エリスの発明品

「それにしても流石だったね。ヘルミナ」

 アヤノがベッドに寝転がりながら言う。

 俺たちは客人としてもてなされ、城内の一室を貸してもらっていた。

「確かに理不尽なことも多いけど、この世界の人たちはすごいよ。みんな一生懸命生きているんだもん。私はヘルミナみたいに生きるの絶対無理だな」

 思うところがあったのか、しんみりした様子だ。

「お前だって異国の地で必死に戦っているじゃないか」

「そう見える?」

 珍しく含みのある言葉だ。どう言葉を返そうか。

「じゃあ労ってよ……身体でねっ」

 言葉選びに迷っていると、彼女はすぐにいつもの調子を取り戻しこちらのベッドに飛び掛かってくる。

「ここか?ここがええのんか?」

「やめろ変態!」

「アルは本当におっぱい小さいなぁ、でもそこも可愛いっ」

 ただの胸板だ。可愛いも糞もあるか。

 エリスもミルカも慣れたもので、こちらで乱痴気騒ぎが起こっているというのに錬金釜を見てニヤニヤしたりお手玉をしたりとすっかりいない者扱いだ。

 ふと、扉がノックされる。

「少しいいか?」

「はーい」

 ヘルミナの声だった。エリスが返事をすると、部屋に入ってくる。

 そして部屋で起こっている騒ぎを半眼で見ると、こちらへ来て変態を剥がしてくれた。

「あー」

 ぺいっと自分のベッドに投げ捨てられるアヤノ。

「姉様は人気者だな」

 なぜかこちらへの視線も冷たい気がする……

「それで、どうした?」

 姉の威厳が壊れないうちに本題へ入る。

「うむ、森や河川の汚れについてなのだが、抑えることはできても回復には時間がかかるだろう?何か妙案がないかと思ってな」

 ヘルミナはエリスに視線を向ける。

「はい、それは私も研究していました。そのために錬金術を始めたと言っても過言ではありませんから」

 そうだったのか。彼女の発明品は爆弾しか知らなかったから意外だった。

エリスは鞄からいくつか瓶を取り出す。

「こちらは汚水の毒素を中和する薬物で、こちらは植物の成長を促す栄養剤です。私一人では中々環境を変えることはできませんでしたが大量生産できれば一定の効果はあるはずです」

「貴重なものだろう。いいのか?」

「はい。この国の緑を取り戻すというのは私の悲願でもありますから。私一人では作れる量にも限りがありますし」

「……ありがとう。おぬしらには感謝してもしきれないな」

「とはいえ薬は薬。人の身体と同じで原因を抑えない限り悪化の一途を辿るでしょう。陛下ならわかっていると思いますが」

「うむ。この薬、無駄にはしない」

 ヘルミナは神妙な表情で頷く。そして、一拍置いてから意を決したように口を開く。

「ところでおぬしら、帝国に住む気はないか?」

「どうした、いきなり」

 俺の言葉を無視して、彼女は続ける。

「住まいは余が見つけるし、おぬしらの能力であれば仕事もたくさんあるだろう。どうだろうか?」

「でも、私たち目的があって旅しているから住めないよ……」

 アヤノが言いづらそうに答える。

「もし望むなら爵位も、城での役職も与えよう。だから……」

「おいおい……」

「余は姉上や皆にそばにいてほしいのだ。駄目だろうか?」

「駄目だな。論ずるに値しない」

「アル!」

 俺の冷たい言葉にアヤノから咎める声が出るが、俺は無視して続ける。

「クリスタならともかく、流れ者の俺たちに爵位を与える?それこそ家臣に面目が立たないだろう。お前はせっかく取り戻した自分の権威を安売りしようとしているんだぞ」

「安売りなどではない! 有能な者は身分を問わず取り立てるのが初代皇帝であるハインリヒが打ち立てた方針だった!」

「だが、今は違う」

「そんなもの、余が元に戻す!」

「それには時間がかかる。今、いい思いをしている連中を説き伏せなくてはいけないのだから。そして強引に俺たちを取り立てれば反感を買ってその道は更に遠のくように思えるがな」

「姉様の馬鹿! なんでわかってくれないんだ!」

「とにかく、俺たちにはやるべきことがある。お前の庇護の下で安穏と暮らすのは御免だ」

「っ!」

 ヘルミナは俺の言葉を聞き悲しそうな顔をすると、そのまま部屋を出て走り去ってしまう。

 アヤノが俺を睨みつけてくる。

「アル! なんであんな言い方したの⁉」

「でも、アルの言葉は間違っていませんでした。私たちを取り立てるなんてことをしたら無用な火種を増やすだけでしょう」

「ミルカもそう思うよ。アルお姉ちゃんはヘルミナちゃんのためを思って言ったんだと思う」

「でも……ヘルミナ泣いてたよ。追いかけなきゃ!」

「放っておけ」

「なんで! 見損なったよアル!」

 ベッドに横になり、言い捨てると、アヤノも部屋を飛び出していく。

「アルお姉ちゃん……」

 ミルカが心配そうに声をかけてくるが、どうにもばつが悪く、寝たふりをする。

 しばらく経ってアヤノが気落ちした様子で帰ってきた。気がかりだったが聞くわけにもいかず、もやもやした気分で帝都最後の夜を過ごしたのだった。

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