吹雪の中で
「……さま、姉様!」
目を覚ますと、ヘルミナが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「ここは……?」
「わかりません。だいぶ飛ばされてきたので」
「怪我はないか?」
「はい、姉様が庇ってくれたので。姉様こそお怪我はありませんか?」
どうやら俺が掴んだのはヘルミナだったらしい。軽い者同士で手を繋いでも強風には耐えられないか。
「俺も大丈夫なようだ。とにかく、他の連中を探すか」
雪を踏みしめながら進んでいくが、かなり体力を消耗する。
「ミルカのありがたみがよくわかるな……」
軽い新雪は風で飛ばされて残らないのか、これでも雪はかなり浅い方だ。再会したらちゃんと礼を言わないといけない。
「誰かいませんかー?」
呼びかけている声が聞こえる。その声はエリスのものだった。
「こっちにいるぞ!」
こちらも返事をする。そして声のする方へ必死に歩いていく。
「アル、陛下!」
エリスの顔が見えてくる。ほっとした顔をしていた。向こうから見たこちらも同じだろう。
「他の連中は見てないか?」
「はい。三人でまとまっていてくれればいいのですが」
あいつらはたくましい。ミルカは言うに及ばず、アヤノも体力があるしレオノーラは従軍経験が豊富だ。そうそう死ぬことはないだろう。
それよりも問題はこちらだ。殺し屋に錬金術師に皇帝など雪山では無力だ。
「晴れているうちに雪洞を掘ってあいつらの助けを待つか?」
「情けない話ですがそれが一番いいかもしれません」
しかし、再び吹雪いてくる。俺たちは三人で手を取り合い今度こそ飛ばされないようにする。
「寒い……」
ヘルミナが震える。体力のない彼女にこの吹雪は厳しいだろう。
どうすればいい。
途方に暮れかけた時、吹雪の中から人影が現れる。
「こちらへ……」
そいつは短くそれだけ言うと、俺たちを先導するように歩く。
妖魔の類かとも思ったが、藁をも掴む思いでその声の主についていく。
案内されたのは、素朴な小屋だった。吹雪から逃れてほっと一息つくが、家主を見てぎょっとする。
「外が騒がしいと思ったら、ずいぶん珍しいお客さんね」
俺たちを助けてくれたのは、妙齢とおぼしきエルフの女性だった。知的だが、どこか厭世的な瞳は妖しい色香すら纏っている。
彼女がクリスタなのだろうか。
「明日には天気が安定するだろうから、そうなったら帰ってちょうだい」
彼女は冷たくそれだけ言うと、背を向け奥の部屋に行こうとする。
その背中に声をかけたのはヘルミナだった。
「そなたがクリスタか?」
呼びかけに足が止まる。
「あら、まだ私のことを知っている物好きがいたなんて」
「そなたの名声は百年くらいでかすむものではない」
クリスタが振り返る。眠たげな眼でヘルミナの顔をじっと見る。
「ずいぶん懐かしい顔ね。帝国が滅びたから私に泣きついてきたのかしら」
ヘルミナの中に歴代皇帝の影を見出したか。しかし、辛辣な物言いだ。
しかし、ヘルミナは動じた素振りを見せない。
「幸いと言っていいのか、まだ滅びてはいないが、泣きつきに来たというのは本当やもしれぬな」
「ふぅん……」
しかし、クリスタはすぐに興味を失ったように再び部屋を出ようとする。
「待ってくれ!」
「……」
「そなたの力を貸してほしい」
「嫌よ」
「頼む。余ひとりでは力が足りない。このままでは帝国は滅びてしまう」
「そんなの知らないわ。そうなる道を選んだのはそっちでしょう。勝手に滅びるといいわ」
「ちょっと……!」
あまりに慈悲のない返事に、さすがにエリスも黙っていられないといった様子だったが俺は小声でそれを止める。
「今はやめとけ」
「なぜ止めるのですか。クリスタ様とはいえあのような放言、ヘルミナ様がかわいそうです」
「それを受け止めるのも君主の器だろう」
それに、本当に帝国のことがどうでもいいならわざわざあそこまで辛辣な物言いはしないはずだ。
本当に厄介と思っているのなら角を立てぬよう、やんわりと追い返すのが一番手っ取り早い。
俺にはこのエルフの賢者が拗ねた子供に見えて仕方がなかった。
「頼む。力を貸してくれ。余一人の力ではどうにもならんのだ」
「今更私を巻き込まないで」
「隣国は皆、帝国を憎み、帝国内でも弾圧された少数種族が憎しみを募らせている」
「……」
「余はこの目で見た。無為な戦争によって故郷を追われる老人を、今日の水すら手に入らず、魔術汚染された泥水を啜る子どもを」
「やめて……!」
帝国の惨状を聞かされるたびに、痛ましい表情になるクリスタ。雪洞で聞かせてくれたエリスの推論は正しかったらしい。
「どうかこの通りだ。帝国のため再びそなたの知恵を振るってくれ!」
ヘルミナは深々と頭を下げる。しかし、クリスタは逃げるように奥の部屋に入り、鍵をかけて籠ってしまう。
「子どもか……」
つい、思っていたことが口から出てしまう。
「なんだか私の中にいるクリスタ様像が崩れました……」
エリスも呆れた様子だ。
「度を失うくらい帝国を愛してくれているということだろう。むしろ余は更に彼女が欲しくなったぞ」
しかしこの日、クリスタが再び俺たちに顔を見せることはなく、扉がわずかに開いたかと思うと、その隙間からこちらにパンとベーコンを投げつけてきた。
……食えということだろうか。
「妙なところで律儀ですね。むしゃむしゃ」
それを何の躊躇いもなく食べているエリス。エルフというのは生真面目な印象があったがエリスやクリスタを見ていると存外柔軟な頭をしているのかもしれない。
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