負けられない戦い
魔王城――その城門の前に立ちふさがったのはそれ自体が要塞ほどの大きさを持つゴーレムだった。よく見れば、その肩口に白衣を着た小柄な魔族が乗っている。
その小柄な魔族は、甲高い声で俺たちを挑発する。
「よくここまで来たな。だがお前らの快進撃もここまでだ。僕は魔軍二十八将の一人、タミドールだ。僕が作ったこのゴーレムは山をも吹き飛ばす!」
「自然の摂理に逆らった邪法ですか……」
エリスが唇を噛む。
ゴーレムの上に乗った魔族は、エリスの方を見ると冷ややかに笑う。
「おや、人間の一行と聞いていたがエルフもいたとは」
「いけませんか?」
「いけませんねぇ。僕は人間の技術に対しては一定の尊敬を持っているが、エルフなどというものは保守的なだけの、取り残された種族じゃないか。できれば相手にもしたくないのだけれどね」
「なるほど、あなたとは気が合いそうですね」
「は?」
「三人とも、ここは私一人に任せてください」
「だが、お前は……」
一騎打ち向きではないだろ。と言いかけた口を指でふさがれる。
「私にも意地があります。エルフの誇りも、錬金術師としての矜持も」
そう言うと、エリスの周囲に魔法陣が出現する。
「なにをするつもりだ? まあいい、やれ」
タミドールの指示を受けたゴーレムがエリスに殴りかかる。
「そこ!」
エリスが合図を出すと、驚くことにゴーレムは土くれに還った。
「な、なに⁉」
「大きいだけの泥人形など、誰にでも作れますよ。とても分かりやすい魔術構造だったので助かりました」
「なんだと……!」
「取り残された種族にも容易く崩される程度の技術だったということですよ」
「ふん、言うな。だがこれならどうだ!」
タミドールが魔法陣を展開すると、土でできた無数の剣が中空に出現する。
それらは束を成してエリスに襲い掛かる。しかし、彼女は冷静だった。
「水よ、生命の始原よ、私に力を貸しなさい!」
エリスの魔法陣から、彼女を覆うように水が噴き出る。
土の剣は水の壁に阻まれ、地面に落ちていく。
「くっ……」
「もう手は尽きましたか?」
「まさか、我が魔術の神髄、見せてやろう!」
タミドールの魔法陣から凄まじい光が放たれる。
「アヤノ、ミルカ、アル。先に行ってください」
エリスが魔法陣を展開しながら言う。
「で、でも――」
「ここで時間を食っている余裕はありません。あとから必ず追いつきますから」
アヤノの言葉を、エリスは遮る。
「……わかった。絶対だよ!」
俺たちはエリスを置いて魔王城の中に入る。
背後から轟音が聞こえてきたが、俺たちは振り向かずに走り続けた。
次いで現れたのは、以前ジェフザにも現れた黒ローブの男だった。
「やはり来たか、異世界の剣士よ」
「で、あんたはなんなの? また魔軍なんちゃらって言う一味なの?」
アヤノがうんざりしたようにたずねる。
「ああ、俺は魔軍二十八将の筆頭、イプルゴスだ」
「あっそ……」
「ほう、この前は気付かなかったが、ウェアウルフもいるのだな」
イプルゴスはフードの奥から鋭い眼光でミルカを見据える。
「うん、アヤノお姉ちゃんと一緒に旅をしているんだ」
「ウェアウルフと言えば、あのバカな男を思い出す」
「バカな男って?」
「メイオベルの双璧と謳われた、ジョンとかいう将軍だ。憎しみにとらわれた奴を唆すのは実に簡単だった。おかげでメイオベルは衰退し、今や最も与しやすい国と化した」
「じゃあ、ジョンおじさんにあの薬を渡したのは……」
「ああ、俺だ。あの薬は実に面白い、獣人にのみ効果を発揮するのだからな。いや、あれが獣人の本性なのかも――」
イプルゴスの言葉が途切れる。ミルカの斧が彼を真っ二つに切り裂いたのだ。
「え、おわり?」
アヤノが困惑したような声を出す。
「いや……」
蒼い血を噴き出して倒れたイプルゴスが一つの身体に戻り、起き上がる。
「やれやれ、本当に乱暴な種族だ」
起き上がったイプルゴスからはそのフードが外れ、素顔が露わになる。
奴が着ている魔術師風のローブからは想像できない、太い眉にがっちりした顎、大きな目が特徴的だった。そして、頭からは犬の耳が生えていた。
「なぜウェアウルフがここに……?」
そう、その風貌はまさしく獣人のそれだった。更に、彼の纏う雰囲気はどこかミルカやジョンにも通ずるものがあった。
「パパ……?」
呆然とミルカが呟く。
「久しぶりだな。ミルカ」
「え、うそでしょ。あの人がウォードさん……?」
アヤノは信じられないといった面持ちだ。
「ミルカよ、俺と共に来い」
ウォードが手を差し伸べる。
「パパ……」
「お前の帰る場所は、ここにある。獣人族のことなど忘れて、俺と共に栄光を掴もうじゃないか」
ミルカはその手を――
「パパはそんなことを言わない!」
斬り落とした。
「獣人族は確かに乱暴な人が多いよ。勝手な人も。でも、同族がどうでもいいなんて人は一人もいない! 王さまも、ジョンおじさんも、フェリペさんも、みんな仲間のことを考えてた!」
ミルカの叫びはただの願望かもしれない。だが、その声には力がこもっていた。
「やれやれ、バカな娘だ……」
ウォード――否、イプルゴスは自らの手を拾い、元の場所にくっつける。
「グッ……アァ……!」
イプルゴスの形が変わっていく。勇猛な獣人の皮は溶けてなくなり、二等身の醜悪な化け物が現れる。
「それがあんたの本性ってわけ?」
アヤノは嫌悪に顔をしかめる。
「グッグッグ……サァ、クチクシテヤロウ」
くぐもった声を出し、全身にある千の目でこちらを睨みつけてくるイプルゴス。
「アヤノお姉ちゃん、アルお姉ちゃん。ここは私に任せて、先に行って」
「……強いよ。こいつ」
声を低くしてアヤノが言う。
「大丈夫、強いくらいで許せる気がしないから」
そう言うミルカの笑いには、凄味のようなものが感じられた。
「……頼んだぞ。ミルカ」
「うんっ」
俺とアヤノは更に奥へ進んだ。
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