俺たちの戦い方(メイオベル編)

「すっげえ……」

 千を超える悪魔の軍勢を前にして思わず声が出る。

「感心している場合じゃないよ。アレン」

 エイミーは珍しく緊張した面持ちだ。

「わかってるって、あんな奴ら相手に気を抜くわけにはいかないよな」

「ねえ、逃げちゃわない?」

「思ってもいないことを言うなよ」

 俺もエイミーもこの国が嫌いだった。俺たちはこの国の最下層で生まれ、迫害されてきたから。こんな国のために命を懸ける必要はない。

 でも俺は知ってしまった。どんなに裏切られても前を向ける奴を。アル、ミルカ、それに今も必死で彼女たちが帰る場所を守っているメイヴィス……ここで逃げたらあいつらに一生顔向けできない。

「まあ、メイヴィスさんにはいっぱいご飯もらったもんねぇ」

 エイミーは少し違う理由のようだが、やはり最初から逃げるつもりなどなかったようだ。鉄爪を構え、目の前の軍勢を睨みつけている。

「アレン、エイミー!」

 仲間たちがこちらに駆けてくる。皆同じ環境で育った同志だ。

「やっぱり、援軍が到着するまではもう少し時間がかかりそうだ。正門の方はかなり苦戦しているらしい」

「そうか……」

 王都の裏門を守っている正規兵は百にも満たない。後は俺たちのような有象無象の民兵だ。

「決死の戦いだね……」

「それは違うぞ。エイミー」

「え?」

「全員生きて帰るんだ。仲間全員が揃ってなきゃ勝った意味もない。そうだろう?」

「うん……!」

 大人たちはこれを聞いたら失笑するだろう。現実はそんな甘くないと。でも、いいじゃないか。俺たちは子どもなんだから。

「グギャアアアアア!」

 耳を覆いたくなるような咆哮をあげ、魔族が突撃してくる。

 それに対し、こちらも迎撃する。

「はぁっ!」

 がむしゃらに剣を振るうたびに、青い血が飛び散る。

「俺は、絶対に生き残る!」

「あらぁん、可愛い子がいるわねえ」

 戦っている俺の前にぬっと大きな影が現れる。

「なんだこのおっさん⁉」

 それは、地下水路で出会った化け物よりも大きなおっさんだった。頭の大きな角と、ちょびひげが特徴的だった。

「おっさんとは失礼ね。アタシは魔軍二十八将の一人、ブリジットよ」

「絶対偽名だろ。おっさん」

「キー! 本当に失礼な子ね、家に連れ帰って調教しちゃおうかしら!」

 おっさんが巨大な槌を振るう。

「おっと」

 俺はそれを楽々と避ける。

「はっ、見た目通りのウスノロだな。おっさん」

「ぬわんですってぇ!」

「な……」

 おっさんの顔が憤怒に紅潮したと思ったら、急激に動きが速くなる。

「お仕置きよ!」

「くっ!」

 力任せに振るわれた矛を剣で受け止めるが、その衝撃で身体ごと吹き飛ばされる。

「アレンっ」

 こちらへ駆けつけたエイミーがおっさんに飛び掛かる。彼女の鉄爪はおっさんの岩のような皮膚を切り裂く。

「小娘ええええ!」

「きゃああ!」

 激高したおっさんの槌を前に、エイミーが倒れる。

「そんなに殺されたいなら、あんたから殺してあげる」

「エイミー!」

 全身の力を振り絞り、おっさんに肉薄する。エイミーへと伸ばされたその太い腕を斬り落とす。

「うっぎゃああああ!」

 おっさんの悲鳴が戦場に響き渡る。

「お前の相手は、この俺だ」

「ああ、残念だわ。こんなかわいい子を殺さなきゃいけないなんて……」

「その必要はないから安心しろ。死ぬのはお前だ」

「その増長、うち砕いてあげるっ」

 おっさんは片手でも楽々と槌を振るう。むしろ、先ほどより速度が上がった気さえした。

「ほらほら、どうしたの⁉」

「ちっ!」

 その剛撃は地割れを起こしていく。俺はそれを避けるので精いっぱいだった。

「らぁっ!」

 このままではらちが明かない、俺は打って出る。

「青いわね!」

 しかし、俺の剣はやすやすと受け止められ、弾き飛ばされてしまう。

「くそっ」

「覚悟はいい?」

 おっさんの顔が凶暴に歪められる。こうなった以上俺に取れる行動は一つだった。

「申し訳ありませんでした。ブリジットさま」

 俺はおっさんに跪く。

「あら……」

「これからはあなた様に尽くしていきますので、どうかご容赦を……」

「あら、あら、いいのよ。心を入れ替えたなら。これからたっぷり可愛がってあげるわ」

 おっさんは槌を投げ捨て、俺を愛おしそうに撫でる。

「ブリジットさま……」

「どうしたの?」

「後ろに気を付けた方がよろしいかと」

「え?」

 しかし、おっさんが振り返る間もなかった。

「作戦成功だね」

 背後から襲い掛かったエイミーの鉄爪がおっさんの巨躯を貫いていたのだ。

「な……アンタたち、汚いわよ!」

「俺は武人じゃないから、そんなもんは知らんな」

 俺は剣を手に取ると、おっさんの首を刎ねた。

「バカな、スファギ様が負けただと……」

 おっさんが死んだことで魔族軍の間に動揺が広がり、それに乗じて王国軍が押し返す。

「大丈夫?」

 エイミーが手を差し伸べてくる。

「ああ、綺麗な勝ちではないがな」

 俺はその手を取り立ち上がる。

「今日生き残れば明日もっと強くなれるよ」

「ああ、今までもそうやって生きてきた。だけど……」

 いつか、何者にも媚びない強者に手が届くまで、その日まで俺は生き残ってみせる。

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