アヤノの本心
「絶対に私のこと忘れてたでしょ」
ジェフザへの道中、アヤノはお冠だった。
「忘れてないぞ。俺たちの居場所はトニーに教えてもらっただろ?」
飛竜でどこかへ飛んで行ったアヤノだが、彼女なら心配ないと思ったので、トニーに言伝を頼んで俺たちは街を出ることにした。
「うー、ちょっと冷たすぎない?」
「こっちの方が早いと思ったんだ」
今、旅をするとなると脚を怪我した俺に歩幅を合わせなければならない。あまり遅くなるのは申し訳ないし、アヤノならばすぐに追いつくと思っての判断だったのだが……
「つーん」
「怒っているのか?」
「ふんだ」
「子どもか……」
「やっぱり王都で待った方がよかったのでは……」
エリスが小声で言ってくる。
「まあ、飯時になれば機嫌も直るだろう」
しかし、俺の期待とは裏腹に夕飯になっても彼女の機嫌が直ることはなかった。
せめてもの詫びにとミルカと狩りに出かけ彼女の好物である兎肉のシチューを作ったのだが……
「おかわり!」
がつがつとかきこんでは、不愛想に皿を突き出してくる。
「おかわりはするのですか……」
エリスがあきれ顔で言うと、アヤノはそちらをぎろりと睨む。
「うさぎさんに罪はないから」
「ちゃんと噛まないと身体に悪いですよ」
「お母さんみたいなこと言わないで!」
「取りつく島もありませんね……」
「まあ、寝て起きたら忘れているだろう」
「アルお姉ちゃん、アヤノお姉ちゃんはそんなに単純じゃないと思うよ……」
ミルカはそう言うが、豪放磊落な彼女のことだ。問題ないだろう。
普段はよく喋るアヤノが黙っているものだから飯を食った後も退屈で、みなすぐに寝る。
ふと、夜中に起きる。横を見るとそこで寝ていたはずのアヤノがいない。
「厠か……」
すぐに戻ってくるだろうと思ったが、彼女は一向に戻ってこない。
気がかりだったので起き上がり、探しにいく。
少し歩いていくと、大きな湖に出る。澄んだ水は青い月を映していた。このデマリアは肥沃な大地と言われるだけあり、水場も豊富だ。
「うっ、うぅ……」
何やらうめき声が聞こえる。その声の主はアヤノだった。俺は不安を覚え声の方へ駆けていく。
「アヤノ!」
「うぅ……え、アル⁉」
俺が突然現れアヤノは面食らったようだった。その月明かりに照らされたその顔は涙に濡れていた。
「泣いてるのか?」
「いやっ、こっち見ないで!」
彼女は顔を背ける。
「もしかして、俺たちがお前を置いていったからか?」
「……」
彼女の背中に言葉を投げかける。
「俺はお前に甘えすぎていたのかもしれない。すまない」
「私ね……前いた場所でもそんなだったんだ。剣道でも一年で全国大会を優勝して『アヤノなら大丈夫』『アヤノ先輩なら何とかしてくれる』って。そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも少し窮屈だった。それで、お母さんだけにしか甘えられなかったなーって思ったら恋しくなっちゃって……」
寄る辺のない辛さはよくわかる。俺もそうだった。だからこそ彼女に、初めてできた仲間に甘えすぎてしまったのかもしれない。
俺がかけるべき言葉は何だろうか。慰めの言葉だろうか。叱咤すればいいのだろうか。いずれも違うように思えた。アヤノの隣に座り、湖を見ながら語りかける。
「……母の代わりはできないが、俺がお前に甘えるようにお前も俺に甘えてくれていいんだぞ? 疲れたら俺の傍で休め」
「お前を元の場所に戻す方法を探してやる」と言えない自分をずるいと思う。彼女を失いたくないからと打算でこんな言葉を吐いている自分が気持ち悪い。
しかし彼女はほほ笑むと頭を俺の肩に乗せてくる。
「ありがと……ねえアル、私あんなこと言ったけどこの旅で色んなものを手に入れたよ。だからね、そんな自分を責めないで」
心の中を見たかのような言葉をかけられる。
「何のことだ?」
「ううん、なんでもない。アルってさ、結構優しいよね」
「そんなことはない」
生まれが肥溜めとはいえ、命を奪わない道を征くこともできた。それをしなかったのは俺が醜悪な化け物だからだろう。
「ねえアル」
ふと、アヤノが声をかけてくる。
「なんだ?」
「月が綺麗だね」
「ん? ああ……」
意外だな、こいつは月などより女漁りだと思っていたが。ほんのり顔が赤いのはなぜだろう。
「あーあ、これでアルがお嫁さんになってくれればなぁ!」
急に大きい声を出すアヤノ。まだ本調子ではないのだろうがひとまず安心する。
「ふっ、そういえばお前もそういう趣味だったな。強い剣士というのは皆そうなのか?」
「そりゃアルはもう極上の……え、なにその言い方、私以外にもアルを狙っている子がいるの?」
ふと真顔になるアヤノ。気が緩んで余計なことを言ってしまった。何やら面倒なことになりそうだった。
「さて、寝るか。明日も早いからな」
「待って、待って推理するから。エリスは薬草と錬金釜を見てニヤニヤしてる変態だから論外として、ミルカもそういう年頃にはまだ早い、レオノーラさんはノンケっぽかったしヘルミナとクリスタはかなり怪しいけど剣士ではない」
俺の腕を万力のような強さで掴みながらぶつぶつ言い始めるアヤノ。怖すぎる。
「つまり私がいない間に会った人物ということ、あの竜騎兵の中の一人? そういえばトニーが竜騎兵について話していた。頭領が人間族最強だって。それでアルはその女と一騎打ちを演じて見せたってそいつじゃねえかああ!」
こいつの精神は分裂しているのか?
「まあいいじゃないかそんな奴のこと」
実際あまり思い出したくないし。
「言いなさい。なにがあったのか」
「言わない」
「言わないと……こうだっ」
アヤノが飛び掛かってくる。俺は避けようとするが彼女に敵うはずもなく押し倒されて馬乗りにされる。そしておもむろに俺の脇腹をくすぐりはじめた。
「こちょこちょこちょ~」
「わはははは! おいやめろ!」
笑いすぎて息ができない。しかし彼女は手を緩めない。
「早く言え~」
「わ、わかった! 言うから、もうやめてくれ……」
「くすぐりで簡単に口を割る元暗殺者、いいわ~」
何やら勝手に恍惚とした表情になっている。俺はかいつまんでミシェルのことを話す。
「な、なんですってえ⁉」
そんな怒り方をするのはレオノーラくらいだと思っていたが。
「つまり、その女に求婚されたの⁉」
「まあそうだ。もちろんお断りだがな」
「変なことされてないよね?」
「……」
されたと言えばされたのだが、それを言うと面倒なことになりそうだ。
「されていない」
「変な間があった! 絶対嘘!」
なんでこんなに勘が冴えているんだ。
「え、ほんとに乱暴されちゃったの?」
何を真面目な顔して聞いてきているんだこいつは……
「未遂で終わったよ」
本当のことを言った方が収まると思ったので、そのままを伝える。
「よかった~、本当によかったよ」
アヤノは安どのため息をつく。
「でも、その人がアルに色々触って私が触れないっておかしいと思わない?」
「思わない」
それは本当におかしな理屈だ。
「おかしいよ! 私にも触らせろー」
そう言うと、彼女は再びくすぐってくる。
「おい、やめろって!」
「うりうり、ここか? ここがええのんか?」
おそらくアヤノはふざけているだけだったのだろう。だが、彼女の手が俺の股間に触れる。
「ん? 何これ」
彼女はソレを掴む。すごい既視感だった。
「おい、やめろ!」
本当に痛いから。
「え? もしかしてアルって、男の子なの……?」
「そうだ」
「ええええええ⁉」
アヤノの驚愕する声が夜の湖に響き渡る。
それから、彼女が落ち着きを取り戻すまではしばらくかかった。
「その、すまん……」
特に謝るようなことはしていない気はするが、正体不明の罪悪感に駆られ謝罪する。
「ううん、よく考えたらアルって最初から自分のこと男って言ってたよね。絶対嘘だと思ってたけど……」
「ああ……」
きまずい沈黙が二人の間に流れる。ふと、彼女は無理に明るい声を出しながら立ち上がる。
「も、もう寝よっか! 元気付けてくれてありがとうね。アル」
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