第14話 夏合宿その三

 三日目の午前練習の前に、大谷先生から注意事項があった。

「今朝、音楽室を使った者があるようだが、夏休み期間中は、吹奏楽部が優先的に使う事になっているので、音楽室は使わないように」


あ、それ、俺のことか。まずかったかなぁ。先生にバレているとは思わなかった。でも、何で判ったんだろ?


 先生にわざわざ尋ねる気概もないし、今後気をつける事にしよう。


 チラチラ軽音部員に見られている。その視線に気まずさを感じる。そりゃそうだよなぁ、昨日の今日だもの。俺だって判っちゃうよね。


「そうでーす。俺が犯人でーす」


なんて言えるか。これじゃ、馬鹿みたいじゃないか。


 もういい。この話はもう止め。早速教室に移動しよう。と思ったのだが。


 何故か部員の行動がノロノロとして、鈍い。彩先輩と敦はそうでもないが、他の部員はもうすぐ八時になると言うのに、まだ目を擦ったり、あくびを繰り返していたりする。ひょっとして、みんな疲れている?


 とりあえず、合宿中に使っている教室に行き、準備をした。準備といっても、ギターの調弦をして、ベースとアンプをシールドで繋いで、終わりだ。


 ちなみに、アンプもシールドも敦の私物で、アンプは小さくて、可愛いやつだ。ミニタイプのアンプは、持ち運びが楽だ。オレンジ色のボディで、何か名前でもつけているのか、と聞いたら、特につけていない、って事だった。つけてあげればいいのに。


「はーい。じゃ私つけるー」


と彩先輩が挙手した。


「小さいから……ピコに決まりね」


おお、何故かそれらしい。敦の方は、少し嫌らしい。何度か呼ばれているうちに、慣れるだろ。


「ピコの電源入れるよー」


と、彩先輩。ベースやギターをアンプに繋げるときは、必ず守らなければならない手順がある。それは、ギター又は、ベースを先にシールドをつなぎ、そのシールドを電源を落とした、アンプに繋ぎ、最後にアンプの電源を入れる、ということだ。逆も然りで、ギターをしまう時には、アンプの電源を落としてから、シールドを抜かなければならない。


 そうしないと、びっくりするような破裂音がアンプからして、最悪アンプを壊してしまう事がるからだ。


まぁ、そんな、バンドあるある話な小ネタはどうでも良い。俺は、新曲について、今朝考えていたことを、二人に話さなければならない、と考えていた。

それは。


「発表があります」


「なんだよ、畏まって。いいから言えよ」


「今日中にリズムギターと、先輩の作詞と、敦のメロディが完成しないと、合宿中に曲の練習ができません。合宿中ににパーフェクトな曲を作るより、今日、出来上がる方を優先してください」


そうなのだ。今日で合宿三日目。今日中に完成しないと、後二日で合わせることができないのだ。


「でも、最初に決めた通り、曲の完成まで持って行けばいいんじゃないの?」


彩先輩が疑問を言う。


「俺もそのつもりでしたけど、やはり、実際に楽器を鳴らしてみないと、わからない部分もありますから。楽器を合わせるところまでが作曲です」


と半ば強引に、決めてしまった。


 そんな訳で、俺たち三人は何かに追い立てられるように、作詞や、作曲や、アレンジをしていた。


 作曲は午前中には終わらず、午後の練習までかかっていた。最初に出来上がったのは敦のメロディで、綺麗なメロディラインだった。ポップスのようなAメロ、Bメロ、Cメロを、一旦、意識しないで作ったのがよかったらしい。


 ついで、俺のリズムギターのアレンジが出来上がった。昨日の二人からOKをもらったテイクよりは、マシになっていると思う。俺の方は、逆にクラシック的な表現方法を止めて、シンプルに弾く事を意識し始めたら、上手く弾けているようになった。


 最後の彩先輩であるが。ものすごく悩んでいた。詩ができないのだろう。途中まで出来ているらしいが、それも見せてもらえないし。


仕方がない、夕食後も書いてもらうか。


「できたー」


 という、声が隣の教室から聞こえたのは、夕食を食べて少しした頃だった。


「あ、先輩出来上がったらしいぜ」


「みたいだな」


「ちょっと見なけりゃ」


「女子部屋行くんか」


俺は正直、女子部屋に行くのは遠慮したかった。何故なら、女子に囲まれるのは少々、気後れがするからだ。敦は俺の困っている様子を見て、


「別に廊下で見せて貰えばいいじゃん」


と言った。確かにその通りなので、廊下まで彩先輩を呼び、歌詞を見せてもらった。


「こんな感じの曲だよ」


踊りましょう

踊りましょう


二拍子のリズムで

月照らす海の上で

波揺られながら

鯨の迎えが来るまで


歌いましょう

歌いましょう


満天の星の下

君の顔照らす星あかり

ギターを奏でる

君が星へ帰るまで


恋しましょう

恋しましょう


本当の恋を

あの星へきっと

君の星へきっと

歩いて行ける事でしょう


遊びましょう

遊びましょう


君が忘れた白い猫

君のうちから

今は私のうちへ

君を偲んで鳴いている


遊びましょう

遊びましょう


居なくなった白い猫

私のうちから

君の星へきっと

歩いて行ったのでしょう


追いかける?

追いかけない?

どちらを選ぶのでしょう

良い?悪い?

問いかけるのは君

選ぶのは私


月明かりの下

君の顔がみえない

君の問いかけに

答えが出ない


踊りましょう

踊りましょう


「こんな感じで。どう?」


俺は、無意識に二拍で手で拍子を取っていた。大体合う感じだ、悪くない。


「大体いい感じです。ちょっと乗らないところは有りそうですけど、文言を変えてもらうかもしれません。敦はどう?」


「うーんと。このままでもメロディに乗ると思うな。合わせてみたら良いんじゃね」


「今から合わせたくない?」


あれ、先輩、初日に廊下が怖いから行きたくない、みたいなこと言ってなかったっけ?まだそんなに暗くはなってないけど、もう少しすると真っ暗になるんだけど。


「いや、合わせたいですけど、彩先輩大丈夫ですか、終わる頃には真っ暗ですよ」


「う。でも合わせたい……二人とも懐中電灯持ってきて。三人で照らせば怖くないはず」


それはどうなんだろうなぁ、と思ったが、口に出しては言わなかった。あまり先輩のこと、やいのやいの言いたくない。


 三人で廊下を照らしながら、いつも音を出している、教室へ向かった。彩先輩はすでに怖いのか、俺の腕を掴んで離さない。


 嬉しいけど、ちょっと歩きづらい。


 と、役得ぎみに歩いて、教室に着いた。明かりをつけると、普段の彩先輩に戻ったようだ。


「じゃ、合わせよっか」


誰ともつかず、そんなことを言う。とりあえず、メロディと詩を合わせて。ベースで一番高い音の出る一弦で、メロディを奏でる。


 あー。敦がメロディは問題ない、って言った意味がわかった。先輩が、歌詞をメロディに合わせているんだ。そうか、たまに敦と先輩が何かをやっていた意味が分かった、気がする。


 一通り歌とメロディを合わせると、俺と敦が合わせてみる。敦は基本的には、ベースで、ルート音だけを拾って弾くように指示した。こっちも良い感じで合わせられる。


 それから歌を合わせる。敦はメロディではなく、本来のベースを弾いているので、メロディは、彩先輩が頼りだ。


 やはりというか、彩先輩のメロディがだいぶ怪しいので、曲にはならなかった。


 少し編成について思う所があったので、明日早朝練習の時に提案してみよう。


 今日は三日間の疲れを取るために、早めに寝ることにした。シャワーで汗も流したいしな。俺も、連日三時半に起きているので、流石に眠い。


 

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