檸檬の味?
大きな退廃地区という言葉の印象とは裏腹に、祝宴は豪華なものだった。
各地から取り寄せた珍味や酒が色とりどりに並べてあり、みな自由に料理を取っていく。
ふと、隣にミシェルがやってくる。
「すごいだろう。うちの祝宴は。各地から食材を取り寄せているんだ。ほれ、マンドラゴラを漬けた酒だ。これが美味くてな。お前も飲んでみろ」
彼女は俺のグラスに深緑色の液体を注ぐ。
「お前もサミュエルに負けず劣らず道楽者だな」
「あいつと一緒にされるのは心外だな。茶なんて道楽の極みだろう」
「酒はいいのか?」
「酒なら酔えるじゃないか」
……何か根本的に話が合わない気がする。俺は彼女に貰った酒を飲んでみる。
「どうだ?」
「苦いような、甘いような……」
薬草系の酒特有の表現しがたい味だった。
「ならこれはどうだ? サラマンダーの火袋だ」
「いや、結構だ」
慣れないものを食べて腹を壊すのは御免こうむりたい。俺はパンを手に取るとそれにかぶりつく。
「なんだ、つまらん奴め」
「つまらなくて結構」
しばしの間、無言の時が続く。しかしミシェルは去ることなくなぜかずっと俺の隣にいる。
「何か用か?」
「いや……」
また黙り込む。一体何だというのか。
「その、ジェフザを守ってくれたこと、感謝する」
「ジェフザを守ったのはお前たち自身だろう」
四人で軍勢を跳ね除けたわけではない。
「それでも、お前たちがいなければわからなかった」
「それならアヤノに言え。ビリアムを倒したのはあいつだ」
「あいつにはもう言ったさ……だが、お前も大して知らない俺たちのために命を張ってくれただろう?」
「危なくなったら逃げていたさ」
「そんなことはないだろう? お前は勇敢な男だ。色々酷いことを言ったのも詫びさせてほしい」
恥ずかしげもなくそんな事を言われて、自分の顔が熱くなるのがわかる。
「な、なにを言っているんだ急に」
「照れているのか?」
「そんな――」
「そんなわけないだろ」と言おうとしたが、それは途中で遮られる。俺の口が塞がれたのだ。ミシェルの唇によって。
しばらくの間、俺は彼女に唇を吸われていたがようやく満足したようで俺から離れる。
「いったい、何を……」
「確かに、お前の美貌の前では性別などは些細なものなのだろうな」
接吻により酸欠になっていたせいか、一瞬、その翠の瞳に吸い込まれそうになる。
「ちょっと、私のアルを口説かないで!」
幸い、と言っていいのか、アヤノによって俺たちは引き離される。
「いいじゃないか。少しくらい」
ミシェルが口を尖らせて抗議するも、アヤノは俺を抱き寄せながら彼女を睨みつける。
「駄目ったら駄目! あんたはなんかキケンな香りがする!」
騒ぎを聞きつけ、一人で食事をしていた俺の周りに続々と人が集まる。ジェフザ最後の夜は騒がしく更けていった。
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