夜中の見回り

「……ちゃん、アルお姉ちゃん」

 夜中、突然身体を揺すられ目を覚ます。

 否、起こされたのだ。その相手を見ると、彼女は申し訳なさそうに笑った。

「えへへ、ごめんねアルお姉ちゃん」

「こんな時間にどうした?」

「あのね、メイヴィスおばさんに聞いたら、遺体が見つかるのは明け方が多いんだって。だから……」

「殺人鬼は夜中に活動している確率が高い。か?」

「うん。それで、見回りたいと思って。アルお姉ちゃん、手伝ってほしいな」

「なんでわざわざ俺を……」

「アルお姉ちゃん、気配消すのとか得意そうだし、夜目も利きそうだし……」

「またか……」

 いつぞやアヤノに叩き起こされたのを思い出す。

「ダメ?」

 そんな上目遣いで聞かれたら、断る方が悪者になってしまう。

「わかったよ」

 ベッドから起き上がる。

「やった。ありがとう、アルお姉ちゃん!」

「静かに」

 他の連中を起こしたら面倒だ。特に、アヤノなんかは騒がしくて殺人鬼に感づかれてしまうかもしれない。

「じゃあミルカは街の東側を見回るから、アルお姉ちゃんは西側を見て回って」

「一緒についていなくて大丈夫なのか?」

「うん。手分けした方が早いし、あんまり遅くなるとアヤノお姉ちゃんたちにバレちゃうかもしれないし……」

「わかった」

 ミルカの指示通り、街の西側――城とは反対方向で、市場や宿屋が多い。俺はそういった主要な施設を重点的に見て回ることにする。

 おそらく昼間は賑わっているのだろう。大規模な市場はしかし夜の静寂に包まれていた。

 しかし、耳を澄ませば何かが聞こえる。それは人の話し声に思えた。

声のする方に目を凝らしてみると、人影が二つ見える。

「……か」

「ああ……」

 声が小さく何を話しているかは不明瞭だったが、夜中にこんな場所でこそこそと話すその姿は少し不審に見えた。

 さらに目を凝らすと、彼らの足元に何かがあるのがわかる。

 それは、水たまりのようなものの中に浸かっていた。

「!」

 男の片方が足元を照らす。そこに映ったのは血だまりに沈んだ人の生首だった。

 その後、男たちは二言三言交わすと片割れがその場を去っていく。

 俺はその場に残ったほうの背後を取ろうと近づく。

「誰だ!」

 しかし、その男は三角の耳をピクリと震わせると、こちらに振り返る。

「ちっ!」

 ばれてしまった以上、無力化して話を聞き出すしかない。俺は短剣を投げつける。

「くっ!」

 しかし、その男は猫科の動物を思わせる俊敏さでその場を飛びのくと、剣を抜いた。

「だれだ、貴様は!」

「名乗る名などない」

「ならば、無理やりにでも喋ってもらおうか!」

 そう言うやいなや、その男は距離を詰め、的確に急所を狙って斬りかかってくる。

 こちらを見据えるその眼は、夜だと言うのに爛々と光っていた。

 対するこちらは、夜目が利くと言ってもその姿はおぼろげだ。

「しっ!」

 踊るように斬りかかってくるその剣を、すんでのところで受け止める。

 そのまま奴は剣に体重を乗せて力で押し切ろうとしてくる。

「お前、人間族か? 人間がこんな夜の闇に紛れて何をやっている?」

 至近距離でそう語り掛けてくる相手の顔が鮮明に浮かび上がる。それはうす灰色の髪と耳を持った少年だった。

「魔王を倒しに来た」

「は? 魔王」

 少年があっけにとられた一瞬の隙をつき、足払いをかける。

「くっ」

 起き上がろうとする彼の頭を地面に押し付ける。

「大人しくしろ」

「……ちっ、俺もバラバラ死体の仲間入りってか?」

 心底忌々しそうに、少年が吐き捨てる。

「なに?」

「お前なんだろ、最近噂になっていた連続殺人犯ってのは。だけどな、俺の仲間たちがお前を絶対にぶっ倒すからな!」

「……」

 どうやら俺は何か勘違いをしていたらしい。少年を解放する。

「おい、どういうつもりだ?」

 少年は怪訝な顔でこちらの様子を窺ってくる。

「お前が殺人犯というわけではないのなら、殺す理由もない」

「なんだと……ってことはお前も違うのか?」

 少年はそうでなくてもまん丸の目を更に見開く。

「ああ……」

 俺はかいつまんで事情を説明する。

「なんだよもー、驚かせやがって」

 少年は地面に腰をどかっと下ろすと、不貞腐れたように下を向く。

「いきなり攻撃して悪かったな」

「全くだぜ。でもまさか俺たち以外にも殺人鬼を探している奴らがいるなんてな」

「軍や警察は動いていないのか?」

「ダメダメ、軍は魔族帝国の相手で手いっぱいだし、警察なんて腑抜けばっかりでこういう事件には関わってこないんだから」

「警察も怯えるような事件になぜ首を突っ込む?」

「俺は孤児なんだ。周りの仲間もみんなそうで、だから殺人鬼をとっ捕まえて城で雇ってもらおうと思ってな。城で偉くなれば美味いもんが食えるしお前みたいな美人の嫁さんももらえるんだろ?」

 そう語る彼の目は、野心で輝いていた。

「さあな、俺は城に勤めたことがないから知らんな。お前、名前は?」

「俺はウェアキャットのアレンだ。お前は?」

「俺はアルだ」

「じゃあアル、どっちが先に殺人鬼を捕まえられるか勝負だ」

 アレンは邪気のない、爽やかな顔を見せ去っていった。

「騒がしい奴め……」

 そう独りごちる。しかし、言葉とは裏腹に俺はあの少年に親近感を持っていた。

 だが、そんな感傷にばかり浸ってはいられない。俺は調査を再開する。

「グルルルル……」

 それは、市場を出て裏通りを歩いているときだった。獣の唸り声が聞こえてくる。

 野犬かとも思ったが、闇から現れた影はそれよりもかなり大きいものだった。

「なんだ……こいつは」

 思わず声が漏れる。月明かりに照らされたそれは、まさに醜怪といった風貌だった。

 皮は裂け、その間から筋肉が見え隠れし、その肉からは腐汁がしたたり落ちていた。

 そいつは空洞となった眼窩でこちらを見ると、その巨体からは想像できないほどの速さで飛び掛かってくる。

「くっ!」

 肌にピリピリとしたものを感じ、それに従い避ける。

 俺はそいつから距離を取ると、しばしにらみ合う。

「ギャアアア!」

 そいつは雄叫びをあげる。思わず身構える俺だったが、次にそいつが取った行動は全く予想だにしないものだった。

「ギャオオオオン!」

 そいつは雄叫びと共に街の外へ去っていった

「はぁ、はぁ……」

 危機が去ったというのに脂汗が止まらない。心臓は早鐘を打っている。

 「助かった」というのが率直な思いだった。

「くそっ」

 自分が情けなくて地面に拳を叩きつける。

「アルお姉ちゃーん!」

 遠くからミルカの声が近づいてくる。

「アルお姉ちゃん! 大丈夫?」

「ああ、ミルカか……」

「何かあったの?」

「ああ、多分だがあれが殺人犯だ」

「本当⁉ 早く追わなくっちゃ」

 慌てて駆け出そうとするミルカを制する。

「待て、街の外に出ていったから住民に被害が及ぶ心配はないし、多分俺たち二人じゃ手に余る」

「そんなに強かったの?」

 ミルカは幾分緊張した面持ちになる。

「強いと言うよりも……」

 全く未知の存在だった。あれが果たして生物なのかどうかなのもわからないほどだ。

「うん。アルお姉ちゃんが言うならミルカも言うこと聞くよ。明日、皆で行ってみよう」

 うまく説明できない俺だったが、ミルカは神妙な顔で頷いてくれるのだった。

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