第4話 出来ること、出来ないこと

 軽音楽部の部室に通うことになったここ数日。段々周りの目も気にならなくなってきた。


 敦の「フレンチポップはフランス語で歌わないとフレンチポップにならない」発言のお陰で、フレンチポップを演るのは一旦保留となった。多分彩先輩が卒業するまで保留だと思う。


 ここ数日で変わったことといえば、敦がとうとう先輩の呼び名を『彩ちゃん先輩』にしたこと、先輩が思わず笑ってしまい、それで定着してしまった事と、俺も『彩先輩』と呼ぶようになった事だろうか。


 さすがに『彩ちゃん先輩』とは呼びづらい。


 その彩先輩であるが、真剣にボサノヴァのコードを練習している。7thコードが多いからちょっと難しいよね。でも慣れだから。と思っているんだけど気になる事がある。


「彩先輩、その、フォークギターでボサノヴァやるつもりですか」


「ん?どう言うこと」


「ボサノヴァって普通はナイロン弦、クラシックギターでやるものなんですけど」


「え?そう言う決まりがあるの」


「いや、マジで有ります」


そうボサノヴァは普通クラシックギターでやるものなんだ。この間の野外ステージでは先輩、フォークギターで弾いてたもんなぁ。そう言えばその時やった美味しい水Agua De Beberも7thコード多そうだけど、それはどうしたんだろう。


「その時はもっとやりやすそうなコードに変えてやってみた」


「あー。ルート音だけ決めて」


「そうそう。でも、真剣にボサノヴァやるなら7thコードやらなきゃ、と思って」


テキストも髙木くんが使ってるの買ったよ、と言った。あれ読んで練習してるのか。初心者から上級者まで使える教本だもんな。でもいきなりシンコペーションの練習をさせられるのはどうなんだろ?


「というか、先輩、形になったらどっかで演るんですか」


「私も、ライブやるところ探しているんだけど、見つからないの。対バンでも良いんだけど」


「はいはーい。俺ライブのできるところ知ってまーす」


と敦が言った。


「どこで出来るの」


「湘南台のカーサ・レストレリャっていうところ。ライブバーで普段は夜バーだけど、月イチでオープンマイクやるんで昼から営業していまーす。そのオープンマイクに出てみりゃ良いんじゃね、って」


ん?オープンマイク?それは何ぞ。


「お店の方でさ、ライブをする場所を提供するの。で、誰でも飛び込みOKで、そのライブスペースを使ってライブ出来るんだよ。十五分くらいやったら、はい交代。見たいな感じで。もともとはライブをやる程の腕の無い人向けだったと思うんだけど。ただ、お金はかかるよ。千五百円だか二千円だかだと思うけど」


「それに出ようって言うの」


「ライブ初心者がいるから敷居の低い方が良いんじゃないの」


「バーじゃないよね」


「夜営業のオープンマイクだとアルコール出るみたいだけど、昼ならカフェだから。アルコールでないよ」


そこまで聞いて、あ、そう言えばそんなの聞いたことある。と思った。どこだっけ?黒人が多いところ。


 ニューヨークのハーレムか。ハーレムのどっかでそう言うのやってるって聞いたことある。


「じゃ、それに出てみようか」


「彩先輩、決めるの早いよ、月一でしょ?いつのオープンマイク出るか決めないと」


「直近のはいつ」


「んー六月は今週末だからちょっと出られないでしょ。七月なら、多分第三土曜日だと思うよ」


「七月なら早速曲の練習始めなきゃ、間に合わない」


「ちょっとちょっと、先輩。曲の練習って言うけどその前にこのテキスト終わらせなきゃ、曲なんてできないよ」


「……そうよね。舞い上がってしまったわ」


「三ヶ月後位を目処にしませんか」


「んー。わかった。三ヶ月後で」


「それで、先輩のギターなんですけど。クラシックギターに買い替えません?」


「そうは言うけど、優吾さ、手頃な値段のナイロン弦のギターなんてそんな数ないだろ」


「それがあるところにはあるんだよな」


「何処にあんの」


「新大久保のKu楽器店。安いのから高いのまで取り扱ってる。まぁ、安いって言っても五万円くらいからなんだけど」


五万なら普通かぁ、と言う敦の呟きを聞き、彩先輩の言葉を待った。


「そうね、私そろそろギター買い替えようと思ってたところだから、お手頃の値段のクラシックギターなら欲しいかな」


それなら早速今週末にでも楽器見に行くか。


 実は俺、少しワクワクしている。一緒にクラシックギター見に行ってくれる友人は居なかったし、それに、純粋にギターが見たいって言うのもあるしな。


「じゃ、早速今週末にでも見に行きませんか」


「土曜日はバイト入っているからちょっと無理。日曜日は午後から空いているよ」


「じゃ、午後一時に。駅集合で」


はーい。という二人の声を聞いて、俺の胸は高鳴るのだった。

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