行方不明の少女

 次の朝、またしても強引に起こされる。

「ねえ、アル、起きてってば」

「むにゃ……昨日遅かったんだからもう少し寝かせろ。バカアヤノ……」

「アルにお客さんなんだってば」

「仕方ないな……」

 渋々起きる。

「で、その客というのはどこにいる?」

「メイヴィスさんが客間に案内しようとしたけどそんな時間はないって玄関にいるよ」

「なんなんだ?」

 不審に思いながらも玄関まで向かう。

 そこにいたのはこの前、見回りの際に出会ったアレンだった。

「アル!」

 そう俺を呼ぶ彼の表情は切羽詰まったものだった。

「どうした?」

「見回りに出てた俺の仲間がずっと帰ってこないんだ。一緒に探してほしい」

「最後にそいつを見たのはいつだ?」

「一昨日の晩だ。こんなことはいままでなかったのに……」

 アレンは俯く。

「アル」

 アヤノが後ろから声をかけてくる。

「行くんでしょ。私たちもついていくよ」

「ああ、頼む」

 俺たちは街に出る。

 しかし、手掛かりがない。

「その仲間はどこを見回っていた?」

 アレンにたずねる。

「街の北側、外れの方だ」

「ならばまずはそこへ行ってみよう」

 そこは人通りも少なく、寂れた場所だった。

「来てみたものの……」

 広い街だ。どこをどう探せばいいのか見当もつかなかった。

「例の怪物が夜に活動するのならば、昼間はどこにいるのでしょうね」

 ふと、エリスが疑問を口にする。

「そりゃ、あの町はずれの屋敷みたいな人目につかなくて日光を避けられる場所じゃないか?」

「でも、そんな都合のいい場所ってそんなにあるかな……洞窟はないし、人目につかない廃墟なんかも街中だからないよね」

 アヤノがぶつぶつと考え込む。

「そういえば、一か所だけあったな」

「あっ……!」

 俺とミルカは顔を見合わせる。

「心当たりがあるのですか?」

 エリスがたずねてくる。

「ああ、こっちだ」

 俺は昨晩見たトンネルまで皆を連れていく。

「そうか、地下水路か……!」

 アレンがはっとした顔になる。

「ああ、ここなら日も当たらないし人目につかない。おまけに街から近い」

 テイラーのような者がまだいるというのなら、ここを根城にする可能性が高い。

「きゃあああああ」

 トンネルから少女の悲鳴が聞こえてくる。

「エイミーっ」

 それを聞くや否や、アレンはものすごい速度で駆けていく。

「あ、おい、勝手に行くな!」

 俺の声など聞く耳を持たず、アレンは後を追う俺たちを引き離し迷宮のような水路の中に消えていった。

「くそっ、見失ったか……」

「一旦落ち着きましょう。彼が行った方角はわかっています」

 エリスが言う。

「でも、分かれ道がいっぱいあるね。これじゃ迷子になっちゃうよ」

 アヤノは落ち着かない様子で、その場で足を踏み鳴らしている。

「見た場所に目印でも置いて、片っ端から回るしかないだろうな」

 果たしてそれまでアレンが無事かどうかはわからないが、彼より感覚に鈍い種族の俺たちに残された手段はそれだけだった。

「じゃあ二手に分かれる?」

「ああ、そうだな」

 俺たちはまたしても二組に分かれ、俺はミルカと共に水路を回る。

「あの子、大丈夫かなぁ」

 ミルカが心配そうな声を出す。

「あいつはあれで結構やる。俺たちが行くまで持ちこたえるさ」

「また行き止まりだね……」

 俺たちは戻り、その入り口に目印を置く。

「うわああああ!」

 次に聞こえてきた悲鳴はアレンのものだった。

「どこからだ……?」

 地下水路の中は、音が反響するので声の出所がわかりづらい。

「今度はミルカにもわかった! こっち!」

 ミルカの後を追い、水路を進んでいく。

「アレン!」

 俺が見たのは、血まみれのアレンに、それを介抱する少女だった。

「アレン、どうした⁉」

「へっ、すまねえ、アル……先走っちまって。化け物はこの奥にいる」

 彼は水路のさらに奥を顎で示す。

「だが、お前の手当てが先だ」

「俺は大丈夫だ。見た目ほど傷は深くない。それよりも、化け物に襲われている奴がいる」

 アレンは気丈に笑う。

「私からもお願い。あの人は私たちを守るためおとりになってくれたの」

 アレンを介抱している少女も頭を下げてくる。

「わかった」

 俺とミルカは更に奥へ進む。

 水路は行き止まりだった。しかし、そこにはこの前見たテイラーそっくりの怪物と、身なりのいいウェアラットがいた。

「グふふ……キさまのようナものガ、イまサラ、たミのミかたをキドるとハナ、フェりペ」

「このような争いに無辜の民を巻き込むわけにはいかん。やるなら私をやれ」

「イわれナくてモ、キさマはシマつすルつもリダ。ネイしンフェりぺ……」

 怪物の奇怪な腕がフェリペに伸びていく。

「ギャアアあアあ!」

 しかし、それは届くことはなく、代わりに怪物の腕が斬り落とされていた。

「ミルカが相手になってあげるよ」

「キさま、ウぉードさマのムすメでありナがラ、われワれノケいカクをジャまスルきカっ!」

「ミルカはただ、この国で悪いことをしてる人が許せないだけだよ」

「こノくにデあくジヲはタらいテいルのハ、ブンかンとおウだロうガッ」

 残っているもう一方の手で、怪物はミルカに殴りかかる。

「わわっ」

 慌ててミルカはその場を飛びのく。狭い地下水路の壁が崩れる。

「こっちにもいるぞ!」

 俺は怪物の後ろに回り込み、短剣で斬りつける。

「ハえガッ」

 すかさず反撃をしてくるが、奴の巨体はこの狭い空間だと行動が制限される。その攻撃を読むのは容易いことだった。

「はぁっ!」

 続けて斬りつけるが、こちらに向こうの攻撃が当たらないように、こちらの攻撃もこの化け物には全く効いていないようだった。

「死ねィ!」

 単調な怪物の攻撃を避ける。奴は自らの手が壁に当たって傷ついていくのもお構いなしにめちゃくちゃに暴れまわる。

「きゃうん!」

 それはミルカの声だった。そちらに目を向けると彼女は瓦礫の下敷きになっていた。

 化け物はミルカの方に視線を向けると、のそりのそりとそちらへ向かっていく。

「お前の相手は俺だろうが!」

 跳躍し奴の喉元深くに短剣を突き刺すが、それも全く効いた様子がない。

「どケ」

 奴が軽く手を振り払うと、俺は吹き飛ばされてしまう。

「ぐぅっ」

 壁に背中を打つ。奴は再びミルカの方に歩き出す。

「く……そ」

 どこか怪我でもしたのか、身体が思うように動かない。

「おワリだ……」

 化け物が身動きの取れないミルカに向けて腕を振り上げる。

「終わるのはお前だ」

 と、一つの影が両者の間に割って入った。

 次の瞬間、化け物のその巨体は真っ二つになっていた。化け物は声もなく崩れ落ちた。

「無事か、ミルカ」

 それは、大剣を構えたジョンだった。

「ジョンおじさん、来てくれたんだね」

「ああ、子どもが二人、うちの屋敷に来たんだ」

 おそらくアレンとエイミーのことだろう。

 ジョンは瓦礫をどかすと、ミルカを助け起こす。

「ありがとう。ジョンおじさん」

「来てくれて助かった」

 俺もなんとか立ち上がり、ジョンに礼を言う。

「アル、お前もひどく背中を打っているじゃないか。屋敷で手当てをしてもらうといい」

「ああ、悪いな……」

「私からも礼を言わせてくれ。ジョン」

 隠れていたフェリペが出てくると、ジョンは目を丸くする。

「フェリペ、お前もいたのか」

「ああ、あの化け物に殺されそうになっていたところを、そこの二人に救われた。そこの二人同様、お前も命の恩人だ、ジョン。今までの非礼を詫びさせてほしい」

 フェリペが深々と頭を下げると、ジョンは困ったように鼻をこすった。

「お前が色々言うのはメイオベルのためだってことくらい、俺にもわかっているさ。元々非礼だなどと思ってはいない」

「かたじけない……」

「俺はこの二人を屋敷まで送り届ける。フェリペ、お前は王に報告をしておいてくれ」

「わかった」

 俺たちはジョンに肩を借り、途中でアヤノ達とも合流し、屋敷へと戻った。

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