城内の怪事件
俺たちは首都に続く道を馬で駆ける。
「なんであんなに野盗がいたのかわからなかったなあ。多分、これじゃ解決にはならないよね」
アヤノがぼやく。あの後いくつか野盗の住処を潰したが、結局あの熊獣人から得た以上の情報は得られなかった。
「そういえばミルカのお父さんの異名って……」
「うん、共和国の双璧って言われてたんだよ」。
「双璧ならもう一人いるの?」
「それがジョンおじさんなの」
「へー、あのおじさん、意外とすごい人だったんだね」
アヤノの言いぐさはずいぶん失礼だが、言わんとしていることはわかる。人のよさそうなジョンが一騎当千の猛者というのは想像がつかない。
それにしても、熊獣人が最期に残した言葉が気がかりだ。まるで死んだミルカの父が黒幕とでも言いたげだった。生きているということはあり得ないにしても不死者となってよからぬ連中に担がれているということは十分に考えられる。彼には英雄と呼ばれた栄光がある。王に追放されたという点も、反体制派の神輿には最適だろう。
しかし、もしそうだった場合、ミルカは一生癒えない傷を心に負うことになるのではないか。そんな不安が道中ずっと付きまとっていた。
「何を考えているのですか?」
エリスが馬を並べてくる。
「いや……」
「あまり推測ばかりしてもいいことはありませんよ。それこそ死者に踊らされることになります」
それは、自分に言い聞かせているようでもあった。
首都が見えてくる。相も変わらず城壁は凄然とそびえたっていた。
「そうか、手掛かりはなしか……」
王はがっくりとうなだれる。その顔には疲れが刻み込まれていた。
「すまないな。大見得を切った結果がこれで」
「いや、お前たちはよくやってくれている。実際国境付近の治安は良化したと報告を受けている」
「じゃあどうしたんだ? 随分疲れているように見えるが」
俺が聞くと、王は躊躇う素振りを見せる。
「うむむ……」
その様子を見かねて、今まで黙っていたジョンが口を挟む。
「我が王よ、ここまできたらあの件も彼女たちに頼ってみては?」
「しかしな……」
「王さま、ミルカたちに出来ることならなんでもします。だから話してくれると嬉しいです」
ミルカが一歩前に出る。
「うむ……ではジョンよ」
「はっ」
王の合図でジョンが人払いをする。やがて玉座の間には王とジョン、それに俺たちだけになる。
「それで、一体どうしたの?」
アヤノが訊ねる。王は「うむ……」と髭を撫でてから話し始める。
「お前たちが山賊退治に行ってからしばらく経って、王宮で怪死事件が頻発するようになったのだ」
「怪死ですか?」
エリスが怪訝な顔をする。
「ああ……原型をとどめぬほどぐちゃぐちゃにされた者、全身の皮が裂けた者、それらが度々王宮で発見されている。特徴的なのは、犠牲になっているのは皆、この王宮である程度の立場を持っている者ということだ。衛兵や料理番などは一切欠けていない」
「ということは、武官や文官が殺されているということか?」
「そうだ。文官が多いが、武官の被害もいくつか出ている。もっとも、遺体を判別するのは難しく、行方不明になった者から割り出すしかないがな」
ジョンは唇を噛む。恐らく彼の仲間も犠牲になったのだろう。
「それって、一大事じゃないですか」
エリスの顔色が変わる。国家の中枢を成す人材たちが次々殺されるというのは、かなりの危機なのかもしれない。
「そうだ。だから人払いをしたのだ。幸いと言うのは違うかもしれんが、遺体の判別は難しい。発見者たちは重臣が死んだとは思っていない。それでも時間の問題だろう」
「キャー!」
と、悲鳴が聞こえてくる。下の階からだった。
「またか……」
王は頭を抱える。
「いくよ!」
「うん!」
真っ先に駆けだしたのはアヤノとミルカだった。俺、エリス、ジョンもそれに続く。
下の階に降りると、ある部屋の前に人だかりができていた。俺はそれをかき分け部屋の中に入る。
「うっ……」
まず俺を襲ったのはむせ返るほど濃い血の臭いだった。視覚が情報として認識されたのはその後だった。
その様相は先ほどジョンに聞いたものに相違なかった。そこにあったのは死体というよりも肉塊と言った方が正確に思えるほどだ。
それは、上半身と下半身が切り離されており、特に上半身部分は酷い有様だった。胴体には人間の頭が入るほどの穴が空いており、頭に当たる部分は潰されたのか、脳漿が飛び散るばかりで形を留めていない。
「くそっ、またか……」
「酷いですね、これは……」
ジョンとエリスもこの死体に近寄るのは若干の躊躇があるようだった。
「ごめん……ちょっと私無理かも」
先に辿り着いていたアヤノが青白い顔で部屋を出ていく。しかしそれは無理もないことだろう。肥溜めで育った俺ですらここまで酷い臭いと光景は初めてだった。
ミルカも呆然とした様子だった。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。それよりも調べなきゃね」
気丈に振舞ってはいるが、ミルカの顔色もアヤノ同様悪かった。俺は彼女を制する。
「待て、ミルカ」
「どうしたの、アルお姉ちゃん」
「俺が調べよう」
同族の変わり果てた姿を彼女に見せ続けるのはあまりにも不憫だった。
「でも……」
「吐かれても敵わんからお前は下がっていろ。こういう仕事は俺の役目だ」
こんな時、捻くれた物言いしかできない自分が歯痒い。しかし、ミルカは柔らかく微笑む。
「うん。ありがとうね。アルお姉ちゃん……」
「お前はアヤノの様子を見ておいてくれ。あれだと城内でゲロを吐くかもしれん」
「うん、わかった」
ミルカが去るのを見届け、死体を調べる。
しかし、状態が状態なのでこれと言った手がかりもない。
「どうだ? 何かわかったか?」
ジョンが訊ねてくる。
「一撃で胴体が切断されているな、しかも剣で斬ったわけではなく無理やり引き裂いたみたいに。こんなことは獣人の力で可能なのか?」
「いや、俺より大柄なウェアベアーやウェアエレファントでも無理だろうな」
俺と対峙した熊獣人を思い出す。手負いの状態で城壁を破壊する奴の膂力は凄まじいものだったが、あれ以上となると想像するのも難しい。
死体の周りに目を向けてみると、黄色い獅子の紋章が落ちていた。
「それは文官が付けているものだな。武官が付けている紋章には星で階級が表されている」
「なるほど……」
かなり大柄に見えるこの死体だが、どうやら文官らしい。
「あとは、獣人と言えば頭に特徴があるものが多いな」
耳などに種族を表す特徴が表れているはずだ。何かないものかと脳漿を漁る。
「ちょ……何やっているんですか」
エリスが狼狽した声を出しているが、無視をして漁り続ける。
「ん?」
手に硬いものが触れる。頭蓋骨の破片かとも思ったがどうやら違うらしい。
「これは……牙か?」
取り出してみると、尖ったものが出てくる。
「見せてくれ」
ジョンにそれを手渡す。彼はそれにこびり付いた脳漿を拭うと、じっと観察し、やがて結論を出す。
「これはツノだな。おそらくウェアライノセラスのものだろう」
「サイか……」
それならこの体躯の大きさにも得心がいく。
「ウェアライノセラスの文官は数えるほどしかいない。恐らく今日中に特定されるだろう。礼を言うぞ。アル殿」
「いずれわかったことだろう。大したことはしていない」
「弔いも弔問も早い方がいいさ」
ジョンは目を閉じる。犠牲者の冥福を祈っているのだろう。俺とエリスもそれに倣う。
「ところでアル、いつまでその手なんですか?」
「ん?」
エリスに言われ、自分の手を見ると、血まみれだった。
「早く洗ってきてください。少し怖いです」
「ああ」
俺は城の外に出て、堀に降りると、そこに手を突っ込んで血を洗い流す。
「ん?」
ふと、血に混じって何かが流れていることに気付く。
目を凝らすと、それは毛だということに気付く。
それは流水で金色の輝きを取り戻しながら何処かへ流されていく。
「金の毛……」
そう言えば、王も金の毛だったな。
「ばかばかしい」
一瞬浮かんだ疑惑を振り払う。金の毛を持った種族などいくらでもいる。しかも、それを持ったものが犯人とは限らない。単にあの部屋を利用した者の毛が混じっただけかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます