第16話 夏合宿その五

 今日が合宿最終日。今日で終わりということに、何故だか寂寥感を感じる。もっと皆んなで、ワイワイやりながら音楽していたかったな。心残りといえば、他のバンドと交流がなかったことかな。見学しに行けば良かったんだろうけど


 ギターとTAB譜を持って、いつも使っている教室に向かう。今日はクラシックの練習ではなくてTAB譜を書くだけだから、あの教室でも良いかな、と思ったのだ。


教室に着くと、TAB譜を広げる。ギターで音をチェックしながらTAB譜を埋めて行く。大体できたな、っていうところで、背後から


「こんな所で書いてたんだ。それにしても朝早いね」


と声をかけられ、非常に驚いた。


「なんだ、彩先輩ですか。すげー驚きました」


「あ、ごめんね。驚かすつもりじゃなかったんだけど」


それから、彩先輩は俺と対面する席に座り、


「どんな感じ」


と聞いてきた。大体できた、と答えると、彩先輩は、早速音を出してみたくなったようだ。


「ここじゃ、音出せないでしょう。またパニック起きた、って言われたらやだし」


じゃ、別の教室移動しよ。と言うと、二人並んで歩いていく。


「どこか良い教室知ってる?」


の問いに、家庭科調理室が今のところベター。と答えた。


「さっきのさ、言いそびれたけど。パニック起こした子、物凄く感受性が鋭いんだよね。それで、学校生活馴染めなかったみたいでさ。彼女と同級生だった子が軽音に連れてきたんだ」


「不登校とか?」


「そう言う感じはあったみたい。しばらく保健室登校していたから」


二人でお互いの手の在り方を探り合って、手を握って、指を絡めた。先輩の指は細くて長いな。ギター向きの手だ。きっと上手くなる。


「その子ね、音が色に見えるらしいの。凄いよね。その子の書く詩すごく素敵だよ」


「先輩、悔しいんですか」


「ちょっとね。私とは物の見え方が違うから。あんな詩をかけたらいいな、と思う時もあるかな」


「先輩の詩は素敵ですよ」


「いいよ。私の詩、どれ程の出来か知ってるから」


なんとも答えづらい答えが返ってきた。先輩、自分の能力を適正に評価できてないのだろうか。


「先輩の詩は、好きです」

 

とだけ答えておいた。


しばらく歩くと、家庭科調理室に着く。


「ここが家庭科調理室でーす」


と到着したことを彩先輩に告げると、


「知ってるから」


と笑って答えた。


「あれ?調理室って普段鍵かかっているんじゃなかったっけ?」


と彩先輩が、不審げな様子で言うと


「あれ、でも昨日は開きましたよ」


と答えた。というか、そう答えるしかない。昨日は入れたんだから。


 彩先輩が引戸を開けようとするも、鍵がかかっていて、入れなかった。


「鍵かかってますね」


「昨日本当にここで練習していたの?」


「ええ、間違いなく」


「……なんか嫌なんだけど……」


「奇遇ですね、俺もそう思ってます」


教師の誰かが、閉めたんだろうけど、その教師の誰かが大谷先生しか思いつかない。そして大谷先生が、調理室に用があるとも思えなかった。


「調理室は止めましょうか」


「そうね、別の教室を探しましょう」


別の教室とは言っても、なかなか思いつかなかったのだが。武道場を通り過ぎた時、

「あ」

と言って、思いついたところを、言おうとしたが、少し躊躇した。


「なに。思いついたの」


「思いついたんですが。その」


「何処よ」


「男子更衣室です。武道場の」


「それはちょっと……」


「ですよねー。臭そうだし」


この時期の武道場は、全体的に臭い。汗の、乾きかけの道着を毎日使う物だから、道着から生乾きの雑巾のような匂いがしてくる。俺も武道場の匂いは苦手だった。


「匂いはともかく、男子っていうところがね」


後はもう、先程のいつも使っている教室しかないんだが。また理科室に行くか?それは勘弁だな。


あ、そういえば弾けそうなところあったなぁ。


「先輩、ちょっと思いついた所があるんですが」


「どこ?」


理科室の近所の屋上に向かう階段です、と答えたら、あー。あそこかー。と返ってきた。


「知ってるんですか」


と聞いてみると、彼処は、毎年誰かが使っている場所だ、とのことだった。何に使っているかは言うまでもない事だろう。女の子とイチャイチャするために使う場所だ。


「危ないから、彼処は避けた方が良いって」


「そういえば、一昨日、雑魚先輩が使ってるの見ました」


「はぁ。何やってるんだか。相手誰だった?」


「あの、ガールズバンドの電子ピアノの人」


「あー。あの子か。雑魚さん、女の子の好みがいまいちわからないね」


本当にそうだと思う。彩先輩と、一昨日の先輩、タイプ全然違うじゃないか。どう折り合いをつけているんだ、雑魚先輩の中では。いやまぁ、雑魚先輩の事を心配しているんじゃなくて、女子生徒が少し心配なだけだ。


「あの階段、屋上出られたよね?」


「はあ。鍵も壊れて出入りできますが」


「じゃあさ、屋上でやっちゃおう。多分気持ちいいよ」


「椅子ないし、TAB譜、風で飛ばないかなぁ?」


椅子は理科室から持っていこう、いう彩先輩の言葉に、俺は激しく抵抗したくなった。彼処は入りづらい。まだ四時半くらいの時間では、理科室の中は相当暗い。


「えー。理科室入るんですか。ちょっとそれは」


「男の子なんだから頑張る」


仕方なしに、懐中電灯で照らさないでくださいよ、怖いから。と言って、理科室の中に入った。手探りで、椅子のありかを探すと、二脚とって入ってきたドアから出た。暗闇の中で椅子を探して、取ってくるの、マジで怖い。撤収するときは日が差す事を祈るのみだ。

 屋上に行く階段に向かったのだが、誰か使っていたら面倒クセェな、と思っていたのだが、今日は誰も使っておらず。誰にも見咎められずに屋上に出た。


折角だから真ん中で弾こうよ、という彩先輩の言葉で、屋上のど真ん中に椅子を置いた。

譜面台をセットし、TAB譜を置いたのだが。


「うーん、暗くて見えないや」


まぁそうだよなぁ、と思いながら、懐中電灯で照らすと、先輩は、


「ありがと」


と言ってくれた。それだけで、理科室から椅子を持ってきた甲斐があったというものだ。


 彩先輩は、譜面を見ながら、とつ、とつ、と音を拾っていた。まだリズム通りには弾けないらしい。


 これは、暗譜しないと多分難しいと思うな。いや、曲が難しいわけじゃなく、メロディになるまで暗譜して、更に歌わなければならないから、ちょっと難しい。


 彩先輩が二回くらい引いたとき、朝日が登ってきた。


「先輩、終わりです。もうすぐみんな起きます」


「そっか。残念」


あとは、先生に見つからないように帰るだけだが。割とアッサリと見つかった。というか、屋上でギター弾いていたら、それは見つかるよね、という話なだけだった。


「全く、こんな時間に弾いているなら高木だろうと思ってきてみれば。島村も一緒だったか」


「あの、先生、俺たち不健全な交流はしていません」


「そりゃ、見ればわかる。高木が島村にギター教えてたんだろう。それはわかるんだが、ああー。どう村田先生に話した物だろう」


村田先生とは一年生の学年主任をしている先生で、部活動の統括などもしている。部費の執行も村田先生の役なので、部活の顧問の先生は頭が上がらない先生なのであった。


「見たままを報告したら良いのではないですか」


「それができればなぁ……あ、待てよ、それが一番いいかも。じゃ、お前たちの話も聞かなきゃならないから、ちょっと職員室に来い」


というわけで、三時半から起きて、俺が何をしていたか、説明する事になった。あと、彩先輩は、なんで俺のところに来て、何をしていたか、聞かれてた。これで村田先生を納得させられればいいのだが。


大谷先生に捕まっている間、結果的に早朝練習をほぼサボってしまった。敦怒ってるだろうなぁ、と思って、どうやって機嫌を取ろうか、考えていたら、敦は機嫌を悪くしてないし、どちらかというと、機嫌のいい方だった。


「二人で何してたんだよぉ」


とねちゃ、として笑顔で話しかけるので、いや、不純なことはしてないから、と敦に言ってみても、どうも誤解を解けそうになかった。いや、誤解でも冗談でもなく、俺は単にからかわれているだけなのかもしれない。


「ほら、これ書いてたんだよ」


と、俺は敦にTAB譜を見せた。ああ、出来たんだ。と敦は普通に言った。


「これ書いてたら、彩先輩が来てさ。出来上がったTAB譜でちょっと練習したいからって、屋上で練習してたらタニーに見つかったってわけ」


「なんで、屋上で弾く事になったのか全然わからないんだが」


俺だって、あの変なテンションは俺自身以外に説明出来ない。教室を探していたら、ちょうどいい所が見つからず、屋上ならいいのではないか、と彩先輩が言ったので、屋上に登ったのだ、と答えた。


「彩ちゃん先輩、本当にフリーダムだなぁ」


「まぁ、そうだよな」


「あんま振り回されるなよ」


と敦が言ったので、俺は、彩先輩は面白いし退屈しないから、彩先輩に付き合って振り回されるよ、というようなことを敦に伝えようとしたが、止めた。本当に振り回されすぎて、付き合うの止める時が来るのか、不安になったからだ。


「飯、いこうぜ」


と敦に声をかけた。


二人で連れ立って朝飯を食べにいった。朝飯は、合宿の最終日まで、貧相なままだった。


飯が終わると、部長が立ち上がって連絡事項を説明した。


「えー。では、今日で軽音楽部の夏合宿はおわります。みんな、バッチリ音楽漬けになったかと思います。それでは最終日のスケジュールです。このあと、午前の練習をした後、お昼を取りますが、みんなでバーベキューをやろうかな、と思っています。材料は今日の昼に配達してもらうので、飲み物だけ買い出しお願いします。買い出しは一年生にお願いします。えーと後ないかな。あ、そうそう。午後から撤収するので、三時を目処に午後練はやめてください。五時までに使っていた教室を片付けてください。以上です」


部長の連絡が終わると、大谷先生が立ち上がり、


「えー。夜中屋上でギターを弾いていた者がいましたが、屋上でギターを弾くのは大変危険なので、絶対しないように。あんまり自由にやりすぎると、部活動の活動停止もあり得ます。十分に注意するように」


バツが悪い。俺らのことだからなぁ。視線が少し痛い。救いは半分くらい目が笑っている事か。おれより、彩先輩の方が面倒な事になりそう。


午前の練習を終わると、バーベキューが待っていた。


 俺、実はバーベキューの経験って殆ど無いんだよなぁ。


 家族は両親どっちもインドア派だったし、俺も御多分に洩れず、ギターなんか血道に上げてるほどだから、アウトドアなんて興味なかったし。


 でも今日のバーベキューは楽しそうだ。


 肉を取ろうとしたら、「紙皿貸して」と二年生の女子に言われ、肉と野菜をバランス良く取ってくれた。俺肉が食いたいんだけど……。


「ねえねえ、屋上にいたのって、高木くんと彩でしょ。何してたの?」


この人絶対楽しんでいるな、と言うのがわかる笑顔で聞かれた。いや、確かに彩先輩とは一緒にいたけども。


「本当にギター練習してただけですよ」


「えー」とそれでキャッキャと盛り上がっていた。


こう言う会話は彩先輩の方が多かろうと思ったのだが、意外と彩先輩の方は落ち着いていた。彩先輩がボッチだとは思わないが、付き合う人はマイペースな人が多い感じ……彩先輩もマイペースだから、相性はいいのか?


 そんな彩先輩はもう焼きそばを焼いている。


「肉もうないんですか」


とちかくの先輩に聞いたら、鶏肉が不人気で、余って困っているとのこと。


「鶏肉好きなんで焼いていいですか」


「どんどん焼いて食べて」と言われた。そんなわけで鶏肉食べ始めたのだが。やたらと量が多い。もう食い切れないと思っていたら、雑魚先輩がやってきた。


「食ってるか」


「鶏肉食い過ぎて、もう胸までいっぱいです」


「そうか」


と言いながら、鶏肉を取ってバーベキューソースに浸した。それをパクッと一口で食べた。


この先輩、話すきっかけが欲しいのかもな、と思ったので、


「先輩も鶏肉好きなんですか」


「そうだな、肉の中では一番好きかな」


しばらく肉の話をしていたが、ちょっと興味があって聞きたい事を聞いた。


「先輩プロを目指している、て聞いたんですけど」


「そうだったんだけどな。でも今は絶賛挫折中かな」


「そりゃまたなんで」


「お前みたいな上手い奴がゴロゴロいると思ったら気後れしてな」


なんか、雑魚先輩、殊勝な事を言う。目もどんよりしているし、最初に会った時のような熱がない。


「うまく言えないけど。テクニック身につけるのは時間と努力が必要だけど。ロックの場合は簡単なコードにできるんでしょ」


「パワーコードな。全然コードじゃないけどな」


「それ使えば表現したい事を表現しやすくなるんじゃないですか」


「表現したいことか。そうだな表現したいんだよな、俺たち」


俺たちの範囲に、誰が入っているのか聞きたくなかったので、敢えてそれはスルーした。もし俺が入っていたらどうする。この先輩とはちょっと距離を、置きたいのだ。


「テクニックを見せつけるんじゃない、表現することか」


なんか、雑魚先輩が目の光を取り戻しながら、そんな事を言った。


それから右手を差し出すと、握手を求めた。いや特に握手したくもないんだが、と思ったが俺も右手を差し出した。


握手して


「自己紹介がまだだったな。星野だ。部活のバンドのフローティング・ミキサーと学外でビッグママていうバンドやってる。どっちもギターだ」


「はあ。高木です。バンドはこの間島村先輩と始めました。名前はまだないです」


「そうか。頑張れよ」


そう言うと、先輩は去っていった。うーん。これは、要するに、和解を求められたのだろうか。俺の方は別にどうでもいいんだが。学内に敵を作るのも、好ましくないし、これは和解したと言う事にしておこうかな。


「ちょっと優吾、早くこっち来てよ。焼きそば作りすぎてさあ、みんなで消費しないと」


焼きそばには肉が山盛り入っていた。肉の量を考えずに焼きそば作ったのか、もしかして。皆んなには、敦も入っていた。


 どちらにしても食べないといけないのだな。彩先輩が喋っていた、女性の先輩方にに挨拶した。この人らも彩先輩っぽい何かを感じる。


「弾き語りするんですか」


「そうだね。私バンド合わないからー」


「私も」


「……うん。バンドは、ちょっとね……」


ああーこの人らも彩先輩の同類だ。あまり関わらない方がいい。


 俺は肉たっぷりの焼きそばを貪るように食べ、そして腹十二分目ほど食って気持ち悪くなっていた。


 バーベキューの後片付けは申し訳ないけど他の人に任せてしまった。食い過ぎて動けなくなるなんて、多分初めてのことだ。バーベキュー開始から終了して後片付けまでが三時間だから、大体いい時間に終わってくれた。少し復活した俺は、教室の後片付けをした。布団を元の場所に戻し、掃き掃除と雑巾掛けをしてから、机と椅子を戻した。


 これで合宿終わりか。予想より短かったな。もっとやっていたかった。


 と、そんな事を言っている場合ではない、明日からバイトが入っているんだ。気持ちを切りかけなければ。


 彩先輩とバイト先で会える事を楽しみにしていよう。


 因みにこの日の夕飯を遠慮したら、また反抗期か、と父さんと母さんに思われて、バーベキューで食べすぎた事を説明するのに偉く苦労した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る