狂戦士たちの挽歌(ジェフザ編)
眼前に広がるのは赤い悪魔の群れ、各々の相棒に跨りジェフザから北上していく僕らの前に立ちはだかったのはやはりと言うべきか、想像通りの人物だった。炎の翼で白い肌と金の髪を照らす、天使のような悪魔騎士――
「そんなに急がなくてもよろしいでしょう。竜騎傭兵団の皆さん」
「ビリアム……!」
そう、姉さんの仇敵で、ジェフザの民にとっても因縁の相手だった。彼は吐き捨てるように言う。
「あのアヤノとかいう小娘に借りを返したかったのですが、これが戦略上有効な配置ということで。全く、くだらない」
「ならその戦略に感謝しなきゃならないな。俺はお前に借りがある」
姉さんが前に出る。
「お前に一騎打ちを申し込む」
「姉さん!」
その申し出は僕には承服しがたいものがあった。姉さんは僕らの旗印で、姉さんにもしものことがあればならず者揃いの竜騎傭兵団は容易く壊滅してしまうだろう。
しかし、元来血の気の多い彼らは後先など考えずに盛り上がる。これでは一騎打ちが成立してしまう。
「すまんな、サミュエル」
「姉さん、どうして……」
「世の中には、どうしようもない悪党がいるもんさ。好きになった女は何が何でもモノにしたいし気に食わないやつはぶっ殺さなきゃ気が済まない。そんな悪党が」
「それが姉さんだっていうの?」
「ああ」
「そんなことは……」
「俺は、昔から怪童だのなんだの言われて何にも不自由しなかった。腐れ悪魔やアヤノに負けた程度で今更ねじ曲がった性根は変わらん。俺は一生俺のままだ。そうして俺は納得して死ぬ」
姉さんの言葉はめちゃくちゃだったが、どこか腑に落ちるものがあって、魔族に従属していたころの姉さんは翼をもがれた鳥のようで見ていられなかったのも事実で――僕はただ俯くことしかできなかった。
「俺は首領としても姉としても失格だ。だがお前は違う。俺に何かがあればお前が首領となってジェフザを導け」
それだけ言い、姉さんはビリアムに向き直る。
「待たせたな。決着をつけようじゃないか。ビリアム」
「決着? 私の記憶違いでないならあなたには勝ったはずですが」
「ハッ、俺はこうしてピンピンしているぞ。どちらかが死ぬまでが戦いだろうが」
「あなたのそういう剛毅な部分が好きだったのですがね。人間なのが惜しいほどに。魔族や獣人として生まれ落ちていればひとかどの戦士になれていたでしょうな」
「御託はいい。俺らの存在価値はこれだけだろう?」
「違いない」
姉さんが騎乗戦用の槍を構えると、ビリアムも炎の剣を構える。
「いくぞ――」
姉さんは飛竜を駆って突進していく。ビリアムが構える蒼い炎の剣は鞭のように伸び、姉さんを襲うが姉さんは飛竜と一体になったかのような動きでそれを避けていく。これが姉さんの神髄だった。
やがて二人の間合いは槍が届くまでになり、姉さんは目にもとまらぬ早業で槍を突き出していく。
「はぁっ!」
一撃一撃が必殺になるほど磨かれた情け容赦のない刺突の嵐。しかしビリアムはそれを難なく避けていく。
「いい! やはりいいですねあなたは!」
「ほざけ‼」
横薙ぎの一閃をビリアムは後退して避ける。
これを見た姉さんはすぐさま追撃に移るが、ビリアムは既に迎え撃つ体勢になっていた。彼は特大の火球を姉さんに向けて放つ。
それは避けられる距離と大きさではなかった。蒼く輝く恒星は大気すらも燃やし尽くす。しかし姉さんは冷静だった。彼女はその槍で火球を切り裂いたのだ。
真っ二つになり火山の噴火口に墜ちていく火球を見て、ビリアムは感嘆の声をあげる。
「流石ですね。あれからまた強くなったようだ」
「ああ、すぐにそのにやけ面をぐちゃぐちゃにしてやるよっ!」
姉さんが突きを繰り出す、それはビリアムの肩口を貫通する。しかし彼はそんなことを意に介した様子もなくお返しとばかりに炎の剣で斬りつける。
獄炎に巻き込まれた飛竜の悲鳴があがる。しかし姉さんの方はと言えば身体中に火傷を負いながらも笑みを浮かべていた。
ビリアムも同様で、肩口から蒼い血を流しながらもくっくと笑っている。
「ああ、楽しい。楽しいなあ! 今の主になってからこんなに楽しかったことはありませんよ」
「ふん、じゃあなぜお前は魔王についているんだ?」
「確かに主の策を好む気質は魔族として好ましいとは言えません。しかし、彼が一番強いのも事実。私にも一族の長として世を渡っていく責任があります。だが、今はそんなことは関係ない。考えたくもありませんね。ただ、強敵との闘いを楽しみたい」
「なんだお前、何考えているかわからないスカし野郎だと思ったら、俺と一緒か。生まれる時代や場所が違ったら友になれていたかもな」
「同類だからこそ、生まれ変わっても我々は反発しあうでしょうね。私はその方がいい。あなたとは共に平原を駆けるよりも業炎の中で切り結んだ方が楽しい!」
狂喜に顔を染めて斬りかかるビリアム。姉さんが飛竜の頭を撫でると、彼は最後の力を振り絞るように翼をはためかせる。音にも等しい速さで飛ぶ飛竜の背の上に、姉さんは立っていた。
「いったい何を……まあいい、終わりです!」
ビリアムは剣を振りかぶる、姉さんは飛竜の背を離れ大きく跳躍すると、ビリアムの上から彼の胸目掛けて真っすぐに槍を突き出した。
「な――」
予想外の行動に、ビリアムは一瞬対応が遅れるもののすぐさま姉さんを斬りつける。
しかし、その程度で槍の勢いは止まらなかった。鋼の刃はビリアムの皮膚を貫き、筋肉をかきわけ、心臓の機能を止めるため猛進していく。
「がああああ!」
咆哮をあげ、火山口に墜ちてゆくビリアム、しかし、それは飛竜を離れた姉さんも一緒だった。
「あとは頼んだぞ。サミュエル……」
「姉さん!」
時間の流れが遅くなったようだった。僕を含めた竜騎傭兵団の誰もが彼もが姉さんを助けようと飛竜を飛ばす。しかし、間に合う者はいない。ただ、姉さんの相棒は主を助けるべく懸命に火の粉散る空を駆ける。やがて彼女の目の前までいくが、無情にも噴火口から火柱があがり、それは姉さんを吞み込んでしまう。
主を失った飛竜は悲しげな声で謳うと、大空に消えていった。
「姐御が……嘘だろ」
「どうすりゃいいんだ!」
まさか姉さんが負けるとは思っていなかったのか、傭兵団の中で動揺が広がる。
対する魔族軍は既に体勢を立て直しつつあった。あらかじめビリアムが倒れた際の指揮系統を決めていたのだろう。
姉さんは最後まで厳しい。僕にこんな試練を残していくなんて。
「うろたえるな! 姉さんは一個の戦士として立派に死んだぞ! お前たちは違うのか? 敗残兵として無様に追い散らされるのが望みか? そうして、やっと手に入れた居場所を手離すのか? 僕は諦めない! 最後の一人になってもジェフザを守り抜く!」
『弱虫サミュエル』にこんなことを言われるとは思わなかったのだろう。彼らは面食らった顔をしていたが、やがて凶暴な獣の顔に戻っていく。
「サミュエル坊やにそんなことを言われるなんてね」
「お前が新しい頭だ。俺たちはどうすりゃいい?」
彼らは僕に指示を仰いでくる。できるのだろうか? いや、やるしかない。
「陣形を変えろ! 数と機動力の利を活かして包囲殲滅する。これは姉さんの弔い合戦だ。かかれ!」
横に大きく広がった陣は、さながら翼を広げた竜のようだった。僕らはその翼で悪魔たちを包み込むように襲い掛かる。これに対し、悪魔たちも炎を纏わせ応戦するが、竜騎兵たちの機動力に翻弄され徐々に数を減らしていく。
これに勝てば、平和な世の中がやってくる。魔族の脅威に苦しむことなく、デマリアと手を取って生きていける。でも、そこに姉さんはいなくて――
「死ねい!」
前を見ると、炎を纏った悪魔が剣を振り上げていた。
「しまっ……」
戦場で違うことを考えていた罰か。僕は覚悟を決める。
「くっ、なんだこいつ!」
しかし、それが振り下ろされることはなかった。戦場に舞い戻ってきた姉さんの相棒がその悪魔に襲い掛かったのだ。
僕にはこれが姉さんの叱咤に思えてならなかった。そうだ、僕の両肩にはジェフザが重くのしかかっている。こんなところで後ろを向いていられない。悪魔を斬り捨て、先陣を駆ける。
「僕はミシェルの遺志を継ぐ者にして、ジェフザの長、サミュエル・ベルトラン! 命が惜しくない奴はかかってこい!」
僕の声に、味方の傭兵団、それに敵の悪魔からも狂喜の声があがる。僕はこんな戦闘狂ではないけれど、不思議と悪くない気分だった。
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