殺人鬼の正体

 次の朝、俺たちは街の外れに向かっていた。

「まったく、二人で抜け駆けなんてずるいよ」

 事情を説明すると、アヤノは口を尖らせる。

「ごめんね、アヤノお姉ちゃん……」

 ミルカは耳を折りたたんで謝っていた。

「わかればよろしい。これからは私を頼るよーに」

「こういうのははっきり言ってやった方がいいぞ。お前は騒がしいから連れて行かなかった」

「なにおー!」

 アヤノは腕をぶんぶん振り回す。

「ほら、騒がしいじゃないか。そもそもお前はヘルミナを攫った時にも変な声を出しただろ」

「あ、あれはアルが変なところ触ったから!」

 顔を真っ赤にして抗議をしてくる。

「まあ、それでも昨晩はお前がいてくれた方が良かったよ」

「え、そう? やっぱり頼りにしてくれているんだ。もう、アルったらツンデレさん」

 アヤノがすり寄ってくるが、すぐに距離を取る。

「奴は、全員でかからないと厳しいかもしれんからな」

 肩透かしを食らって情けない顔になっていたアヤノだったが、すぐに真面目な顔になる。

「そっか……」

「ところで」

 ふと、エリスが声を出す。

「どうした?」

「私は最初から戦力外なのですね」

「まあ、夜に弓はな……」

 それからしばらく歩くと、古い屋敷が見えてくる。

「人は住んでいなさそうですが……」

「夜に活動しているのなら、日中はこういうところに潜んでいる可能性もある。入ってみよう」

 俺たちは息を殺して屋敷の中に入る。

 相当古い建物なのだろう。床は抜け、そこから草木が生えている。風化した建物ではあるものの、陽光は草木に阻まれ昼だと言うのに薄暗い。

「なんだか不気味な建物ですね……」

 エリスが身震いする。

「何が出てくるかわからないから、はぐれるなよ」

「は、はい」

 俺が忠告をすると、彼女は素直にしがみ付いてきた。

「ふーん、エリスには優しいんだ?」

 アヤノが半眼で見てくる。何やら湿度の高い視線だった。

「仕方ないだろ。エリスは武闘派じゃないんだから」

 人には適材適所というものがある。彼女の発明品には何度も助けられている。

「アルお姉ちゃんはミルカにも優しいよ!」

「ふーーーーーん?」

「顔が近いぞ。アヤノ」

「キス……する?」

「今はふざけている場合じゃないだろ」

「うー!」

 アヤノは地団太を踏んでいるが、それはやめた方がいいと感じた。しかし忠告の前に彼女の悲鳴が聞こえる。

「ぎゃー! 床が抜けたぁ!」

 アヤノの馬鹿力とこの屋敷の寂れ具合から考えれば当然の結果だった。

「大丈夫⁉ アヤノお姉ちゃん」

 ミルカが慌てて駆け寄ってアヤノを引き抜く。

「これだけ騒いでも何も反応がないってことは何も潜んでなさそうだな」

「まだ油断はできません。警戒して進みましょう」

 エリスの言う通りだった。俺たちは気を引き締めなおして屋敷の奥に進んでいく。

 屋敷の一番奥の部屋、そこには扉がしっかりと残っており、閉ざされていた。

「開けるぞ」

 万が一を考え、皆、扉の前で身構える。

 俺は扉を開けようとするが、どうにも身体が言うことを聞かない。

 まるで本能がこの扉を開けることを拒絶しているようだった。

「どうしたのアル? 早く開けてよ」

 アヤノに急かされ、我に返る。

「いくぞ……!」

 それは自分に言い聞かせた言葉だった。意を決して扉を開ける。

「なに……これ……」

 アヤノの驚愕した声が聞こえる。皆、同じ気持ちだろう。ただ、声が出なかっただけで。

 俺の視界に飛び込んできたもの、それは昨晩の怪物だった。しかしそれはもはや動いてはおらず散乱した部屋の真ん中で倒れている。

「これは……酷いですね」

 城での死体にもそこまで動じていなかったエリスも、気分が悪くなったようで口を押さえている。アヤノやミルカに関しては言うまでもない。

 しかし、それも無理はなかった。その異様な見た目だけではなく、奴から発せられる腐敗臭も相当なものだった。どういうわけかその剥き出しの筋肉は溶解しかかっており、形は大きい人だというのにナメクジのようにも見えた。

 ふと、死体の足元に落ちている手帳のようなものが目に入る。

 俺はそれを拾い、中を開く。

「何か書いてありましたか?」

 俺はその中身を読み上げる。

「今日は怪しげな魔族があの方の元を訪れていた。最近のあの方はどうもおかしい。この国に革命を起こすという計画に加担したのはいいものの、計画当初から様変わりしてしまったそのやり方には疑問が残る。最近のあの方にはどうにも性急さが目立つ」

「魔族……」

 エリスが唇を噛む。その計画とやらはメイオベル一国だけの問題ではないらしい。

 俺は続きを読む。

「私は見てしまった。醜い怪物に変貌してしまった友を。彼には言葉が通じぬようで、ただひたすらに文官を喰らっていた。なんとか逃げおおせたものの、もうあの方の計画にはついていけない」

「文官を喰らっていた……って」

 アヤノが目を見開く。彼女が想像したのは城内での殺人のことだろう。

 更に手記を読み進める。

「計画を王に話そうとしていたことを悟られてしまった。俺は薄暗い地下に連れていかれ、魔族から譲ってもらったという丸薬を飲まされた。恐らく、俺も友と同じ道を辿るのだろう。だが、何とかして奴らから隠したこの手記、誰かがこの手記を読んで奴の暴挙を止めてくれることを願う――」

 その続きはもはや文字の体を成していなかった。

 手記にはテイラーと署名が記されていた。

「殺人犯だと思っていたけど……この人も犠牲者だったんだね」

 アヤノが唇を噛む。

「まさか魔族の邪法にまで手を出しているとは……絶対に許せません。なんとしてもその計画とやらの首謀者を見つけ出さなくては」

「うん、絶対にメイオベルを守りたい……」

 ミルカが握ったその拳は震えていた。

 俺たちは変わり果ててしまったテイラーを埋葬すると、決意を新たにするのだった。

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