくらいの曲やっているし」


と言ってパウリーノ・ベルナべを、俺の手から奪い取ろうとしたので、黒澤さんに渡した。流石に、黒澤さんの手のなかにあるモノを、奪ることはできないようだった。


「ちょっと。このギター大事なモノなので、乱暴に扱わないで。高木くんは良いけど」


と、今日初めて、というかこの勉強会が始まって以来、黒澤さんの声に怒気が含んでいた。


「すいません」


「ごめんなさい」


「もし遊びにきただけなら、帰ってもらいます」


「ちゃんと勉強します」


二人はそれぞれに言った。それで大人しくなったけど。なんか睨まれるな。そのくせ目を合わせようとすると、逸らすし。あれか、もしかして俺に、呪いをかけようとしているのか。世の中そんな物は有りはしないので、いや有るかもしれないけど、お前らには使えないので、そんなに睨むな。


 ところで、なんで俺だけ睨まれるのだろうか。敦とか睨んでも良いだろうに。それとも俺が、ヘタレっぽくて与し易いからか。夏休み明けが、嫌な気分になりそうだな。

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