怒り心頭

 決闘は外の広場で行われることになった。

 住民たちがミシェルの応援に出てきている。

「姐さん、そんな小娘殺っちまってください!」

「姐さんに喧嘩売るたぁバカな女だね」

 アヤノはそんな野次にも表情一つ変えない。

「準備はいい?」

 ミシェルが頷く。

「ああ、お前がどれほどのものなのか、楽しみでしょうがないぞ!」

「じゃあ、さっさとかかってきなよ」

「言われずとも!」

 ミシェルが距離を詰める。神速の剣舞がアヤノを襲うが、彼女はそれを冷静に避けていく。

「そら、どうした⁉」

「っ」

 ミシェルの斬撃が続く。アヤノは反撃に転じることはなくひたすら回避に専念していた。変幻自在の刃を舞うように避けていく。その様に、観客は盛り上がる。

「いいぞ、殺っちまえ!」

「あのアヤノとかいう小娘も大したことなさそうだねえ」

「そら、まだ速くなるぞ!」

 ミシェルの刃が更に速度を増す。俺と対峙した際よりも段違いに速く、もはや目で追うのが精いっぱいだった。

「魔王になんてついたところで使い潰されるに決まっているじゃない!」

「それはヒルスキアもデマリアもメイオベルも同じだろう! 奴らは俺たちのような末端は虫けら同然に扱う!」

「そうじゃない人だっている!」

「理想はいつだって無力なものだ!」

「そうやって頑張ってる人をあざ笑って、あんたは逃げてるだけじゃない!」

「そうだ、弱者を踏みつぶし、あざ笑う。それが強者の理だ」

「違う、本当に弱いのはあんたよ!」

「そういう戯言は俺に勝ってから吐け!」

 力任せに振るわれたミシェルの剣をアヤノは避ける。しかし彼女が攻めに転じることはなく、再びミシェルの猛攻が始まる。

「何やっているんですかアヤノ……」

「エリスちゃん、心配しなくてもアヤノお姉ちゃんは大丈夫だよ」

「え?」

「アヤノお姉ちゃんね、すごく怒っているだけだと思うから」

 ミルカがそう言った瞬間、戦局が動いた。

 ミシェルが放った渾身の一撃をアヤノが受け止めたのだった。

「ほう、やるじゃないか……」

「多分楽しんでいる暇なんてないよ」

 そう言うと、アヤノはミシェルの剣を押し返す。

「なにっ」

 いとも簡単に力負けしたミシェルは思わず飛びのいてアヤノとの距離を取る。

 そんな彼女に、アヤノは問いかける。

「ねえ、あんたなんでアルのことを変態って呼んでるの?」

「そりゃあいつ、あんななりで……」

「力づくで確かめたんだ?」

「ああ、いい女だと思ったからな。ツラだけならどんな姫君も奴に及ばないだろうさ。それだけに気味が悪い……!」

「ふぅん」

 短くそう言ったアヤノの姿が消える。そして、次の瞬間、ミシェルの背後に現れる。

「な……⁉」

 ミシェルは慌てて振り返るが、もう遅かった。

「はあっ!」

 驚愕するミシェルの顎をアヤノは思い切り蹴り上げる。

「かはッ……」

 そして、宙に舞ったミシェルを追って跳躍する。

「アルは男でも可愛いでしょうが‼」

 乱暴に振り下ろされたその剣をミシェルはかろうじて受け止めるも、その衝撃自体は殺せなかったのか、地面に叩きつけられる。

「ぐわああああ!」

 しかし流石と言うべきか、ミシェルはすぐに立ち上がる。

「はあ、はあ。中々やるじゃないか。だがまだまだ――」

「大体何⁉ 勝手にアルを女の子だって勘違いしたのはあんたでしょ! アルはあんなにセンスのない地味な恰好してるのにあんたが勝手に!」

 すぐさまアヤノはミシェルに対し容赦ない連撃を加える。しかし彼女が怒鳴っている内容は耳を塞ぎたくなるようなものだった。

「はっ……変態の仲間は変態か!」

「変態でいいよ! 女でも男でもいい! 私はアルが好きだ‼」

「なっ……!」

 アヤノの剣がミシェルの剣を弾き飛ばす。そして最強だった剣士の喉元に異郷の剣が突きつけられる。

「あんたの負けね」

「そうだな……」

 しばしの間、ミシェルは呆然としていた。無理もない、人間族最強と謳われた自分がほとんど何もできずに敗北を喫したのだから。その衝撃は計り知れない。

「私たちは絶対に魔王を倒すよ。これでもまだ信じられない?」

 アヤノはミシェルに手を差し伸べる。その手を無視してミシェルは立ち上がる。

「信じられんな。それほどまでに奴は強大だ」

「あんたね……」

「だが、やれるだけやってみればいいじゃないか。ここの奴らはお前みたいな強い馬鹿が好きだ。なにせ社会不適合者の集まりだからな」

 すると、先ほどまでミシェルを応援していた観衆が歓声をあげる。

「姉ちゃん、あんたすげえな!」

「決闘中に愛の告白なんて聞いたことがねえ!」

「でも、魔王を倒すならそれくらいじゃないとね」

 彼らの言葉で、アヤノは戦っている際に自分が言っていた言葉を思い出したようで、顔を赤くする。

「あ、アル、聞いてた……?」

「知るか」

 こちらまで穴があったら入りたい気分だ。ただ、不思議と胸のざわつきは収まっていた。

「そういうことだ。ジェフザの民がお前を気に入ったのだから俺には止められまい。どうにもこいつらの享楽的なところには共感できんがな」

 ミシェルが言う。それに対し、アヤノは胸を張って宣言するのだった。

「大丈夫、絶対に後悔はさせないから」

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