出発の日

「皆さん、この度は本当にお世話になりましたわ。またいらしてください」

 翌朝、俺たちは城門前でレオノーラとクリスタに見送られていた。

「あなたたちが出発するというのに、ヘルミナ様、部屋から出てこないのよ。何かあったのかしら?」

 クリスタがため息をつく。後ろからアヤノの刺すような視線を感じる。

「まあ、よろしく言っておいてくれ」

 一抹の寂しさは残るが、自分で招いた結果だ。仕方がない。

 街道に向けて歩き出す。

「アルの言うこと、私やっぱわからない。でも、ヘルミナのためを思って言ったことなんだよね?」

「さあな」

「ごまかさないで」

「……ああ」

「じゃあ、ごめん。私は自分の感情に任せてアルにひどいこと言っちゃった」

「元々気にしていない」

 街道が見えてくる。町の入り口に建った門を守っている衛兵がこちらに声をかけてきた。

「道中、気をつけてな」

「ああ、どうも」

 軽く会釈をし、最後に帝都を眺める。相変わらず貴族はきらびやかな恰好をしていて、亜人は見すぼらしい恰好でせわしなく駆け回っている。次来るときはこの景色も変わっているのだろうか。

「姉様ー!」

 ふと、声が聞こえる。目を凝らすと遠くから何かが走ってきていた――クリスタがすごい速度で馬を走らせている。観劇帰りの貴婦人が迷惑そうな顔で道を開けていく。彼女が近づくにつれてはっきり見えてくる。彼女の後ろにはヘルミナが乗っていた。

 そして、俺たちの前で馬を止めて、降りてくる。

「姉様、昨晩はわがままを言ってすまなかった。みなも困ったであろう」

「いや……」

「余は帝国を変える。姉様たちは魔王を倒す。そのどちらもが成就した暁には戻ってきてくれまいか? これはわがままではあるまい。妹として当然の権利であろう?」

「……!」

 これは逃げられそうになかった。クリスタを口説いた時と同じだった。自分の中に理があるヘルミナはきっと折れない。俺が嫌だと言ってもこの世の果てまで追いかけてくるだろう。

「わかったよ……」

 苦笑しながら頷く。

「絶対だぞ。絶対魔王を倒して戻ってきてくれ!余も絶対いい国を作るから!」

「わかった。約束しよう」

 どの道行き場のない身だ。

しかし、彼女は俺を姉と思っている。隠しているつもりはないのだがそれがバレた時どうなってしまうのだろうか。

「大丈夫、姉でも兄でもヘルミナ様は気にしないわ」

 俺の心を見透かしたようにクリスタが耳打ちしてくる。

「……ッ! もう行く。またな」

 その姿が見えなくなるまで、ヘルミナは手を振ってくれた。

「うん、やっぱこっちの方がいいよ」

 すっかり笑顔になったアヤノがつぶやく。たしかに、彼女の言う通りなのかもしれない。

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