第6話 好きっ

彩先輩がギターを買って一ヶ月が経った。最初の一週間は、フォークギターとクラシックギターの違いを色々質問されていた。そんな質問も、二三日で無くなってしまった。


 クラシックで使うような足台を、彩先輩が使うのか、すごく迷った。足台を使わない方が、俺は見栄えがする、と、本当は思って居たので、


「ギターの構え方、どうします?」


とうっかり、先輩に聞いてしまった。言ってから後悔した。こう言うのは教える側が、「こうします」って言わないと教えられる側が混乱することがあるんだ。


彩先輩は、


「優吾は如何しているの?」


と聞いてきたので、


「普段は足台を使ってます。そのほうがギターをホールドしやすいし」


「じゃ、私も足台使うのでいいや」


良かったセーフ。でも軽音の部室に足台は無いだろうなぁ、千円くらいで買えるんだけど。


「うちにお古の足台があるんで、明日持ってきます」


「おねがーい」


今日は俺の足台を使ってもらうことにした。


 俺は足を組んでも弾けるし、先輩には足台に早く慣れてもらわないとね。


 後は、左手の構え方だな。クラシックギターとフォークギターではネックの形状が違う。クラシックの方は指板が広く、ネックが薄い。逆にフォークギターは指板が狭く、ネックが太い。その違いに慣れてもらわなきゃーと思って居たのだが、あっさりと解決した。


 彩先輩は二つのギターを、全く別の種類の楽器として認識し始めていた。

 

 だから違いと言っても「別の種類の楽器だから当たり前でしょ?」と言ったのだ。


 これならやりやすいかも。


 ただ、クラシックギターは基本フィンガーピッキングなので、これについては、慣れてもらわなければならなかった。

 

 家に帰ったら右手の構えを撮影したDVDを持ってこよう。動画サイトの動画でも良いんだけど、出演している人によって、言ってることが微妙に違うからな、あまりおすすめじゃない。


 こんな事をやって最初の一週間が過ぎて行った。

 そして、そんなこんなで、もう一ヶ月過ぎようとしている。ボサノヴァのテキストの方はもう半分以上終わってる。


 初めは如何なるかと思ったけど、今では覚えたコードを繋げて、曲のような物を作っている。曲のようなものっていうのは、終わり方、ポップスで言う様な所謂アウトロを作ってないからだ。


「アウトロ入れないんですか」


「なんかねー。まだまだ出来る気がするのよね。アウトロ入れちゃうとそこで完成、見たいに思っちゃいそう」


「彩ちゃん先輩、どんな曲でも一回完成させた方が良いんじゃん?一回作ってそっから手を入れて行った方が早くね?」


敦、良いこと言った。其れにしても敦よ、さっきからスラッピングの練習をしているようだが、ボサノヴァではスラッピング使わないと思うぞ。


 ここ最近は部室で練習せず、空き教室使って練習している。部室だと嫌な顔をする人が増えてきているからだ。まあ、三四人なんだが。


 三人で三角形を作って椅子にすわている。彩先輩と同じ空気の中でギター弾けて幸福感が増すなぁ。


 そう、俺は此処数週間のうちに、彩先輩が好きだってわかってきたんだ。好意だと思って居たんだけど、夢の中で彩先輩の姿を見た時、あ、俺、この人のこと好きなんだ、って思ったんだ。夢の内容は忘れたけど、彩先輩が出て居たのは覚えている。


 だからちょっと右手の指が止まって、彩先輩の顔をじ、と見てしまうことがある。そうすると、彩先輩は顔を赤くして伏せてしまう。

直ぐに顔を赤くしたまま上げて


「ちょっと、優吾、顔見過ぎー」


なんて言われることがある。そんな時はなんだか気恥ずかしくなって、


「すみません、先輩の右手を見ているつもりだったんですが」


などと答えてお茶を濁したりした。


 敦がいなければ、此処は告白の機会ありかな、とか思ったんだが。でも敦がいないと間が持たないというのはあるか。


 しかし……俺と彩先輩がそんな会話すると、敦がベースでスライディングしている。コイツなんか楽しんでいるな。


 そんな感じでさらに一週間経った頃、厄介というか、面倒臭いことが起こった。三年生の先輩(後で聞いたら星野っていうらしい)が彩先輩に因縁をつけたのだ。簡潔にいうと、俺と付き合え。だったのだが。


教室での練習を切り上げ、部室に戻った時だ。何時も俺たちがいると、煙たがる先輩三四人のうち一人が立ち上がって、


「島村ぁ、ちょっと来いよ」


とか言い出すので、そういえば彩先輩は島村って姓だったな、などと間抜けな事を思った。


「何ですか、先輩」


「お前、俺が曲書いてやったら付き合うって言ってただろ」


彩ちゃんはその大きな目を更に大きくして、


「そんなこと言ってません。それに先輩四小節しか書いてないじゃ無いですか。おまけに6/8拍子だし。全然ボサノヴァっぽくない」


「書いたのは事実だろうがよ」


「大体、曲書いたら付き合うって何の話ですか。ご飯一緒に行くって話はしてましたけど」


「付き合ってたら飯一緒に食うだろうが」


だんだん三年生のトーンが弱くなってきた。敦が俯いて肩を震わせている。このタイミングではそれは不味そうなので


「おいこら、敦笑うのやめろ」


と敦を止めた。俺も可笑しいとおもっているんだから。でも俺笑ってないだろ?だから察しろよ。


「そこの一年、何笑ってんだ」


ほら、言われただろ。どうすんだよ、敦。


「いや、なんか言ってることが小物っぽいな、思って。あれでしょ、先輩雑魚でしょ」


敦が先輩たちを煽り始めた。おい、止めろ、敦、止めるんだ。


「この」


あ、先輩が敦を殴りにきた?ん?なんかしに来たのは間違いない。が殴るつもりはないようだ。


「センパイ、指はミュージシャンの楽器ですよ。楽器ですよ、楽器壊してどうすんですか」


今度は半笑いで先輩を煽った。先輩は殴るのを諦めたようだ。


 いやしかし、明らかにホッとしていたね。先輩も人を殴るの嫌いなんだね。


「楽器って言うならな、プレイで勝負しようじゃねぇか。あ、勝負できねぇってのかよ」


「俺がやってもワンパンだけど。ここは優吾構ってやれよ」


ええ?俺なの?煽ったの敦だろうが。敦がやるべきだ。


 と声には出さなかったが。


「彩ちゃんに良いとこ見せろよ。チャンスだぞ」


耳打ちしてきた。


 仕方がない。しかし、この先輩たち、絶対ロックだろ。メタルだったら面倒クセェな。そもそもどうやって勝負するんだよ。


「雑魚先輩、先輩ギター?ならコイツギターだからさ、ギターで勝負でどうよ」


「そいつクラシックだろ、如何やって勝負すんだよ」


雑魚先輩からは明らかにクラシックギターを下に見てる雰囲気を感じる。それだけで隔意を持ったね。俺はこいつと勝負する。


「んなもん、聞いてりゃ分かるだろ。それとも聞いてもわかんねぇか」


「良いよ、やってやるよ」


なんだか、俺の意見も聞かずに決まったようだ。俺が演るのに、俺は蚊帳の外っていう、まぁいいよ、最近はこう言うこと多いしな。


「何の曲やんの」


敦が雑魚先輩に尋ねる。

 先輩はしばらく考えて、漸く答えた。


「ポール・ギルバートのRACER X だ」


敦がくすりと笑い、おれもちょっと笑った。


「流行ったもんな、 RACER X。あの女の子のおかげだな」


敦のいうあの女の子というのは超絶技巧で RACER Xをひく小学生の女の子のことだ。動画サイトで見た時はびっくりしたもんだ。


 雑魚先輩が弾き始める。ちょっとアンプの音量がデカい。不快感を覚えるほどだ。如何言うつもりなんだ、この雑魚先輩は。


「音量でテクを誤魔化すつもりか?」


と敦が言う。なるほど、音量が大きければ多少テクが劣っていても、誤魔化すことができることはある。しかし、ミスタッチも同様に大きくなるんだけど……判ってるのか、この先輩。


「あ。外した。また外した。外した」


敦が、大音量に負けない声で、外したところを指摘してやっていた。


 だめだ、俺はもう我慢できない。ついに笑い出してしまったのだ。もちろん声は出さなかったが。


 その様子を見た雑魚先輩は、顔を真っ赤にして弾くのだが、ムキになったのが祟って、ミスが増えていく。


 そして、一曲弾き終わると、ドヤ顔をしていた。あんだけミスっててもドヤ顔できるのか。すこし雑魚先輩を可哀想に思えてきた。


「じゃ、優吾の番な。何弾く?」


「それなら、俺もテクニカルなので。ブエノスアイレスの春を」


「おお、どんな曲か楽しみだな。雑魚先輩、彩ちゃん先輩」


実はこの曲、通して弾けるには弾けるのだが、まだまだ完成度を上げられる、と先生には言われているのだ。


 だから、他のもう少し簡単な曲にしても良かったのだが、雑魚先輩にテクニックで負けるのは我慢できなかった。中途半端な完成度かもしれないが、テクニックでは俺がリードしているんだぞ、と示したかった。


 あとは彩先輩にクラシックギターってここまで出来るってのを見せたかったってのもある。


 本気のクラシックを見てろよー。


 結局三箇所ミスタッチしたが、なんとかリカバリーして立て直せた。


 ミスタッチしたのは、緊張していたからだ。右手が思うように動かなかった。このあがり症、ホントに治せるんだろうか。


「じゃ、決を採るまでもないな。優吾の勝ちで。雑魚先輩がたは退場してくださいね」


雑魚先輩は顔を真っ赤にしながら部室から出て行った。部室に残ってる先輩三人は、


「俺たちは別に……」


と言って雑魚先輩を追おうともしなかった。


「俺たちも、あいつにはちょっとな……」


「最近おかしいんだよな、あいつ」


「プロになりたいのは分かるんだけどな」


要約すると、プロになりたいと思い始めた雑魚先輩は、一緒のバンドの、他の先輩方にも自分と同じレベルの完成度を要求し始めた、と言うことらしい。


「それなら、プロ目指して、彩ちゃん先輩と遊んでいる場合じゃないだろうに」


「そうなんだよな、それなのに、判ってないんだよ、アイツ」

 

なるほど。雑魚先輩にも同情の余地が……無いな。もっとギターの完成度高めろ。


「それにしても、そっちの奴ギター上手いな」


「なー。うちの部入ってくれて本当に良かったわ」


何だか持ち上げられて、すごく照れ臭い。背中が痒くなる。


「ボサノヴァやるんだって?」


「ええ、彩先輩、じゃなくて島村先輩とコイツと三人でトリオ組みました」


「ボサノヴァで三人編成って珍しいんじゃない」


うん。珍しい。ボサノヴァは大体ソロだ。ギターとベースとキーボード、ドラムと言ったようなバンド編成のにする場合もある。そんな編成の曲が、何曲か入ったCDを、聞いたことがある。そういうソロギターや、バンド編成の楽譜は比較的手に入りやすい。しかし、ギター二本にベースという編成だと、自分たちで何とかしなければならない。でも、それも音楽だ。


「珍しいけど、どうにかできると思います。だってそれが音楽でしょう?」


「そうだな」


「そりゃそうだ」


「でも、そう言い切れるおまえ、凄いよ」


また持ち上げられる。どっかで落とされるのだろうか。気を引き締めておこう。


 ここで彩先輩が俺を見て固まっているのが見える。何で固まっているのか分からず、


「先輩、どうしましたか」


と声をかけると、ハッとしたようにギターと鞄をもって部室から出て行った。俺はどうしたら良いのかわからず、呆然と彩先輩を見送った。


 敦が


「いけよ」


と肩を押したので、ハッと気がついた。


 今言わなくちゃ、と思った。今じゃないと後で絶対後悔する。彩先輩に追いつくために走った。


 玄関の前で彩先輩に追いついた。


「先輩。その」


彩先輩は項垂れて、後ろを向いていた。俺は回り込んで、彩先輩の正面に立った。


「好きです、先輩。彩先輩のこと、好きです」


膝が震えて仕方なかった。

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