第10話 家族会議

病院からの帰りは、父さんの車を使った。運転は父さん、助手席に母さん、後部座席は俺だけだった。


「優吾、横になってていいぞ」


と言われたので、遠慮なく横にならせてもらう。父さんの車は3ナンバーじゃないから、狭い……でも座っているより気分がよくなった。


「帰ったらちょっと皆んなで話そう」


話す?何を?と思ったけど、よく考えてみれば、俺がぶっ倒れる事になった原因についてか。ウチみたいなのを、機能不全家族というのか?いや、他の家庭のこと知らないから、本当の所は知らないけど。


 家に到着した時、俺は微睡していて、一瞬家に到着したのか分からなかった。父さんに起き上がるのを手伝ってもらい、家の中に入った。


「じゃあ、優吾の部屋を開けてくれるか?」


その問い、というか命令は、俺になされたんだろう、と思ったが


「だめだ。開けることはできない」


と言った。


「優吾のものは取ったりしないし、座るだけだから何にもしないよ」


「それでも駄目」


父さんは、はぁとため息ひとつ付き、じゃリビングにしよう。と言った。


「優吾にふとんと毛布を用意して。リビングに敷いておこう」


そう言って、和室の押し入れから、ふとんと毛布を引っ張り出して、リビングに敷いた。


 リビングにソファーに、挟まれるように置いてあるローテーブルをどかすと、俺のためのスペースを作った。別にこんなことしなくていいのに。まあ良いか、横になるスペースできたし。


「じゃぁ、まずなんで無断でバイトをはじめたのか、だけど」


ほら出た。やっぱり吊し上げる気じゃないか。これだからうちの親は信用できない。


「バイト先に面接してもらって、面接合格だから、今日からやって、って言われたからだよ」


ぶっちゃけ、それ以上の事ではなかったので、そう答えた。


「バイト始める前になんで家族に相談しなかったか、という事なんだけど」


ああ、そういう意味か。


「だって父さんは普段家にいないし、母さんに相談したって反対されるだけでしょ。相談したって無駄じゃん」


俺は自分の親に、根深い不信感を持っていたた。俺の事を小学生、せいぜい中学生くらいに思っていて、やたらと自分の思い通りにさせようとしている節がある。それがたまらなく嫌だった。


「それに母さん、俺が教室のレッスン代払う、って言ったら出来るもんならやってみろ、って言ってたよ。それってバイト了承じゃねーの?」


「そんなこと言ったのか……」


「それは売り言葉に買い言葉というもので……」


「でも優吾はそうは取らなかった、と。難しいな、コミュニケーションを取るということは」


「優吾、父さんは別にバイトをしてはいけないとは言わない。ただ始める前に相談が欲しかった、ということを言っておきたいんだ」


相談って誰にすればいいの?父さん帰って来た時に父さんに相談する?それっていつになるの?俺は至急金が必要なのに?なんだか父さんの言い方が世間の常識に合わせようとする、いわば偽善に思えて仕方がなかった。


「だからさ、さっきも言ったけど誰に相談するの?」


「それは、父さんが帰って来た時にでも」


「駄目だよ、それじゃ遅い遅い。俺は今すぐ金が必要なんだもの」


「レッスン代かい」


「それもあるけど、新しいギター買わなきゃ。後食費」


「食費?母さんのご飯は食べないのかい」


「食べない」


「どうして食べないの?母さんのご飯嫌い?優吾の好きなもの作るから言ってちょうだい」


「別に母さんのご飯は嫌いじゃないけど。とにかく食べたくないんだ」


やばい、また言い方間違えたか。でもはっきりと自分の意思を伝えるには、正確に言う必要があるしなぁ。いや、まだ正確には伝わってないかもしれない。何故食べたくないかの話をしていないから。


 父さんと母さんが何やら言い争いをする雰囲気になり始めたので、少し訂正をするために言った。


「あのね、母さんのご飯を食べないのは、もう母さんの世話に、極力ならないようにしよう、と思っただけなんだよ」


自分なりに、かなりオブラートに包んだ言い方だと思う。しかし、自分の怒りに任せて言うよりはだいぶマシだろう、と思った。


「優吾、ね、あなたのギターは返すから、ご飯は食べてちょうだい。このままだとまた倒れてしまうわ」


「ギターはいらない。自分で買う」


ギター返してもらったって、結局はそのギターは母さんの紐付きのままだ。そんなギターもらっても嬉しくない。今度こそ、本当に自分のギターが欲しい。


「そんなこと言わないで。どうしたらご飯食べてくれるの」


「あのギター、幾らしたの?」


これはある考えが、頭をよぎったからだ。もしかしたら母さんの紐を外すことができるかもしれない。


「五十万円よ。優吾には払うの無理でしょ」


頭の中で軽く計算してみた。レッスン料が一万八千円で交通費が月三千円。日常雑貨に二万円。と考えると十三万ほど残る。それなら四ヶ月あれば、五十万返し切れる。


「じゃ、ギターは返してもらう。でも、ギターの代金は払う。払い終わったら、ギター返して」


「ギターは返してもらって、それから毎月返して行けば良いじゃないか」


「それじゃ、返すの億劫になるかもしれない。手元にない方が、早く返さなきゃって思うと思う」


「そうか……。じゃ、父さんたちの条件を聞いてくれるかな」


「どんな事?」


「バイトを続けるなら、うちでご飯をしっかり食べなさい。それだけだ。それから、もうギターを部屋から盗ったりしないから、鍵は外してくれ」


少し考えた。元々は母さんの束縛から逃れるためのハンガーストライキだったのだが(パンは食べていた)、そう言われてこれ以上続ける意味はあるのか?いちおう一定の権益を得たわけだしな、ギターを返してもらえ、バイトも続けられるという。


「判った。ご飯は食べる。でも部屋の鍵はちょっと考えてから外す事にする」


部屋の鍵は、用心のためだ。盗まないと言っているため、もうこんな事は起こらないとは思うが、一方、母さんに秘密を暴露されるのが嫌だった。

 

 たとえば、中学の同級生から借りたエロDVDとかな。彼は中学卒業後遠くの県に引っ越してしまったので、このDVDは永遠に借りパクしたことになる。そんな物を探し当てられでもしたら、非常に困った事態になるであろうことは、明白だった。


「それで良いよ、ありがとう」


と、父さんは言った。父さんは入ったりしないから安心なんだけど、母さんがなぁ。俺の中に、ずかずかと入り込む気がしてならない。


「ちょっと母さんと話し合うから、優吾は部屋に戻っていて」


「わかった」


部屋の前に来ると、ポケットに入れてある鍵を取り出し……今俺が着てるのジャージじゃん。ジャージに鍵は入れてないよっ。どこだ、俺の制服と鞄。仕方ないので階下に降りて両親に聞く事にした。


 リビングの扉を開けようすると、父着てるさんと母さんの話し声が聞こえる。


『優吾はもう大人だよ。少なくとも大人になりかけている。大人としての対応が必要だよ』


『そうは言っても、あの子まだ子供っぽいところがあるわ。見ていて危なっかしいわ』


『そう言う時は転んで、また起きるさ。もっと優吾を大人として扱わなければね』


ちょっとこの会話の中を割り込んでいく勇気がなかったので、静かに二階に上がり、収納から工具箱を取り出した。中に入っていた電動インパクトドライバーで、鍵をかけている元を外した。工具箱をしまい、鍵の取れた扉を開けて、部屋の中に入った。


ベッドに横になると先輩にメッセージを送った。


返事がすぐ来て驚いた。時計を確認すると、六時までは、少し時間があった。


だから返事が早いのか。


『敦から聞いたけど、体大丈夫?いまメッセして平気なの?』


って気遣ってくれるメールが返ってきた。


『ありがと。体はちょっとフラつくけど、明日には大丈夫になるから』


『少しバイト休む?私から店長に伝えようか?』


『大丈夫だよ。明日学校行くから。そんでバイトも行く』


『あはは』


少し間が空いてしまた。何か書くことあったっけ。と思っていたら自然と


『先輩に会いたいな』


と送っていた。小っ恥ずかしいから消そうと思ったら、先輩から


『わたしも』


と返って来たので消すのを止めた。


『じゃ、明日学校で』


と、俺は送った。


『うん』


それで十分だ、今は。大事な人、彩先輩。


それから敦にもメッセージ送っとかなきゃな。心配かけているかもしれないし。


 でも、もうちょっと、先輩とのメッセージのやり取りの余韻を、楽しみたい。


 もう少し待ってくれ、敦。

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