くたばれ、ヴィーナス

 そして、山脈を越えヒルスキアへ入り、帝都に到着する。

「姉様!」

 帝都からの歓迎は、皇帝の抱擁だった。

「魔族軍が撤退したのは、姉様たちのおかげだろう?」

「ああ、正確にはアヤノのおかげだ。魔王は生きているが、どうやら同盟に加わってくれるらしい」

「流石姉様!」

「こほん」

 咳ばらいをしながらやってきたのはクリスタだった。

「陛下、ここでは民の目もありますから。威厳を保ってください」

「うむ……勇者一行よ、大義である。城には賓客も招いておるから来てくれ」

「ああ、わかった」

 どうにもぎこちないヘルミナに苦笑いがこぼれるが彼女に従い城へ入る。

「皆さん、ありがとうございます。領民を代表してお礼を言わせてくださいまし」

「ありがとう、本当に……」

 城へ入って真っ先に出迎えてくれたのは強面の男と爺さんを従えたレオノーラ、それに、涙ぐむメイヴィスだった。

「メイヴィスおばさん! 来てくれたんだね」

 ミルカが尻尾を振る。

「ええ、落ち着いたらいつでも屋敷にいらっしゃい」

「レオノーラ、その人は……?」

「ヴォイテクにエルンスト、わたくしのもっとも信用する家臣ですわ」

「へ、へぇ……なんか私ガン飛ばされてる?」

「このヴォイテク、一生の不覚。まさかこんな小娘に魔王討伐の先を越されるとは!」

「くっそ、魔族は撤退するし、暴れ足りないぜ!」

「すみません。彼らは少し戦闘狂なんですの。おほほ」

「そ、そう……」

 しかし、一番怖いのはその戦闘狂を一睨みしただけで黙らせてしまったレオノーラだろう。

 俺たちは庭園へ進む。

 そこには豪華な食事が並んでいた。

「うまっ! この肉うめえ! あ、アル、お前のおかげでうまい飯にありつけたわ。ありがとな」

「むしゃむしゃ」

 そこで食事にありついていたのは、アレンとエイミーだった。

「食いすぎて腹を壊すなよ」

「はは、俺がそんな間抜けするわけな……う」

 言っている傍から、アレンは腹を抑える。

「は、腹が……うぷっ、動けん。エイミー、便所まで肩を貸してくれ」

「むしゃむしゃ」

 アレンが助けを求めるも、エイミーは目の前の肉を頬張るのに集中していた。

「あ、アル……」

 こちらに視線を向けてくる。俺は首を横に振ると、サミュエルのいる卓へ向かうのだった。

「はくじょうものー!」

 後ろから何か聞こえたが、情けをかける理由は特にないので俺にかけられた言葉ではないと判断する。

「アル殿、それに皆さん!」

「ようサミュエル、元気にしていたか?」

「ええ、まあまあです」

 そう言うものの、歯切れの悪いサミュエル。

「ところで、ミシェルはどうした?」

「魔族との戦いで……」

「そんな……」

 アヤノが口を押さえる。

 辺りを気まずい沈黙が包む。

「でもきっとこれでいいんです。姉さんは笑って死にましたから。本人も満足していることでしょう」

「……そうか」

 なんともミシェルらしい。あいつなら地獄でも幅を利かせていそうだ。

「みなの者!」

 ふと、ヘルミナの声が聞こえる。

「長き戦いの末、この地に平穏が戻ったこれもひとえに連合に参加してくれた諸侯の皆々のおかげだ。この祝宴は余からのささやかな礼だ。どうか楽しんでいってくれ!」

 ヘルミナの言葉に歓声がわく。

「そして、この戦いの裏で踏ん張ってくれた者たちがいる。紹介しよう。勇者一行だ!」

 ヘルミナの合図で、俺たちは皆の前に出される。

「アヤノ、ミルカ、エリス、アル、この四人の勇者は互いを助け合い、時には国家の危機も救いながら旅を続け、ついには魔王との和解も叶えた」

「うおおおおおお!」

 声援に圧倒される。

 群衆の前から一人の女性が進み出る。

 均整の取れた身体に、彫刻のように整った顔、美の化身といっても過言ではないほどの美女だった。

「勇者様……」

 彼女はアヤノの手を握る。

「わ、わわわわわわたす⁉」

 急展開とも言える美女の登場に、アヤノは動揺する。

「あなた様の勇姿、私も拝見したかったです」

「そ、そう? まあそれほどでもあるかな。でへへ」

「勇者様、私、勇者様のお側に仕えたいですわ」

 美女はうるんだ瞳でアヤノを見る。

「そ、側に仕えるって……」

「はい。結婚してください」

「ヒイイイイいいいい!」

 それはどういう感情なのだろうか。

「私は勇者様に尽くしたいのです」

「な、なるほどなるほど……」

 ふと、アヤノと目が合う。

「うーん、嬉しいけどやっぱり結婚はできない! 私には心に決めた人がいるから」

「それは、まさか……」

 美女が俺の方を見る。その瞳には憎悪すら宿っていた。

「うん。私はアルが好きなんだ!」

 再び観衆が沸く。しかし、目の前の美女だけは冷たい怒りを放っていた。

「またしても、私の邪魔をするのね!」

 美女が弓を構える。その矢は俺の心臓に向けられていた。

「!」

「かわいそうだと思って転生させてあげたけど、失敗だったわ。世界で最も美しいのは私よ、この、美の女神よ!」

「美の女神って、もしかしてヴィーナス?」

 アヤノが狼狽した声を出す。

「ええ、あなたもバカなことをしたわね。私と結ばれていれば栄光が約束されたでしょうに」

 女神はアヤノを睨みつける。

 しかし、アヤノも女神を睨み返す。

「あなたは確かに綺麗。でも、人には好みがあるから。私はアルの方が好き。そんなものはあなたには決められない。私は、私の隣にいつもいて、私のことを理解してくれるアルが好きなの!」

「くぅっ、せっかく男にまで生まれ変わらせたのに。あんたなんか男娼として生を終えればよかったのに!」

「ほう、じゃあ俺をこんな風にしたのはお前なのか」

 俺をこんないびつな存在にした元凶。俺の苦悩の根源がここにいる。ならばかける言葉は一つだった。

「くたばれ、バカ女」

「言ったわね!」

 女神が弓を引く、しかし、落雷が彼女を打ちそれを阻む。

「くっ、ゼウス……」

 雷に打たれたというのに、傷付いた様子はない。しかし、彼女は焦ったように消えていった。

「なんだったのだ……?」

 ヘルミナが困惑したように言う。

「さぁな、どうでもいいさ。神などに関わってもろくなことはない」

 一言文句が言えればどうでもいい。俺はもう、自分の運命を呪ってなどいないのだから。

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