第二の契約
数日後、俺が部屋で勉強をしているといつものようにミシェルがやってきた。
「よう、アル。結婚しようぜ」
軽い調子で求婚してくるミシェルを半眼で見る。
「お前はそろそろサミュエルに連絡してやったらどうなんだ?」
「だめだだめだ。そんなことしたらあいつは俺に当主を押し付けて来るだろ」
「元々お前が押し付けたようなもんだろうが。このままじゃあいつが不憫だから俺が手紙でも書いてやるかな」
「そんな手紙は残らず俺が燃やし尽くしてやる」
ミシェルが手のひらに蒼い炎を灯す。
戦場では頼もしいミシェルも、平和な世では根っからの社会不適合者だった。どうやって稼いでいるのかは知らんが、彼女が帝都の酒場に昼間から入り浸り、ごろつきと喧嘩ばかりしているのは有名な話だった。噂では違法な薬物にも手を出している上に、性病で、乱暴されたと訴える女性も多い。
しかし、決定的な証拠は残さない。クリスタも手を焼くほどの悪党だ。
「そんなことよりも、いい加減俺の嫁になれよ。ミシェル」
「断る」
俺は不思議とそんなミシェルを嫌いになれなかったが、彼女に求婚されるたびに思い浮かぶのはアヤノの顔だった。
「アヤノのことが忘れられないか? 放っとけよ。お前を放ったらかしにしてる薄情な女なんて」
ミシェルに押し倒される。
「おい、やめろ。性病が伝染る!」
「俺は性病じゃない!」
「うそつくな。みんな言ってるぞ」
「なら、力づくでわからせてやる」
「くっ……」
今度ばかりは本気らしい。押さえつけてくるミシェルの腕を全く振りほどけない。
万事休すか。そう思った時だった。
「こらー!」
その声が聞こえたのは、部屋の隅、エリスのがらくたが積み上げられている一角だった。
「アヤノ……?」
「なにっ」
「どけっ」
俺はミシェルを蹴り飛ばし、がらくたを漁る。
すると、その中の一つ――鏡のようながらくたに、アヤノが映っていた。
「アヤノ!」
「久しぶり、アル」
鏡に映ったアヤノはあいも変わらずみょうちきりんな恰好と気の抜けた表情をしていて、それを見て俺は安心する。
「久しぶりにテレビ電話が繋がったと思ったら、アルが貞操のピンチなんだもん。びっくりしたよ」
「お前のおかげで助かった。危うく性病を伝染されるところだったからな」
「だから俺は性病じゃない!」
後ろからミシェルも顔を覗かせる。
「ミシェル、生きていたのはよかったけど私のアルに手を出したら承知しないから!」
「つってもお前はこっちの世界には来れないんだろ? 同じ世界にいる俺が嫁に貰う他ないだろ」
「それはおかしいだろ」
やはりミシェルは危険な薬物をやっている。
「それとも何か? アルは独り者として暮らせというのか?」
ミシェルは挑発するようにアヤノを見据える。
「むむむ……」
鏡の向こうでは、アヤノが唸っている。
「そういうことで、アルは俺が貰うぜ」
「絶対にダメ!」
「なぜだ? 別にお前のものではないだろう?」
「だって、だってアルは……私のお嫁さんになるんだから!」
「違う世界にいるのに、それは無理な話だろう?」
ミシェルは悪童のような笑みを浮かべ、俺の肩に腕を回す。
「わかんないけど、そうなの! でしょ、アル!」
それは、一瞬の判断だった。ミシェルの魔の手から逃れるため、反射的に頷く。
「ああ、お前の嫁になろう」
次の瞬間、部屋が光に包まれる。
「……え」
そして、アヤノは戻ってきた。
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