怪力の熊獣人
俺たちはジョンに用意してもらった馬に乗り、野盗や反乱が頻発しているという国境付近まで急いだ。
「それにしても、首都はすごいところだったねぇ」
しみじみとアヤノがつぶやく。
「世界中見渡しても、獣人があそこまで協力して身を寄せ合っている国はメイオベルくらいでしょうね。獣人とひとくくりにされていても様々な種族がいますから。どうしても軋轢は生まれてしまいます」
確かに、首都には様々な獣人がいた。ミルカやジョンのような犬、王は獅子で、フェリペという文官は鼠だろう。街に出ればもっと様々な種族がおり、彼らは独自のコミュニティーを持っている。そのすべてをまとめるというのは途方もない作業に思える。
「だから、首都のあの美しい城壁も、この広大な運河も天文学的な幸運と努力の上で成り立っているのですよ。なんとかして守りたいものです」
エリスは瞳を輝かせながらメイオベルの魅力を説く。それを聞いてミルカも嬉しそうな顔をする。
「えへへ……メイオベルの運河は世界一だってパパもよく言ってたよ。その運河からお船がいなくなるのは寂しいから、絶対悪者をやっつけたい」
「ああ、そうだな」
今更ミルカの境遇に同情などする野暮な者はこの場にいなかった。だが、紆余曲折あっても祖国を愛する彼女を全力で助けたいという気持ちになっていた。おそらくアヤノもエリスも同じ気持ちだろう。
そんな話をしていると、前方で荷車が止まっているのを見つける。
まだ距離があったので目を凝らすと地面には人が倒れており、荷車から荷物を運び出している者がいた。
「盗賊だな……」
「え、本当に? 助けなきゃ!」
俺の言葉を聞くや、アヤノは覚えたばかりの馬術を駆使してさっさと先へ行ってしまう。
「あ、おい。一人で先行するな!」
慌てて後を追うも、俺たちが追いつく頃には彼女が野盗を追い散らした後だった。
「えっへっへー、余裕!」
得意満面といった様子のアヤノ。
「それで、野盗は捕らえたのか?」
「え?」
「野盗を捕らえて黒幕を聞き出すのが目的だろうが」
「あー……えへへ」
なぜ笑う。まあいい、幸い地面に倒れている商人風の男は気絶しているだけのようだし、莫迦を咎めるよりこちらの手当てが先だろう。
「うーん……」
男が目を覚ます。
「大丈夫か?」
「ひいいいい、命だけは、命だけはご勘弁を!」
平静を失った様子で、俺の脚に縋り付き命乞いをしてくる。
「いや、そうじゃなくて……」
「妻も息子もいるんです! どうか!」
「落ち着け」
「あいたっ」
あまりにも話が通じなかったので、頭に一発食らわせる。
「山賊はもう消えた。だから落ち着け」
「えっ、もしかしてあなたが助けてくれたのですか? なんとお礼を言ってよいのやら」
「礼はいい。それよりもあの野盗共について知っていることがあったら教えてほしい」
「はぁ……あいつらはここら辺で暴れてる反乱軍ですよ」
「反乱軍?」
ただの野盗ではないということか。
「なんでもある宗教一派が蜂起したとかで、拡大を続けているそうです。頭はデマリア人だとか。お嬢さんも見たでしょう。さっきの野盗も人間族ばかり! ありゃきっとデマリア人ですよ。まったく迷惑な連中だ。こちらはまともに商売もできやしない」
耳の毛を逆立てて不満を言う商人、どうやら彼らの中でデマリアへの印象は最悪らしい。
「その反乱軍とやらのねぐらはわかるか? そこに頭がいるのだろう?」
「奴らはいくつもの拠点を持っているのでなんとも。ただ、この前、西の廃砦から奴らが出入りしているのを見ましたよ。ありゃ相当な規模の拠点だ」
「じゃあそこに案内してもらおうよ」
アヤノの言葉に、商人はぎくりとした顔をする。
「え、嫌ですよ。あんな物騒なところに近づくのは。この前だって命からがら逃げ帰ってきたというのに」
「大丈夫大丈夫、私たちが守るから」
「ああ、それほど近くまで行かなくてもいい」
俺もアヤノに追従する。
「うむむ……ええい、わかりました。お嬢さん方は命の恩人ですからな。それに、奴らを退治してくれるというならこちらも助かることですし。わかりました。一肌脱ぎましょう!」
こうして、俺たちは商人の案内で西に向かうことになった。
メイオベル北西部――デマリアはともかく、魔族領域とも近いこの地域はいよいよ人の通りも少なくなっていた。整備されていた街道も徐々に荒れてくる。
「うーん、なんだか寂しいところだね」
アヤノがつぶやく。
「仕方ありません。この辺りは戦火の絶えない地域ですから」
「ミルカも来たことあるけど、前からここら辺はこんなだったよ。もっと人が住めるようになればいいんだけど……」
「あ、ありましたよ。あれが反乱軍の拠点です」
商人が遠くを指さす。たしかに、指の先には砦らしきものがあった。
「あれが……もう大丈夫だ。無理に案内を頼んで悪かったな」
「いえ、お嬢さん方も無理はしないようにしてくださいよ」
そう言い、商人は去っていく。
「じゃあ、行くよ」
アヤノが剣を抜き、俺やミルカもそれに倣う。
エリスの放った火球が合図となった。まずは混乱して外に出た連中を片付けていく。
「な、なんだお前――」
「名乗る名などない」
両手に持った短剣で、一人、二人と血祭りにあげていく。
「おめえたちじゃ話になんねえ、どけ」
前に出てきたのはひと際体躯が大きな獣人だった。古びた鎧を着ていて、そこにはメイオベルの象徴である獅子の紋章が入っていた。軍人崩れ風のその男は俺を見て嫌な笑いを漏らす。
「ほお、こいつは上玉じゃねえか。こりゃデマリアに売ったら金になりそうだ」
「下郎が……」
この手合いはよく見るがその嫌悪感が消えることはない。虫唾が走る。
「まあ、その前に俺が楽しませてもらうがな!」
男は力任せに剣を振る。無論、自分より頭二つ三つ大きな相手の剣を短剣で受けることなどはできない。躱して隙を伺う。
「ちまちま避けてんじゃねえぞ! おらぁ!」
「チッ……!」
粗削りな剣技だった。アヤノの剣舞と比べるべくもない。しかし、それが未熟とみなされるのは人間に当てはめた場合のみだ。
彼がどれほど力任せに剣を振ってもその予備動作は小さく、また、持久力にも秀でているため長期戦にも対応できる。
だが、こちらも意味なく短剣を使っているわけではない。わずかな間隙を縫って相手を斬りつけていく。
「はっ、ちまちま刺したところで俺には効かねえよ!」
再び剣を振りかぶり、斬りかかってくる。先ほどよりも見やすくなった剣筋をあえて紙一重で避け、その太い脚を払う。
「ぬおっ」
倒れた獣人の喉元に向け短剣を突きだすが、彼は巨躯を俊敏に転がして避ける。
「てめえ――ぐあっ」
起き上がりざまに何度か短剣で斬りつける。苛ついたように彼は吠える。
「てめえがどれだけ斬ろうが無駄なんだよ!」
「それはどうかな?」
「何っ――」
俺は彼に肉薄すると、彼が反応するよりも早く斬りつける。そのまま距離の詰まった状態で、彼の繰り出す剣を全て避け、こちらは全ての斬撃を与えていく。
「ぐあああ! なぜだ、なぜ人間如きが!」
「お前の動きは全部見切ったよ。ずいぶん簡単な相手だ」
なんのことはない、短剣に麻痺毒を塗っているだけで、俺の動きが速くなったわけではなく向こうの動きが鈍くなっただけだ。
しかし、こちらの思惑通り、奴は焦り、激高しこちらに突進してくる。
無論、動きの鈍くなった相手の焦りからでた攻撃など避けるのは容易だ。奴は砦の壁にぶつかり、崩れてきた石垣の下敷きになる。
周りを見ると、他もあらかた片付いていた。逃げていく連中をわざわざ追わなくてもいいだろう。
俺は瓦礫の下から獣人を引きずり出すと縛り上げる。おそらく幹部であろうこの男なら何か知っているかもしれない。
「こっちは大体終わったよー、ってでか!」
アヤノたちがこちらへやってくる。気絶した獣人を見て目を丸くしていた。
「一番偉そうだったからなにか知っているかと思ってな」
「獣人も反乱軍にいたんだね。この人、熊?」
「熊だな……」
「ちっ、俺を捕まえてどうするっていうんだ? さっさと殺せ」
見ると、熊獣人は目を覚ましていた。こちらを睨みつけるその眼には覚悟の色が浮かんでいた。
「野盗風情が案外潔いじゃないか」
「ふん、お前たちから見たらそうなんだろうな。だが俺は今でも立派な騎士だ」
「騎士ということは誰かに仕えているのか?」
「ああ、だが言わないぜ」
「お前はこそこそと逃げ回っている野盗同然の臆病者を主と呼んでいるのか? ならお前も野盗だな」
「てめえ……この縄を解きやがれ! ぶっ殺してやる!」
男は縄がちぎれるのではないかというくらい暴れる。ここまで短絡的であれば聞き方次第で情報を漏らしてくれるかもしれない。そんな思いも空しく、彼は口を割ることはなく、時間だけが過ぎていった。
「中々口が堅いですね……」
「ああ」
「だから俺は言わねえっての。もういい加減諦めたらどうだ?」
「ねえ、おじさんはなんでこんなことをするの? メイオベルが嫌いなの?」
唐突に、ミルカが問う。
「ああ、嫌いだね。あの短絡的な王のせいでどれだけの戦士が路頭に迷ったことか」
ミルカの父が追放された話を思い出す。あの王は感情に流されやすい性格のようだ。
「逆に聞くが、お前にはあるのかよ。あの暴君に仕える理由が。獣人は本来もっと自由なものだ。野を駆け回り、獲物を食らって、何にも縛られずに生きていく。それをメイオベルは邪魔している」
「確かに、ミルカもおうちにいるより原っぱを走り回る方が楽しいよ。でもミルカは、メイオベルの街も好きだし、何よりパパみたいな英雄になりたいの!」
「パパ……?」
「うん、共和国の双璧と言われたパパみたいな英雄に!」
突然、男が笑い始める。
「くっく、そうか。お前がウォード将軍の娘なのか……くくっ、こりゃ傑作だ」
「何がおかしいの?」
アヤノは男に詰め寄るが、彼は続ける。
「これを笑わずに何を笑えって話だ。なぜなら我が主は――ぐわあああ!」
男は喋っている途中で突如苦しみ始める。彼の断末魔は耳を覆いたくなるような、苦痛に満ちたものだった。そして、地面に倒れ動かなくなる。
エリスは彼の様子を見るが、やがて首を横に振る。
「……駄目です。死んでいます」
「そんな……なんで?」
突然の出来事にショックを隠せないアヤノ。
「どうやら呪いをかけられていたようです」
主人に関することを喋ろうとしたからだろうか。中々にえげつないことをする。
しかし、それなら何を喋ろうとしたのか。ミルカの父に関係していそうだったが……
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