武人の娘
「そうか、テイラーが……」
城に戻り、報告をすると王はがっくりとうなだれる。
「これは彼の近くに落ちていたものだ」
俺はテイラーの手記を王に手渡す。
王はこれを読んだ後、しばらく無言だったがやがて口を開く。
「思えば、奴は聡い男だった。戦場でも冷静沈着で、俺が最も頼りにしていた男の一人だ」
「そうだったのか……」
「そのテイラーがまさか反乱の計画に加わっていたとはな……いや、それよりもその計画がこのような悪逆無道の元に進められているとは、夢にも思わなんだ。すまぬ、少しの間一人にしてくれ……」
王の言葉に従い、玉座の間から出る。
「俺も王と同じ気持ちだ。まさかテイラーが……」
その場に同席していたジョンも沈鬱な表情をしていた。
「俺にとってもテイラーは友だ。一連の首謀者は絶対に許さん」
ジョンは瞳に涙を浮かべ、そう宣言する。
「うん。絶対に捕まえてみせるよ。ジョンおじさん」
そう言い切るミルカの顔には、覚悟が浮かんでいた。
その夜、物音がして目覚める。
物音の方に目を向けると、ミルカが出かけようとしていた。
「どこへ行く?」
「あ、アルお姉ちゃん……」
「一人で見回りか?」
「うん。街で暴れていたのはテイラーさんだとしても、まだいるかもしれないし……」
「なら皆に声をかければいい」
「そっか、そうだよね」
ミルカは軽い調子で言うと、アヤノとエリスを叩き起こす。
「うん、いいよ。見回りね」
「確かに、未だに予断を許さない状況ですからね……」
二人はすんなりと見回りを了承する。
そして、下の階に降りるとジョンがいた。
「お、どうしたんだ? お前たち」
「見回りに行ってきます」
「ふむ……城の警備をこちらに割くと王も言っていたからあまりその必要はないと思うが……」
「まあ、しないよりかはマシってことで」
アヤノが軽い調子で言う。
「ふむ……お客人にだけ働かせて俺は家でじっとしているのは違うか、俺も行かせてもらおう」
こうして、五人での見回りが始まった。
俺たちは二手に分かれ行動することにする。
「じゃあ俺はミルカと東側を見回るから、アヤノ、エリス、ジョンの三人は西側を見回ってくれ」
「えー、アルと一緒がいいよぉ」
計画に対し異論をはさんできたのは、例によってアヤノだった。
「最も戦力の均衡が取れているのはこれだろう」
「私を西側に入れたのはなぜですか?」
エリスが尋ねてきたので耳打ちしてやる。
「そっちには冷静な判断を下せる奴が一人は必要だろう」
アヤノは猪だし、ジョンも熱くなっている。しかし冷静なエリスがいれば引き際を誤らないだろう。
「じゃあ、私とアルが東側で、ミルカ、エリス、おじさんが西側でもいいはずだよね! はい、それで決定!」
アヤノは俺の腕を引いていこうとするが俺は全力で足を踏ん張りその場にとどまる。
「ダメだ。最初の振り分けでいく」
「なんでよ! 私が勇者なんだよ⁉ パーティー編成くらいやらせてよ!」
「今、ミルカとジョンは祖国を脅かされ冷静じゃいられなくなっている。そんな二人を一緒にするつもりか? エリスの胃がなくなるぞ」
「うう……わかったよ」
アヤノは不承不承引き下がった。
「じゃあ、行くぞ」
こうして俺たちは二手に分かれて見回りを開始した。
東側には城を中心とした街並みが見える。
街の北端へ行き、南端を目指して見回りしていく。
「ずいぶん寂れた場所だな」
北東の一角は家の数も少なく、またどれもかなり古いものだった。
「うん、ここらへんは貧しい人たちが暮らしているみたい。昔からそうだったよ」
「メイオベルにもこういう場所はあるんだな」
この前会ったアレンという少年を思い出す。彼もこの辺りで暮らしているのかもしれない。
「ここは……?」
ふと、トンネルのようなものが目に入る。
「そこは地下水路。ミルカも入ったことはないけど迷路みたいに広いらしいよ」
「ここに化け物が隠れてたりするのかもな」
「うーん、でも多分一晩じゃ回れないよ?」
「なら優先度は低いか……」
ここを見回っている間に上で住民が被害に遭ったら本末転倒だ。
俺たちは地上の見回りを続ける。
「ミルカ」
見回り中、俺はミルカに声をかける。
「どうしたの? アルお姉ちゃん」
「何を焦っている?」
その言葉にミルカは耳を震わせたが、表情は柔和な笑みを湛えたままだった。
「やだなあ、アルお姉ちゃん、焦ってなんかいないよ」
「嘘だな」
「なんでそう思うの?」
「テイラーの死体を発見した後から、お前はどうも思い詰めている様子だった。それに加えてさっき、単独で見回りをしようとしていただろう。衛兵を増やすという話を聞いていたはずなのにだ」
「それは……」
「仲間なら頼れ。お前はアヤノに比べて大人すぎる」
「……」
沈黙の中、見回りを続ける。
ふと、ミルカが口を開く。
「ねえ、テイラーさんって軍の中でもすごく偉い人なんだよ」
「確か王もそう言っていたな」
確か、冷静沈着で最も頼りにしていたとか……
「そんなテイラーさんを従えて反乱を起こせる人って、かなり少ないと思うんだよね」
「……何が言いたい?」
「もしかしたら、パパが首謀者なんじゃないかなって」
「だがミルカ、お前の父は……」
この国を追放され、失意のうちに死んだはずだった。
「アルお姉ちゃんは、昨日見たテイラーさんが生きているように見えた?」
「……」
見つかったテイラーは腐敗していたが、それは昨日今日で起こるような腐り方じゃなかった。実際動いているところを見ても、あれを生物と言い切るのは難しかった。
「なら、お前は父が邪法で不死者となって暗躍していると言いたいのか?」
「うん……」
「だが、それは最も低い可能性の一つでしかない。テイラーを動かしうる人物はいくらでもいるだろう」
前に俺たちに嫌味を言ってきたフェリペという政治家もそうだし、他にも王族や貴族の中には有力な者もいるだろう。
「わかっているけど、不安なの。たまにパパが夢に出てくるの。何も喋らないけど、すごく怖い顔をしていたり、悲しそうな顔をしていたり……」
「そうか……」
「うん……」
「不安があるなら、そうやって俺に吐き出せ、俺じゃなくてもアヤノでもエリスでもいい。誰にも何も言えないというのはつらいだろう?」
「こんなの、みんなに言えないよ……パパを疑っているなんて……ミルカ、悪い子だと思われちゃう」
「お前がいい奴なのは皆知っている。逆に聞くが、お前がアヤノやエリスに似たようなことを言われたら、お前はそいつを悪い奴だと思うか?」
「そんなことは……あ」
いつだか、ミルカがヘルミナとうまく話せなかった時のことを思い出す。ミルカは表面的な明るい態度とは違い、自分を卑下して考える癖があるらしい。
「次一人で悩んだら、牛裂きの刑だぞ」
「えー、牛さんに引っ張られちゃうの?」
少し強引な気もしたが、彼女にはこれくらいでいいだろう。
「ありがとう。アルお姉ちゃん……」
やがて、小さな声で礼を言うのだった。
俺とミルカは見回りを続けたがこの日は特に異常は見られなかった。
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