煙と苦悩
玉座の間に戻ると、既に全員が揃っていた。
「アル!」
「どうしたんだ、アヤノ?」
「犠牲者の特定ができたらしいよ」
「本当か?」
ジョンに目を向けると、彼は神妙な顔で頷く。
「今、行方不明になっている家臣は五人だ。ウェアキャナリのアリソン、ウェアフォクスのテイラー、ウェアキャットのケリー、ウェアレパードのロビー、そしてウェアライノセラスのダラスだ。おそらくあの遺体はダラスだろう」
「そうか……」
金糸雀、狐、猫、豹、そしてサイ。特に共通項は見当たらなかった。
「残りの者も死んでいる可能性が高い。お前たち、この事件の解決を手伝ってくれないか?」
「ねえ、いいよね?」
アヤノは王の頼みを聞いて、皆に確認をする。
「ああ」
メイオベルがある種の危機に陥っていることは間違いない。
「この国にいる間はうちの屋敷を自由に使ってもらって構わない」
ジョンが言う。彼の言葉に甘えて屋敷へ向かった。
「あらあら、また来てくれたのね。嬉しいわ」
ジョンと共に彼の屋敷へ入ると、メイヴィスが笑顔で出迎えてくれる。
「少しこちらの仕事を手伝ってもらうことになってな。彼女たちはしばらくこの屋敷に滞在することになる」
「そうなの? とっても嬉しいわ」
「よろしくお願いします!」
アヤノがぺこりとお辞儀をしたので、俺たちもそれに倣う。
「あなたたちならいつでも歓迎よ」
メイヴィスに促され、広間へ向かう。
「ご飯を作ってくるから、少し待っててね」
「またメイヴィスおばさんの料理が食べられる。やった!」
ミルカは喜色満面といった様子だ。
やがて、料理が運ばれてくる。贅の限りを尽くした彩り豊かな料理が並べられている
「嬉しくて、つい凝りすぎちゃったわ」
「おいおい、俺はこんな料理食べたことはないぞ」
ソースのかかった肉料理を見て、ジョンが言う。
「だってあなた、何を食べても『うまい』しか言わないんですもの」
「メイヴィスの料理は全部うまいからな」
「まあ、あなたったら」
メイヴィスが顔を赤らめてほほ笑む。
「なんか、いいな……」
「まさに理想の夫婦ですね」
アヤノやエリスは眩しそうに彼らを見ていた。
「ところで、知っている?」
そう切り出したのはメイヴィスだった。
「何の話かわからないと、みな何て答えればいいのかわからんぞ」
「あら、ごめんなさい。私ったら」
ジョンに指摘され、少し照れ臭そうにする彼女は少し幼く見えた。
「最近街で物騒な事件が起きているらしいの」
「物騒な事件?」
聞き返すと、メイヴィスは暗い顔で頷く。
「殺人事件がよく起きているらしいの。それがとんでもなく恐ろしい死に方で、どの遺体も原型を留めていなくて身元が分からないらしいの」
俺たちは顔を見合わせる。先ほど城で聞かされ、起こった事件と非常に似ていたからだ。
「アル、ちょっといいか?」
食事が終わり、ジョンに呼び出される。俺は彼について中庭へ向かった。
「ここなら人がいないか」
「メイヴィスには城内の事件を話していなかったんだな」
「ああ、城内に留めておこうという王のお達しでな」
ジョンは葉巻を取り出し、蝋燭から火を貰う。
「お前も吸うか?」
「なら、一本貰おう」
ジョンから葉巻を受け取り、同じように蝋燭で火を付ける。
「お前も煙草を吸うのだな」
まさか本当に貰うとは思っていなかったようで、彼は目を丸くしている。
「ああ、しばらく吸っていなかったが、仕事柄、少しな」
集中力を一時的に上げるため、精神的な負荷から逃れるため、俺の周りでは煙草を吸っているのが当たり前だった。煙草よりも悪質な薬物に手を出す者も少なくなかった。
「闇の稼業か……」
「ああ、バレていたのか」
何も考えていないように見えて、よく観察している。
「俺だって武人のはしくれだ。お前の所作を見ていればそれが日に当たって生きてきたもののそれではないとわかる」
「そんな俺がミルカと旅をしていて心配か?」
「いや、お前がいてくれてよかったと思っているよ」
ジョンはこちらの目を見てそんなことを言ってくる。
「よかったときたか」
「ああ。あれであの子は武人の娘として厳しく育てられた。その上放浪の憂き目に遭ってきたりもした。だからなのか、無邪気に見えてもひどく常識的だったり大人だったりすることがあるように思う」
ジョンの言葉に思わず頷く。確かに天真爛漫に見えるミルカだが、彼女が無茶なことをしているのはあまり見ない。ヘルミナ相手にも最後まで遠慮をしていたのは彼女だったように思う。
「アヤノもエリスも彼女の友としてはこれ以上ないほどに素晴らしい。ただミルカの全てを受け入れるほどに成熟しているかと言われるとな。その点、お前はいつでも冷静で精神的に強靭だ。この事件、ミルカにとって一生の傷になるかもしれん。その時お前みたいな奴が傍にいてくれると少しは安心できる」
「なるほどな……」
沈黙が訪れる。葉巻を吸い、煙を吐くことで間を埋める。
彼が何を予感しているのかは知らないが、ミルカはもう既に俺の仲間だ。彼女を傷付けるような事柄からは守りたいと思う。
部屋はアヤノたちと相部屋だった。メイヴィスが個室を用意しようとしてくれたので、断ったのだ。
「おかえりー、ジョンと何を話していたの?」
「少しな」
「もしかして、街の殺人事件のこと?」
「まあ、そんなところだ」
「城の犯人と同じ人なのかなぁ」
「まだわからんが、その可能性は十分にあるだろうな」
「街の人もってなったら、本当に大変だね……」
アヤノの表情が曇る。
ミルカの方を見てみると、彼女も深刻そうな顔で何かを考えている様子だった。
「まあ、今考えても仕方ないんじゃないか? 今は手がかりが少なすぎる。さっさと寝て明日への英気を養うしかないだろう」
空気を変えるよう、明るい声で言う。
「そうですね。そうしましょう」
エリスもベッドに入る。アヤノとミルカもそれに倣うのだった。
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