第8話 クラギ仲間とバイトの面接
『というわけなんだ。それで、良いバイト知らない?』
俺は、寝る前に敦とメッセンジャーでもってやりとりしていた。敦は返信はしてくれるのだが、内容はなおざりなものだった。そんなものだろう、母親に対する愚痴が半分以上占めていたのだから。
『バイトかぁ。明日彩ちゃんに相談してみたら?』
『明日彩先輩来るかなぁ』
『わからんけど、多分くるよ』
『根拠は』
『彩ちゃん、部活じゃないとギター出来ないべ』
『なるほど』
『じゃ、俺ねるからー』
『おやすみ』
敦は彩ちゃん来るって言ってたけど、正直どうだろうと思う。来ては欲しいんだけど……どんな顔をして顔を合わせれば良いんだ。あー緊張してきた。
なんというメンタルの弱さ。打たれ弱いと言うのは俺のことなんだな、と実感する。緊張で眠れないかと思ったら、あくびひとつすると、そのまま眠ってしまった。
朝、と言うか、三時に起きてギターの練習をする。当て付けがましく思いっきり弾いてやった。もう俺はバイトする気満々になっていた。ちょっとでも稼いであの横暴な母親の
ギター弾き終えたら、そのままギターをもって学校に行った。途中、惣菜パン屋でカレーパンを一つ買って、食べながら登校した。これからは節制生活をする。一日の食費を五百円にすれば、ひと月一万五千円。もっと切り詰めないとダメか?
だけど、家の朝食や夕飯を食べるわけにはいかない。ハンガーストライキだ。いや、パン屋で買った惣菜パン、食べてるんだけどさ。これでバイト探して、食費も何とかしよう。
学校には少し早めに着いた。教室には誰もいない。いや、日直さんが居たか。なんか細々とした仕事している。黒板の日付変えたりとか。花瓶の水変えたりとか。「おはよう」と声をかけて席に着こうとすると、日直さんは、
「あ、高木くんおはよう」
とか返してきた。
この日直さんの名前は、そうだ黒澤さんだった。なんで忘れちゃうかな。
「おはよ、黒澤さん」
黒澤さんは整った顔立ちをし、正統派の美少女として、男子の人気も高いのだが、ちょっと俺の好みからは外れていて、それで名前を覚えていなかったのだろう、と結論づけた。
「今日は早いね」
「まぁね。早く目が覚めてしまったもんだから早く学校に来ちゃった」
「そう言われれば眠そうだね」
「そう?そうかな」
とそんな話をしていたら、
「そういえば、軽音の女の子が一年にすごくギターの上手い人がいる、って話をしていたけど、あれ、高木くん?」
「軽音でそう言う話出ていたなら、多分俺」
「へー。今度聞かせてよ」
「いいよ」
そろそろ登校時間になり、窓の外には登校してくる学生の姿が見られる様になってきた。
「おはよー。あれ、勇吾早いな」
「朝練習して来たから、それで早くなった」
「よく眠れなかったんだろ」
「そうだよ。3時に起きた」
「それで練習かよ。どんだけギター好きなんだよ、お前」
「俺からギター取ったら頭の弱い可哀想な子になるだろが」
「そこまでハッキリ言い切れるお前に脱帽だわ」
目の端の方に声を立てずに笑っている姿を認めたので、そちらの方をみ見ると、黒澤さんがいた。
「あ、気にしたらごめん。二人のやりとりが可笑しかったから」
と弁解するかの様に言った。
「高木くんってギター好きなんだね」
「物心つく頃から普通にあったものだから、もう空気みたいなもんかな」
「一日どれくらい練習しているの?」
「日によってまちまち……一二時間の時もあれば八時間くらいやってる日もあるし」
ふーん、と黒澤さんは言い、それから
「高木くんはコンクールでないの?」
と聞いてきた。コンクールか。考えたこともないな。教室の先生から勧められた事もないし、第一俺の酷いあがり症は、コンクールに出たら、如実に現れてしまうだろう。一曲通して演奏できるかも怪しい。
「黒澤さん、ギターやってるの」
「うん。クラシックをちょっとね」
へー。知らなかった。此処に同志がいた。なんだ、全然気がつかなかった。それなら、軽音に入らずに黒澤さんとクラシックギターの同好会作ってもよかったな、黒澤さん次第だけど。
「今何の曲やってるの?」
「今はバッハやってるよ。コンクール近いしね」
「コンクール出るんだ」
すげぇな、この人。バッハってだけで尊敬の目で見てしまうのに、コンクールまで出てしまうなんて。入賞したことはあるんだろうか。興味本位だけど聞いてみた。
「黒澤さんは入賞経験有るの?」
「あるけど、入賞しても五位か六位なのよねぇ。二次で落ちてしまう時もあるし」
すげぇ!この人俺より凄いかもしれない。俺より絶対うまいわ。あーだめだ。泣きそうになってきた。ギターしか取り柄のない子が、ギターで負けて、本当に頭の弱い可哀想な子になりそうだ。
「黒澤さんは音大行くの?」
「行きたいけどね、できれば推薦で。私勉強できないから」
「五位入賞なら音大の推薦通るんじゃない」
「海外のコンクールで五位だったら意味はあるけど、日本のコンクールで五位だと推薦難しいかな」
へー。そんな世界なんだ。思えば、俺はそんな目的をもってギターを弾いたことがない。弾くのがただ楽しかったから、弾いていただけで。黒澤さんの目標に向かって進もうとする意気に、劣等感を持ちそうになる。
俺はギターを弾いて、それからどうしたいのだろう?自分でもよくわからなくなった。
「黒澤さんは、ギター好き?」
「うん。多分好き」
「多分なんだ」
「途中でめげそうになる事、多いしね」
「俺も音大目指してみようかな」
勿論、冗談みたいなものだ。ただ、音大に行って、卒業したらプロの活動をする、て考えたら、悪くないな、って思ったんだ。
俺の思っていることは、ああだったらいいな、という願望じみた空想に過ぎない。黒澤さんのように目標を持って前進をし続ける、なんて出来ないかもしれない。第一あがり症だし。と考えて、ひょっとして俺は、あがり症と言うことを言い訳にして、色々な可能性から逃げて来ていたのではないか、と思った。
「高木くんが音大目指すなら、同志が増えて嬉しいな」
「そのためにはコンクールにチャレンジしないといけないのか」
「一般入試もあるけどね」
「ちょっと考えてみる」
黒澤さんとの会話は、自分の将来を考える良いきっかけになった。音大に入学しなかったとしてもだ、レッスンプロになる事だって出来るんじゃないか?とか考える。
午前の授業が始まって、お昼休みをとってさらにまた午後の授業をやって、帰りのホームルームが終わったら、部活の時間だ。
先輩、来てるといいけどな。と思いながら軽音の部室に向かう。敦は俺と肩を組んで歩いている。何故だか少し安心してしまう。一人でいる時は、誰かと一緒だと不安が紛れる。そんな気分を紛らわせる敦らしいやり方だった。
部室に入ると部員に「こんちは」と挨拶しながら入る。入り口から向こうの端に彩先輩が座っているのが見えた。真っ直ぐそっちへ急ぐ。
「彩先輩、こんにちは」
「勇吾……」
「昨日は、その、ごめん。酷いこと言っちゃって……」
「それは、もういいです。俺も色々考える切っ掛けになったし。先輩の言いたいこと、なんとなくわかりました」
それから俺は、昨日あった事、ギター教室を辞めさせられそうなこと、高価なギターを何処かにやってしまったらしいこと、そのほかのことを話た。
「それでですね、先輩に聞きたい事、あるんですが」
「私に答えられる事なら何でも」
「先輩、良いバイト先無いですか」
先輩は少し驚いたように見えた。それはそうだろう、昨日までの俺からは、労働しようという意識は全く感じられなかったんだから。
「幾つかバイトの当てはあるけど……なんでバイト探すの?」
「ギター教室のレッスン代と、新しいギターを買う資金と、食費です」
「レッスン代とギターの資金はわかったけど、食費って何?」
「もう二度とオカンの作った料理を食べないように、自分の金でたべます」
「え?ご飯は食べてもいいんじゃないの?」
「嫌です。もう二度と、オカンの世話になんかならない」
「ストライキ?」
「ハンガーストライキです……本当に食べないのは、すごく辛そうだから、自分で食費くらいは稼ごうかと」
彩先輩は、はあ、とため息をつき、
「優吾は時々極端だよね、頑固だし」
「それほどでもないです」
「いや、褒めてないから」
それから彩先輩は続けて、
「うーん、バイトかー。有るには有るけど、どんなのがいい?」
「コンビニとか、雑貨屋とか楽器店とかがいいです」
「その中からならコンビニだね。他は知らないから。履歴書の書き方知ってる?」
「いや、全く書いたことありません」
「じゃ、教えてあげるから、これから100均いこ」
その前に疑問が持ち上がった。果たしてバイトに履歴書が必要なのだろうか、と。
「要らないところも有るけど、持っていけば心証よくなる事もあるよ。履歴書必要な所にも面接行けるしね」
それで、俺と彩先輩は部室を抜け出し、100均ショップへと向かった。
「今日はさ、ちょっとホッとしちゃった」
「何がです?」
「優吾がバイトやる気になったこと。バイトやってまで、ギターを続けたいと思っていること。なにより、自分の居場所を作ろうとしていること。それ、私とおんなじじゃない?だから、私と同じ人がいる、と思ってホッとしたの」
「そういうのはバイトが続いてから言って欲しいんですけど」
「また緊張しているの」
「ちょっとだけ」
「本当にあがり症だね」
「しょうがないです。なんであがるのか自分でもよくわからないんですから」
100均に着くと、バイト用の履歴書と黒のボールペンを買った。ボールペンなんて久しぶりに持ったな。学校で使うことなんてあんまり無いし。
部室に戻る前に、履歴書用の写真を撮る事にした。証明写真用の機械に座って撮らないといけないのか、あれ、確か八百円位しなかったか?と思ったが、彩先輩が「スマホでとってコンビニで印刷すればいいんだよ」と不思議なことを言ったので、先輩にお任せする事にした。
コンビニのあたりで白い壁を探す。白い壁を背に彩先輩に写真を撮ってもらった。
「はい、笑っちゃダメだから。真面目な顔をしてー。こっち向いてー。とるよーはい」
そうして撮った写真を、彩先輩はスマホを操作して、何やらしていると。
「これでコンビニのコピー機から写真、印刷できるから。取りにいこ」
俺はコンビニのコピー機を操作して(実際に操作したのは彩先輩だが)、写真をプリントアウトした。
そのプリントアウトした写真を見てこれすごいな、と思った。証明写真機と遜色ない出来の写真が撮れた。しかも百円で。未来に生きてるなー、俺。
それから部室に戻って、彩先輩から履歴書の書き方を教えてもらった。絶対ボールペンで書く。修正液使わない。間違えたら、その履歴書は捨てて、新しい履歴書で書く。空白の項目を作らない。などなど色々……。しかし、シャーペンで下書きをして、その上にボールペンで書くのはOKなんだそうだ。なんだそれ?
で三通の履歴書を書いて、カバンに入れた。
「おー。とうとう優吾も学校を辞めて仕事に就くことにしたのか」
などと敦が、馬鹿なことを言うので、
「もし俺が人事課にいて、お前が俺の会社に面接に来たら、落とす」
と言っておいた。返しが複雑すぎたようで、敦は一瞬考え込んで、
「時々優吾のセンスについていけなくなる」
とぼやいていた。
「じゃ、面接行くところに日取り決めておかないと」
といって、先輩はアドレス帳を開くとバイト先の連絡先をメールしてくれた。
「ちょっとここに電話してきます」
と言って部室を出た。校舎裏に行って、教えてもらった電話番号に電話する。
今回はコンビニの面接の可否を、聞かねばならない。
電話してみると意外と簡単に面接の日取りが決まった。というか面接、今日来てほしい、と言われた。何時頃来れるか、と聞かれたので6時過ぎで構わないか、と言ったら、それでいいとのことなので、部活を早めに切り上げて行くことにした。
「先輩、なんか今日面接来て。って言われましたよ」
「あちゃー。店長気が早いなぁ。じゃあ、あたしと一緒に行こ」
「え?なんでですか。別に保護者同伴でなくても」
「だーかーらー。そのコンビニ私のバイト先」
「え?」
俺と敦の驚きの声が唱和した。
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