ヘルミナの号令

 それから俺たちはクリスタの小屋で一晩を過ごした。前の晩はパンとベーコンしかくれなかったクリスタだが、今度は腕によりをかけて料理を作ってくれた。

 そして、その彼女を加え、山を下りて帝都まで戻ったのだった。

「え、へ、陛下⁉ご無事でしたか!」

 攫われた若き皇帝の帰還に、城の門を守っていた衛兵も面食らっている。

「一緒にいる者たちは……?」

「うむ、道中で余を助けてくれた者たちだ。大事な賓客だから粗相のないように」

「はっ!」

 俺たちが皇帝を攫った張本人とは露知らず、彼らはこちらに敬礼してくる。

 そして、玉座の間に入ると、彼女はクリスタを横に立たせ、家臣を集める。俺たちも一番後ろから彼女たちを見守っていた。

 家臣たちはクリスタに対する不審そうな視線を隠そうともしない。やがて、一人の老臣が前に出て問う。

「陛下、我々を集めてどうしたのですかな。それにそのエルフは一体……」

「今日から宰相として余に尽くしてくれる者だ」

「なんと、なりませんぞ!たしかに宰相は先代以降空位でしたが、陛下とはいえそのように慣例を無視した人事を許したとあっては、このグレゴール、亡き御父上、ひいては神君ハインリヒ様に合わす顔がありませぬ」

「ほう、神君ハインリヒに合わす顔がないと?」

 ヘルミナが口の端を上げる。

「いかにも、このような暴挙をなさるというのであれば帝国五代に仕えたこの老人を殺してからにしてくだされ」

 それに返事をしたのはヘルミナの言葉ではなく、クリスタの笑い声だった。家臣の間でどよめきが広がり、グレゴールが口角泡を飛ばし怒鳴る。

「な、なんだいきなり、無礼だぞ!」

「あら、悪かったわね。でもグレゴール、あなた五代に仕えたと言ってもハインリヒ様の時代はほんの子どもだったじゃない。それなのに無理言ってついてきたのよね」

「い、いったい何を……?」

「年老いて忘れてしまったのかしら。あなたに政治を叩きこんだのが誰だったか」

「ま、まさか……あなたは……?」

 ヘルミナが前に出る。

「ここにいる大半の者は面識がないだろうから紹介しよう。この者こそ帝国唯一の宰相、クリスタ・フォン・タールバッハだ」

 再びどよめきが広がる、老いた政治家は涙を流し喜び、卑しい佞臣はうなだれる。若き将校は憧れの眼差しをクリスタに送り、野心的な元帥は歯噛みする。しかし、いずれにしても彼女が宰相ということに異を唱えるものはいなかった。

「今こそ初代ハインリヒに倣うべき時が来た!奴隷制の廃止、隣国との融和に帝国は舵を切る。そして、世界の安寧を乱す魔王との戦いに備える。各々、心してかかれ!」

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