太陽と月

 祝宴の後、一回は寝床に入ったがどうにも寝付けず、ベランダへ出る。

「アル、寝れないの?」

 ベランダで涼んでいると、アヤノがやってくる。

「ああ、少しな」

 色々ありすぎて、心の整理がつかない。

「色々あったもんねえ」

 彼女も同じ気持ちのようだった。

「まさか魔王どころか女神まで出て来るとはな」

 城下町を眺めながら言う。

「うんうん、びっくりしたよ。まあ、これがまたとんでもない性悪女神様だったんだけど」

「やめとけ、また祟られたらかなわん」

 あの様子だと、すぐムキになって現れそうだ。

「あはは、でも、確かにアルは女神様も嫉妬するほど綺麗だよね」

「世辞はいい」

「お世辞じゃないんだけど……私は異国の剣士、エリスはエルフの賢者、ミルカは怪腕の獣戦士」

「なんの話だ?」

「私たち、皆にそう呼ばれているらしいよ」

「ほう」

 俺はなんて呼ばれているのだろうか。まあ、男女とかそんなところだろう。

「白銀の月女神」

「は?」

「アルはそう呼ばれているんだよ」

「大仰な呼び名だな」

「そう? 私はアルと月ってすごくイメージがぴったりなんだけどなぁ。控え目で、ミステリアスで、でもちゃんと輝いていて、みんなから愛される。そんなところが」

「はっ……」

 思わず笑いをこぼすと、アヤノは膨れ面になる。

「あ、鼻で笑った。本気にしてないでしょ?」

「いや、今更お前の言葉を疑うつもりはないよ」

 アヤノに褒められると、素直に嬉しい自分がいる。

「ただ……」

「ただ?」

「月が輝くのは、太陽があればこそだ」

 気付いたら、そんな言葉を紡いでいた。

「?」

「わからなければいい」

 肝心なところで鈍い女だ。ただ、恥ずかしい台詞を悟られなくてよかったと安堵する。

「ちゃんと教えてよー」

「嫌だ――って、おい……」

 思わずうろたえる。アヤノを見ると、その身体が透けていたのだ。

「うん。もう私はこの世界にいれないみたい。魔王を倒すっていう契約は履行されたから」

「――」

 言葉を失う。本心を言えば行ってほしくないに決まっている。ただ、彼女にも自分の故郷がある。

「よかったじゃないか。これで故郷に戻れるんだろ?」

 ようやっとそんな言葉を絞り出す。

「うん……」

 アヤノは眉を八の字にしてほほ笑む。

「でもね、私はもう少し、アルと一緒に居たかったよ」

 その一言で、俺の中の何かが決壊した。

「行くな。アヤノ、ずっと一緒に居てくれ! お前のいない世界など――」

 彼女に差し伸べた手は空を切る。世界は既に彼女の存在を認めていない。

「ごめんね、一緒にいれなくて。アルと一緒に平和な世界を見たかったなあ」

「そんな……ことを」

「初めてだね」

「え?」

 アヤノに言われ、頬に何かがつたっていることに気付く。

「アルが泣いているの。ごめんね。アルはどんな時でも涙を見せなかったのに。私がアルを悲しませちゃってる」

 アヤノもまた、涙を流していた。

「でも、アルなら大丈夫。きっと、幸せになれるから……」

「アヤノっ!」

 アヤノが光の粒となって消えていく。それをかき集めるが、全て掌からこぼれていく。

 それは、俺にはどうすることもできない、強大な世界の理――

「うわああああああっ!」

 太陽を失った月は、一体どう生きていけばいいのだろうか。

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