蒼炎の悪魔
決闘の後、俺たちは再びサミュエルの部屋に集まっていた。
「まさかアルが男性だったとは……」
「うん、ミルカもびっくりだよ。アルお姉ちゃん、女の子の匂いしかしないから……」
先ほどのアヤノの発言に、アルとミルカは驚愕を隠せない様子だった。
「アル、ごめん……」
戦いから少しして、頭の冷えたアヤノが謝ってくる。
「問題ない。俺は自分が男だと主張してきた」
「そんなの嘘だと思うに決まっているじゃないですか!」
「そうだよね!」
エリスの言葉に、アヤノが食い気味で反応する。
「取り乱す気持ちはわかるが、俺の気持ちも考えてくれ」
これはもはや呪いと言ってもよかった。
「お茶沸きましたよ」
家主がお茶を淹れてくれる。
「はぁ~、この緑茶落ち着くわ~」
アヤノは陶器のカップを両手に持ちまさに至福といった表情を見せる。
「これは茶なのか? ずいぶん珍しいな」
その茶は通常の紅茶とは違い、深い緑色で、味も濃く甘いものだった。
「ええ、東方から仕入れているので」
「こいつはそんなことに飛竜を使うんだ。阿呆だろ?」
「いいじゃないか。姉さんだってお茶目当てで僕の部屋に入り浸っているくせに」
終始にこやかだったサミュエルだが、姉に対しては口を尖らせ少しむきになっていた。
「俺としては鍛錬の一つでもしてくれた方がありがたいのだがな」
「僕に武芸は向いていないよ」
「俺の弟がそんなわけないだろう」
ミシェルはそう言うものの、穏やかで理知的なサミュエルには武芸以外の才がありそうに見えた。
「おい、アル」
ミシェルに声をかけられる。
「なんだ?」
「お前を変態扱いしてしまってすまない。たしかにお前は感性を疑うくらい地味な恰好をしているな」
「でしょ! 初めて会ったころはもっと酷くて帽子をこーんな深く被ってたんだから」
俯いて手で庇を作り、上目遣いで周囲を睨みつけるアヤノ。これは俺の真似なのだろうか、エリスが噴き出す。
「ぶふっ、やめてくださいアヤノ」
「『俺に近付いたら火傷するぜ』とか最初の頃言ってたよね。アルお姉ちゃん」
それは絶対に言っていないぞ、ミルカ。
「ほう、それは見てみたかったな」
「お前やアヤノみたいな連中につけ狙われるから被っていたんだ」
「俺のような者が沢山いるなら、デマリアや帝国も捨てたものじゃないな」
「ああ、脂ぎったおっさんや、うすらはげのおっさんによくつきまとわれたな」
「待て、俺はそいつらと同じか⁉」
やっていることは更にたちが悪い。
「アルはツンデレなんだよ。ね?」
アヤノが俺の首に腕を回してくる。
「つんでれとは? 何やら魅惑的な響きですが」
サミュエルは興味深げに目を細める。
「つんつん冷たくしたと思ったら、急に優しくしたり甘えてきたりしてくる人たちのことだよ」
「ふむ……緊張と緩和の要領ですか。それを自然にやってのけるとは、アルさんには劇作家の才能などがあるのかもしれませんね」
「バカにしているのか?」
「いえ、姉さんもそういうところがあるのですよ? 鍛錬を飛ばしすぎた日などは決まってこの部屋に来てそれとなく僕を気遣ってくれます。一見すると野蛮ですがこういう魅力がジェフザの民の心をつかんで離さないのでしょう」
「ほう、そんなこと思っていたのか……そんなに余裕があるのだったらもう遠慮はいらないな」
「エリスもツンデレだね。プロレス技も絶対怪我しないようにかけてくるし」
「ぷろれすわざってなんですか……? 私まで変な項目に入れないでください」
この奇妙な会話はその場にいるほぼ全員から顰蹙を買っていたがアヤノとサミュエルの二人は更に盛り上がる。
「そう考えると女性はみな詩人の才があるのかもしれませんね」
俺は男だ。と抗議の視線を送るがアヤノとサミュエルのつんでれ談義は更に白熱する。
「そうそう! ヘルミナやクリスタもツンデレだったなあ」
「ほう、帝国の若き皇帝に稀代の名宰相もそうなのですね! いいなあ、僕も各地を遍歴してつんでれを巡りたいものだ」
「なあ、サミュエルって壊れているのか?」
「我が弟ながらかなりの美形だと思うのだが、恋人の一人もいたことがない。かなり初心な奴だと思っていたのだが別のところに問題があるのかもしれんな」
「ああ……」
「ねえミルカは? ミルカはつんでれ?」
「ミルカはツンデレではないかな」
「えー、ミルカもつんでれがいいよー」
「ミルカはツンデレじゃなくても可愛いからいいの」
「えへへー」
アヤノに頭をくしゃくしゃと撫でられ、くすぐったそうに身をよじるミルカ、その姿は確かにつんでれとは違うようだった。
みなで談笑している中、急にドアが乱暴に開かれた。
「姐さんここにいたんですか! 大変ですよ!」
息せき切って部屋に入ってきたならず者に、ミシェルは顔をしかめる。
「おい、人の家に入る時はノックくらいしろ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんですって! ビリアムの奴が来やがったんです!」
「なんだと?」
ビリアムという名を聞いて、ミシェルの表情が険しいものになる
「ビリアムって?」
「魔族領域の将軍、通称『魔軍二十八将』の筆頭格だ。俺たちの働きには何の問題もなかったはずだが……」
「28って……多すぎない?」
アヤノがげんなりとした顔になる。
「それだけ規模の大きな勢力ということです。二十八将のほとんどが主要な部族の長ですから――」
「そんな解説はいいから、早く来てくれよ。あいつ、軍勢を率いてんだ!」
エリスの説明を遮って、ならず者が言う。それを聞いたミシェルの顔色が変わる。
「それを早く言え!」
彼女はそう怒鳴ると、部屋を飛び出していく。俺たちもその後に続く。
外に出ると、ジェフザの民が一人の男と対峙していた。この男がビリアムだろう。
金の長髪を風にたなびかせるその姿は、まさに美青年といったところか。元々俺が抱いていた魔族の印象とは全く異なるものだった。
彼はミシェルの方を見やると、慇懃にお辞儀をする。
「おやおや、これはこれは。頭領自らのお出ましとは」
「お前こそ、いったい何の用だ? 傭兵団はお前らの期待通りに働いているだろう」
「それはそうなのですがね。あなた方の方で何か報告したいことがあるのではないかと思いまして」
「なんのことだ?」
ミシェルはとぼけた態度を取るが、ビリアムはそれをあざ笑う。
「千里に通じる眼を持っている我々に猿芝居はいりませんよ。あなたとあろうものがそこのお嬢さん方に誑されたのでしょう?」
ビリアムの赤い瞳がこちらを捉える。
「詩人にも謳われるジェフザの竜騎士を骨抜きにしたのはあなたですか。なるほど確かに、我が主への献上品にしてもよいくらいの美貌ですね」
「くだらんな」
「全くですな。まあ理由がなんであれ、我々に歯向かうのであれば報いを受けてもらわねばなりません」
その言葉に、ジェフザの民が激高する。
「上等だ! コラァ!」
「ぶっ殺してやる!」
ビリアムはそれを涼しい顔で受け流すと、俺たちに背を向ける。
「我が主なら一も二もなく踏みつぶすでしょうが、それは私の美学に反する。そこで、明朝に開戦といきましょう。せいぜい準備をすることですね」
彼の去り際、ならず者の一人がその無防備な背中に斬りかかる。
「今決着をつけてやろうじゃねえか! オラァ!」
「まずい、やめろレイモンド!」
ミシェルの言葉も空しく、彼の刃はビリアムに肉薄していく。
「ぎゃああああ」
耳を覆いたくなるような絶叫が響き渡る。その声の主はビリアムではなく、レイモンドと呼ばれた彼のものだった。刃は届くことがなく、それどころか彼は蒼炎に包まれのたうち回っていた。皮膚と肉の焦げる臭いが辺りに立ち込める。
仲間たちが水を持ってすぐさま消火にかかるが、すでに手遅れで、地獄の業火はレイモンドの姿かたちをこの世に留めるすら許さなかった。
ビリアムは一度も振り返ることなく去っていった。
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