最後の砦を守るため

 レイモンドの供養をした後、一同は再びサミュエルの部屋に集まっていた。

 しばしの間、きまずい沈黙がその場を支配していたが、やがてエリスが重い口を開く。

「……まずは情報を共有しましょう。私たちには時間がありません」

「彼はビリアム、あの通り、炎の魔族の一員にして、それを統べる部族長でもあります」

 サミュエルはビリアムについて説明していく。

「彼の言っていた明朝という言葉は信用できるのでしょうか? そう言いながら夜襲を仕掛けてくる可能性もあるのでは?」

「いえ、彼は正々堂々相手を倒して力を誇示したがる傾向にあるので、その心配はないでしょう」

 古き良き魔族といったところか。策を好まない彼らの気質は、長い歴史の中で魔族が覇権を取ったことのない最大の理由だろう。

「与する余地のある相手ということですか……」

 エリスが考え込む。

「いえ、彼の武勇は魔王軍の猛者たちの間でも恐れられていると言われています。実際……」

 サミュエルは途中まで言い、口を噤んでしまう。その言葉を継いだのはミシェルだった。

「実際、俺も奴に挑んで敗れた。完膚なきまでにな。その日から、俺は魔族に魂を売った」

「姉さん……」

「おそらく数の上では魔族軍よりも竜騎傭兵団の方が勝っているだろう。ビリアムの部族はそれほど数が多くない。だが、奴の武勇は一人で戦況を変えるほどのものだ」

「それほどですか……」

「ああ、ビリアムを止めなくては話にならない。そこで、俺は奴の足止めをしようと思う」

「え、でもミシェルさん、あなたは先ほど……」

「ああ、負けた。だが、やらなくてはならない」

 そう言うミシェルの表情は、覚悟に染まっていた。

 翌朝、ジェフザからほど近い荒野で、対峙する軍勢があった。

 片方は飛竜に乗った黒い鎧の剣士たちで、もう片方は炎を纏った悪魔の群れだ。

 剣士たちの先頭に立っていたミシェルが一歩前に出る。

「来てやったぞ。さあ、白黒つけようじゃないか」

 魔族の先頭に立つ男――ビリアムはそれに答える。

「てっきりあの砦に篭るかと思っていましたよ、まさか野戦を挑んでくるとは」

「お前程度野戦で十分だ」

「そうですか……まあどうでもいいです。かかれ!」

 ビリアムが合図をすると、悪魔たちがこちらに突撃してくる。

 ミシェルは飛竜に騎乗すると、群がる悪魔を屠っていく。

「ビリアム! かかってこい‼」

 ミシェルの大音声を聞いて、ビリアムが彼女の元に向かっていく。

 しかし、それを阻む影が一つ、アヤノだった。

「せいっ」

「ぬうっ⁉」

 ビリアムは彼女の剣をかろうじて避ける。

「あんたの相手は私」

「まあ、誰が来ても倒すまでですよ」

 しかし、これに対しミシェルは納得がいかない様子だった。

「ふざけるな! そいつは俺の獲物だ」

「あんたは大将でしょう。なら指揮に専念しなさい」

「だが……!」

「姉さん、アヤノさんの言う通りです。竜騎傭兵団はあなたの指揮でしか動きません」

 サミュエルは怒り狂う姉の前に出て、彼女を諭す。

「ちっ……」

 ミシェルは軽く舌打ちすると、傭兵団の指揮に戻っていく。

 竜に乗れない俺は竜騎兵以外の、地上で戦う者たちの加勢に入る。

 彼らは本職が戦士ではないので、魔族たちとの戦いで苦戦を強いられていた。

「はぁっ!」

 次々と襲い来る魔族を斬っていく。

 火球が飛んでくるので、それを反射的に避ける。

「ほほう、雑兵だけかと思ったら、少しはできる奴もいるようだ」

 火球が飛んできた方に目を向けると、金髪の中年男がそこにいた。

「俺はギャロン、ビリアムの叔父にして副長だ」

 それだけ言うと、奴は再び火球を連発してくる。

「うわあああ!」

 それを避けていくが、乱戦中の味方はそうもいかない。次々と火球に倒れていく。

 俺は火球を避けながら、ギャロンとの距離を詰めていく。

 それが当たらないと悟ったのか、今度は無数の火の粉を放ってくる。

「こんなもの!」

 俺はそれを振り払うが、手に当たった瞬間、火の粉が破裂する。

「くそっ」

 一つ一つが致命的になることはないが、これでは奴に近付けない。奴は炎の槍を作ると、こちらに投げてくる。

 間一髪でそれを避ける。槍はすさまじい轟音と共に大地をえぐる。

「もう終わりか?」

「なめるな!」

 俺は再びギャロンとの距離を詰める。奴は再び火の粉を繰り出してくる。俺はエリスからくすねた爆弾を投げる。

 すると、爆弾に連動して火の粉も次々と爆発しそれらはギャロンを巻き込んでいく。

 俺は飛び退いてそれを避けると、怯んでいるギャロンとの距離を一気に詰めて奴の心臓に短剣を突き立てる。

「うぐわあああ!」

 断末魔の叫びをあげ、ギャロンが息絶える。地上はミルカとエリスの活躍もありかなり余裕ができていた。

 それに、大将のビリアムもアヤノに苦戦を強いられているようだった。

「くっ、やりますね……」

「まだまだ、こんなものじゃないよ!」

「ぐぅっ」

 まともにアヤノの剣を受けて倒れるビリアム、止めを刺そうと彼に近づいていくアヤノだったが、突如現れた人物に阻まれる。

 それは、黒いローブを着た人物だった。目深に被ったフードのせいでその顔はあまりわからない。

「うわっ、アルみたいな服装」

 アヤノの言葉を無視して、その人物はビリアムを起こす。

「もう潮時だな。ビリアム、撤退だ」

「お断りします。あなた如きの命令を聞く義理はない」

「これは上意だ。お前も一族を守りたいのだろう?」

「くっ……、全軍退却!」

 ビリアムは悔しそうに歯噛みするが、やがて撤退の合図を出す。

 黒ローブの人物はアヤノを見やる。

「お前か、最近ちょろちょろしている異国風の人間というのは」

「そうだよ、あんたたちを倒すために旅をしてるの」

「くく、精々頑張ることだ、お前が陛下に及ぶとは思えないがな……」

 そう言うと、黒ローブの人物は虚空に消えていく。ビリアムたちも素早い動きで撤退していったようだった。

「ちっ、逃げ足の速い連中だ」

「姉さん、これでいいんだよ。あまり深追いしても反撃を食らうだけだろうし」

 サミュエルが姉をなだめる横で、アヤノは考え込んでいた。

「あの黒いのって一体……」

「わかりませんが、おそらく彼も魔王軍の幹部でしょうね」

「うん、結構強いと思う」

「あなたが言うほどですか……」

「あの人、すごく嫌な感じがしたよ」

 ミルカが身震いする。確かに、奴はビリアムと同等か、それ以上の猛者に見えた。

「まあいいだろう。魔族を撃退できたんだ。今日は祝宴だ!」

 ミシェルの言葉に、ジェフザの民が歓喜に沸く。

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