魔王

 雑兵を蹴散らして、玉座の間まで進む。

 最奥の扉を開けると、二人の魔族が待ち構えていた。

 一人は、金の玉座に腰掛けた赤髪の美青年。いきなり入ってきた俺たちを見てもその表情が変わることはなかった。

 そして、もう一人は玉座に侍る美女、金の髪に碧い瞳、露出の多いドレスは彼女の豊満な肉体をこれ以上ないほどに主張していた。

「来たか……」

 男が呟く。

「あまり驚いていないのね」

「貴様のようなものが現れるという予言は受けていたからな」

「ふーん、それで、その予言ではあんたと私どっちが勝つって? もちろん私よね?」

「知らぬ」

「へ?」

 アヤノはぽかんとする。

「全てを言い終わらぬうちに予言者の頸を落としてやったからな。運命とは、誰かが決めるものではなく、自分で切り開くものだ」

「でもあんたは色んな人の運命を終わらせてきたでしょ」

「それはその者の力がなかったまでだ」

「そういう考え方、あんま好きじゃないかな。力っていうのは守るためにつけるものでしょ。じゃないと勝ち残っても虚しいだけだよ」

「守る、とは最も困難なことだ。その過程で他者を傷付ける覚悟さえも求められる。貴様は違うというのか?」

「それは……」

 アヤノが黙り込む。

「違うな」

 気付けば、俺は口を開いていた。

「こいつに人を傷付ける覚悟などない。だから人を傷つけるたびに自分も傷付く。だから成長できる。それを余計な感情と切り捨てているお前とはまるで違う」

 それがアヤノと魔王の違い、アヤノと俺の違いだった。

「それで何が成せる。余が望むのは世界だ。貴様らとは志が違う」

「あんたに世界を奪われるわけにはいかない。絶対に止めてみせる」

「いいだろう。こい。異世界の剣士よ」

「はぁっ」

 アヤノは魔王に肉薄する。しかし、魔王が手をかざすとアヤノは見えない何かに弾かれ吹き飛ぶ。

「きゃあっ!」

「アヤノ!」

 俺は魔王に飛び掛かるが、傍に控えていた女に阻まれる。

「あなたの相手はあたしよ。ムカつくのよね。あたしより美しい女がいるのって」

「ハッ、大昔に似たようなことを言われたような気がするよ。お前なんかよりよっぽど綺麗な女になっ」

 記憶には全くない。だが、そんな気がしたのだ。

「そんなはずないわ。あなたを殺せばきっとあたしが世界一美しい」

「見ている世界が狭すぎるな。お前も魔王も」

「魔王様の悪口は許せないわっ」

 女は服の中に隠していた短剣を取り出すと俊敏な動きでこちらを斬りつけてくる。

「なかなかどうして、やるじゃないか!」

「あたしくらい美しいと、色々身を守らなきゃいけないの!」

 彼女の短剣を自らの短剣で受け止める。

「魔王になど尽くしても捨てられるだけだぞ!」

「そんなことない! 泥の中でもがいていたあたしを救ってくれたのが魔王様だった」

 鋭い斬撃の応酬。お互いの皮膚が裂けるのなど気にしてはいられなかった。

「魔王様はこれ以上ない大志を持っているの! 魔族の千年王国――その志をあなたたちなんかに邪魔はさせない!」

「この地に住まうのは魔族だけじゃない! 他種族を排斥しても残るのは遺恨だけだ!」

「排斥なんて、ずっと前から他種族があたしたちにやってきたことじゃない! 魔族がやり返して悪い道理はないわ!」

「志の低い者たちを真似るつもりか!」

 彼女の短剣を弾き飛ばす。

「終わりだ」

「アル!」

「アヤノお姉ちゃん!」

 エリスとミルカも戦いが終わったのか、玉座の間に入ってくる。

 見ると、アヤノと魔王の戦いにも決着がついていた。

「もはや、これまで」

 魔王が何かの薬を飲もうとしたが、それをアヤノが止める。

「あんたにも志があるのなら、最後まで生きなさい」

「余の志……」

「そう、それを果たすまで生きなさい」

「余は、魔族の千年王国をこの地に築くのが望みだった。だが、こうして敗れた以上もはやその望みは叶わん」

「そんなことはないわ」

「なに?」

「私たちは別に魔族を滅ぼしたくて来たわけじゃないから。ただ、戦争をやめるようにってお願いしにきただけ。これまでと同じようにね」

「ちょっ、んー!」

「まあまあ、エリスちゃん」

 エリスが何か口を挟もうとしたが、それをミルカが抑える。

「戦いをやめても魔族への偏見は終わらない。これは他種族を滅ぼすか我々が滅ぶかの戦いなのだ」

「そうかなぁ、偏見なんかない人もいっぱいいると思うけど」

「だが、そんなものは少数だ」

「少数でも、少しずつ増やしていけばいいじゃない」

「それでは、いつまで時間がかかるかわかったものではない」

「私、異世界から来たんだけど」

「そんなものは予言者から聞いて知っている。だったらなんだというのだ」

「憎しみから生まれた戦争は何千年も続くよ。あなたが無茶をしたら今日勝ててもその子孫が苦しむかもしれないよ。教科書にも書いてあった」

「……」

「私たちも手伝うからさ、あなたもみんなに心を開いてよ」

「ふん、どの道余は敗者だ。従うより他ないだろうよ」

「ありがとう!」

 先ほどまで戦っていた相手が自分の手を握りぶんぶんと振っているのを見て、魔王は目を丸くしている。

「なんなんだ、貴様は……」

「しかし、それでは信用できません。せめて別の魔王をこちらで据えた方がいいです」

 ミルカの拘束を抜け、エリスが喋り始める。

「魔王よ、なぜお前はわざわざ険しい山脈を越えての決戦を選んだ? お前ならもっと被害の少ない手段を思いついただろう」

 俺はエリスを無視して魔王に問いかける。

「戦争が長引くと経済が滞るからだ。兵の損失は確かに痛手だが民を疲弊させるのは最も避けなくてはならない。兵力で劣っているならまだしも勝っている今、策をこねくり回す必要はないと思ったまでだ」

「俺は、利に聡いこいつが魔王のままでいる方がいいと思うが。かえって信用できる」

「むむむ……」

 エリスが唸る。

「はい、決定! また同盟国が一つ増えたね!」

 アヤノがぱんと手を鳴らして言う。

「まるで子供の思い付きだな」

 魔王が呆れたように言う。

「じゃあ細かいことは大人が考えてよ。あ、兵は早く撤退させてね」

 俺たちは呆然とする魔王を背に、魔族帝国を出る。

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