百獣の王

 ジョンとの約束から数日後、俺たちは王と対面していた。

 気を張っていないと気圧されてしまいそうな男だった。立派な体格と威厳に満ちた表情はもちろん、壮年に差し掛かって尚、金色に輝くたてがみは王冠以上に王者である証に思えた。

「なるほど、魔王退治の一行と聞いていたからどんな連中かと思っていたが、相当な手練れ揃いのようだ。それに……」

 王はミルカに目を向ける。

「父によく似た、勇猛な戦士に育ったようだな」

 ミルカが肩を震わせる。彼女が王に向ける視線の中には、どこか怯えが感じられた。

「お前の父――ウォードのことは済まないと思っている。俺が生きてきた中で最大の失態だ。城内のくだらぬ噂話を真に受けて、奴を追放してしまった」

「っ」

「ミルカ、お前さえよければ、父の跡を継いで――」

「おや、誰かと思えば、謀反人の娘じゃないですか」

 王の言葉を遮るようにして現れたのは、小柄な文官風の男だった。鼠の耳をしたその男はミルカを見るなりせせら笑う。そんな彼をジョンは叱責する。

「こらフェリペ! 王の御前だぞ!」

「おっと、これは失礼。ですが王よ、よもやその小娘を取り立てようなどと思っているわけではありますまいな? その謀反人の娘を」

「下がれフェリペ、口が過ぎるぞ。ミルカの仲間が貴様を八つ裂きにしたとて俺は文句を言えん。戦士の誇りを不用意に傷付けるな」

 当のミルカはうつむくばかりであったが、アヤノは全身に殺気を漲らせ、今にもフェリペに飛び掛からんばかりの様子だった。

「では失礼させていただく。そこな人間のお嬢さんに殺されてはかなわんのでね。ですが王よ、軍人というのは自らの領土を広げることしか考えておらぬもの。あまり重用すれば敵を多く作ることになるでしょう」

 言いたいことを言って、フェリペは去っていく。真っ先に怒りを爆発させたのはアヤノだった。

「なにあいつ、ムッカツク! 勝手なことばっか言って!」

「気持ちはわかるが、落ち着け」

 王の前で怒り狂うアヤノをなだめる。

「でも……!」

「アヤノお姉ちゃん、ミルカは大丈夫だから。だから今は王様の話を聞こう?」

「わかったよ……」

 当のミルカにたしなめられ、流石のアヤノもおとなしくなる。

 場が落ち着いたのを感じた王は、再び話し始める。

「わが国では武人が力を持っていてな。それが文官たちは気に食わないらしい。あれでフェリペも国を憂う気持ちからああいったことを言うのだ。どうか許してやってくれ」

「そうかなあ……」

 アヤノは釈然としない顔をする。確かに、フェリペの言った通り、軍人を重宝しすぎれば帝国のように敵を多く作る恐れがある。とはいえ、奴の卑しい顔と言葉は好感が持てるものではなかったが。

「ミルカよ、フェリペの言うことは気にせんでよい。父の足跡を継いでメイオベルの将軍にならんか? ウォードの娘であれば兵たちも歓迎するだろう」

「ううん。あ、いえ。ミルカは今、魔王を倒すために旅をしているんです。メイオベルに仕えることはできません。ごめんなさい……」

「そうか……残念だが仕方あるまい。だが魔王退治とはな。俺に協力できることがあれば協力しよう」

「えっと、じゃあね、今、メイオベルでどんな問題が起こっているのか教えてほしいです」

「問題?」

「メイオベルは魔族と交戦中なのに、帝国ともデマリアとも仲が悪いよね。元々は仲良かったのに。なんでなのか教えてほしいです」

 そう、魔族の領域の隣に領地を構えるメイオベルは、長年デマリアや帝国などの隣国と友好を築いたうえで魔族と対峙していたのだが、ここ数年はそのどちらとの関係も悪化している。そのせいで国境付近の小競り合いが頻発し、メイオベルは魔族に集中できない状態になっている。長年保たれていた均衡が危うくなっているのだ。

「うむ……帝国に関しては言わずもがなだ。奴らは我らが同族を奴隷とし、侵略を続けている。これを見過ごすことはできん」

当然の結果といえば当然の結果だ。こちらに関しては、ヘルミナに期待するしかない。

「では、デマリアは?」

 エリスが訊ねる。

「デマリアとの国境付近で山賊がよく現れてな。運河や街道を襲われて物資を奪われることが多い。それに、あの辺りで急に反乱が増えたのだ。どちらもデマリアの工作なのではないかという声も多く、国内でデマリアに対する不信感が大きくなっているのだ。大きな戦争をすることは無くても魔族を相手に連携を取れる関係性ではなくなっている」

「つまり、その問題が解決すればデマリアとの同盟もあると?」

「うむ、今は臣民の中での彼らに対する印象が悪すぎる」

「じゃあ、ミルカたちがそれを解決します!」

 手を挙げてそう宣言するミルカに、王は目を丸くする。

「お前たちが解決するというのか?」

「ミルカたちがその悪い人たちの親玉を捕まえてみせます!」

「どう思う、ジョン」

 王はジョンに意見を仰ぐ。

「は、今のわが軍は魔族の相手で精いっぱい。正直なところ、反乱や野盗に兵を割いている余裕はありません。彼女たちほどの手練れであれば縋ってみるのも一つの手やもしれません」

「うむ……では頼めるか? ミルカとその仲間たちよ」

 王の問いに、ミルカは勇ましく頷く。

「はい!」

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