猪巻き毛とそのお供(ヒルスキア編)

 帝国を魔族から守っていたもの、それは豊かな国力? 精強な兵? 勇猛な将軍たち? クリスタ様の智謀? 最新の兵器? 歴代皇帝の決断力? どれも正解ですが一番の要因かと聞かれればそれは違うと言わざるを得ませんわ。

 帝国からデマリアにかけて広がる山脈こそ、魔族を隔ててきた最大の障壁なのです。かくいうわたくしもクリスタ様の庵に辿り着くのに相当苦労しましたし。

 でも今、大量の魔族がその山を越えて帝国を脅かしています。彼らも本気ということなのでしょう。

「余の兵たちよ、ここが切所だ! 魔王何するものぞ、魔族の血でこの大地を染めてみせよ!」

 この戦は、陛下が自ら前線に赴いて下さっています。黒い馬に乗った陛下は以前お会いした時より大人びていて、とても勇ましくなっておいでです。

 そんな陛下のお姿に、わたくしの中にも勇ましい気持ちがわいてきます。この戦、きっと勝てる、と。

「レオノーラさん、調子はどうかしら?」

 クリスタ様がわたくしに話しかけてきます。彼女はこうして田舎領主のわたくしにも気を使ってくださいます。

「此度の戦い、レオノーラさんの部隊が鍵を握ることになるわ。負担をかけることになるけど、戦慣れしているあなたの力が必要なの。よろしくね」

「もちろんですわ!」

 こうして期待を寄せていただくのは、身に余る栄誉ですわ。わたくしはきっと任務を果たそうと固く胸に誓います。

「蹂躙せよ!」

 陛下の勇ましい声と共に帝国軍が突撃していきます。しかし、わたくしの仕事は別にあります。わたくしは別動隊を率いて魔王軍の側面に回り込みます。

 火を噴く戦車、土くれの人形、稲妻の矢を放つ弩……帝国の緑を犠牲にして生み出されたこれらの兵器を以てしても、帝国軍は押されているように見えます。

「お嬢様、ここからだと戦況が良く見えますな」

 そうわたくしに声をかけてきた老兵は、ヴォイテクといって、わたくしの守役です。90を越えてなお衰えぬその武勇は確かに立派ですが……

「爺や、あなたには領内の留守を任せたかったのですが……」

「何を言いますかお嬢様。このヴォイテク、老いても若い者たちには負けていられませぬ」

 今回のような長期の遠征では彼の体調が心配でなりません。

「爺さんは大人しくしていな。今回の一番手柄は俺が貰うぜ」

 この若武者はエルンストといって、我が領内でも一、二を争うほどの猛者です。

「ふん、貴様のような尻の青い小僧には負けんよ」

「だったら、どっちがより多く魔族の首を刈れるか勝負するか?」

「望むところじゃ」

「お二人とも、今回わたくしたちがやるべきなのは攪乱ですよ」

「攪乱でも、たくさんぶち殺した方が魔族の野郎共は混乱するんじゃないすかね」

「それはそうですが、間違っても敵に釣り出されて孤立しないでくださいまし」

「わかってますって、俺だってそんなバカじゃねえっすよ」

 怪しいですわ。アルさんの服装くらい怪しいですわ。

「なに、若い者の手綱はこのヴォイテクにお任せあれ」

「はぁ……」

 多分わたくしが抑えることになるのでしょう。思わずため息が出てしまいます。

 しかし、愚痴ばっかり言っていられません。わたくしは自ら先頭に立つと、兵を奮い立たせるべく檄を飛ばします。

「皆さん、この戦いこそ世に安寧を取り戻すための決戦ですわ! 家族のため、友のため、死力を尽くしなさい!」

 わたくしは馬に拍車をかけ、全速力のまま魔族の群れに突っ込みます。魔族たちは突然横っ面を殴られ驚いたようです。もちろん、相手の準備を待ってやる必要などありません。わたくしは魔族共を血祭にあげていきます。

 気が付けば敵がいなくなっています。わたくしたちは敵陣を切り裂くように駆け抜けてしまったのです。

「あら、通り過ぎてしまいましたわ」

「お嬢様、ご自重なされ。この老体にはすこし堪えましたぞ」

「ずるいっすよお嬢! もっと俺にもぶち殺させてください!」

 ヴォイテクやエルンストらも文句を言いながら後からついてきます。彼らはみな、魔族の血で全身が青に染まっていました。

「安心してくださいまし。まだまだいくらでも狩れるようですわ」

 敵陣に目を向けると、魔王軍の一部がこちらに向かってきていました。

 他の場所でも奇襲が始まったようで、その混乱は魔王軍全体に広がっていきます。

「余の心はみなと共にある。今こそ力を合わせ、敵を押し返すのだ!」

 押され気味だった本隊も元気を取り戻し、敵を殲滅していきます。

 ですが、まだまだ油断はできません。

「さあ、皆さん、もうひと働きしますわよ」

「このヴォイテク、どこまでもお嬢様と共に!」

「ヒャハハ! 狩り甲斐がありそうだぜ!」

 再び敵陣に向かい駆けていきます。この血道が平和に繋がると信じて――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る