美少女人攫い見参
「起きて、アル、ねえったら」
夜中、寝ていると何やら揺らされている感覚があり覚醒する。目を開けるとすぐ目の前にアヤノの顔があった。
「うわっ!」
「うしし、寝起きドッキリ大成功」
彼女は驚いている俺の顔を見て忍び笑いをしている。つまらない奴め。
「で、なんだ。俺を驚かせるためだけに起こしたのか?」
「まさか」
「じゃあ何の用だ」
「今から城に忍び込むよ」
「……」
しばし言葉を失う。アヤノがおーいと俺の目の前で手を振る。
「なぜ?」
そんな短い疑問しか出てこなかった。
「だってアルって潜入とか得意でしょ」
「当たり前でしょ」とでも言いたげな顔だ。その頬をつまみ、引っ張ってやる。
「いひゃいいひゃい」
「俺が聞きたいのはなんで城に潜入する必要があるのかってことなんだが」
「ふぁっふぇふぉえひゃ」
何を言っているのかわからないので、放してやる。
「皇帝を攫うためだよ」
「……」
再び言葉を失う。こいつの言っていることが理解できない。
「だって城の中から国を変えるって無理だと思うの。昼に私やエリスが話したことだって帝国の一部分でしかないわけだし、実際に見てもらうのが一番いいかなって」
一理ある。確かに実体験に勝るものはないし皇帝が家臣に命じて出かけるにしても街の者は皆気を使い本音を喋らないだろう。
その点お忍びであれば街の者も皆、忌憚のない意見を述べるだろう。
「だが、城の警備は厳重だ」
「昼間に中も見れたし大丈夫でしょ。アルは潜入のプロだし道具も色々あるしね」
そんな能天気なことを言いながら、アヤノはエリスの荷物をあさり始める。
「あった。これこれ」
そして何かの道具――おそらくエリスの発明品だろう。球やら瓶やらをいくつか取り出した。
「よし、じゃあ行こうよ」
「待て待て。危険が大きすぎる」
「危険でもなんでも、行こうよ。アルもあの子の目を見たでしょ。ああいう子は全力で助けてあげなきゃ」
「……」
帝国を語っているときの皇帝を思い出す。悔しさと、聡明さと、大志に満ちた顔。己の宿命を知りながらもそこから抜け出そうともがく者の目をしていた。立場は真逆だが、全くの他人ごととは思えなかった。
「仕方ない……」
いささか強引ではあるが、目的を達成するには悪くない手だった。それに、こいつは一人でも城に忍び込むだろう。
帽子を被り、顔を隠した俺とアヤノは城の前まで向かい、衛兵に見つからぬよう物陰に隠れ作戦を練る。
「表門は閉まってるね。裏門とかあるのかな」
「あっても衛兵が配置されているし、少し面倒だな。玉座の間が二階だから、皇帝の部屋もそこから近いはずだ。城壁を登ってバルコニーから侵入するのが楽だろうな」
「えー、登れるかなあ」
などと言っていたが、アヤノは猿のようにするすると城壁を登っていく。彼女の人間離れした腕力ならば容易いことだった。
「窓か……割ると大きな音が出るな」
侵入できるところがないか周囲を見渡す。
「じゃーん」
そう言ってアヤノは何か筒のようなものを取り出す。
「なんだそれは」
「エリスの発明品。野営で焚火とかする時便利なんだよね。まあ、ライターみたいなものかな」
「らいたぁ?」
よくわからなかったが、アヤノはそれを窓に向けると、筒の先端から炎が出てきた。
窓は炎に焼かれ、ひびが入り、やがて静かに砕け散った。
「単純だが使い道の多そうな魔道具だな」
「うん、ニホンでもよく使われてたよ。すごい発明だと思うんだけど広めたら人間は絶対ろくなことに使わないってエリスはあんま人の前で使いたがらないの」
確かに森を守るエルフからしたらこういう道具が広まるのは不安だろう。こうして今も悪事に使われているわけだし。
バルコニーから中に入り、玉座の間に入る。
「奥の扉が皇帝の寝室かな」
「少し待ってろ」
針金を取り出し、鍵穴に差し込み開錠する。
「すごっ、昔テレビで見た泥棒より早い」
こそ泥などと比べられても嬉しくもなんともない。
そこは予想通り、寝室だった。大きなベッドには小さな皇帝が寝ている。
「こうやって寝てると本当にただの子どもだね……昼は言い過ぎたかな」
「子どもだと思って遠慮することを本人も望んでいないだろう。今更手心を加えるのは失礼だと思うぞ」
「うん……」
俺は帽子を取ってから皇帝の肩を叩き、彼を起こす。
「わぁっ――むぐっ」
驚きの声をあげそうになる皇帝の口をとっさにふさぐ。
「落ち着いてください。昼間に伺ったアルです」
「え、アル殿、それにアヤノ殿、なぜこんな時間にここへ?」
さすがというべきか、すぐに落ち着きを取り戻した皇帝がそう聞いてくる。
「外の世界を知るには実際に見てもらうのがいいかと思いまして、しかし皇帝として外に出ても皆、陛下に気を使うあまり口を閉ざすでしょう。そこでどうでしょうか、我々と帝国の町や村を見て回るというのは」
「お忍びの視察ってわけ。楽しそうじゃない?」
「しかし、余には役目が……」
「貴族共の嫌味を聞いたり、実態のわからない政策の承認をしたりなど少しくらい休んでもいいかと思いますが」
「余が城から消えれば、兵たちが躍起になって探すだろうし……」
「それで軍事行動が止まるのなら結構ではありませんか。大事なのは陛下がどうしたいかです。何をすればご自分のためになるか、国のためになるか。それを考えた上でのご決断であれば我々も身を引きます。いかがなさいますか?」
皇帝は黙り込む。何やら葛藤があるようだった。
やがて顔を上げ、俺の目を真っすぐに見る。
「余は……この目で民の暮らしを見たい。現実を見た上でその意見を取り入れた改革を帝国に起こしたい」
「よく言った!」
アヤノが皇帝の背中をばしんと叩く。とんでもない失礼な行為だが皇帝自身、それを気にした様子はなく、ただ照れ臭そうに笑うのだった。
俺たちは準備を済ませた皇帝と共に寝室を出るが、皇帝を背負ってベランダを降りるわけにもいかず、裏門からの脱出を試みる。
「っ!」
物陰に隠れる。裏門の付近には衛兵が数人巡回していた。
とっさに隠れたので、俺とアヤノがかなり密着する形になる。
「ちょっとアル、近いって」
アヤノが顔を赤くして抗議してくる。
「仕方がないだろう。少し静かにしていろ」
「胸触らないで。そんなに激しくされたら、私……」
「こっちも体勢がきついんだ。陛下、申し訳ないがちょっとだけ避けて貰えますか?」
「わ、わかった」
目を逸らしながら皇帝が身体をずらす。これで俺も体勢を整えることができる。
「よし、これで少し楽に……」
「ちょっと、動かないで……ひぃん!」
「誰だ!」
アヤノの嬌声を聞いた衛兵がこちらに来る。こうなったらしかたない。俺は飛び出して兵士を地面に引き倒し無力化する。
しかしそれで終わる話ではない。周囲にいた兵士も気付き続々と集まってくる。
「アルが変なところ触るから!」
「そんなに変なところは触っていない!」
しかしそんなことを話している間に兵たちは迫ってくる。
「二人とも目つぶってて!」
アヤノが球状の何かを取り出し、投げつける。
それは凄まじい閃光と音を出して破裂する。以前山賊と戦った際にエリスが使用したものだった。
「逃げるよ!」
アヤノは皇帝の手を引き駆け出す。俺もそれに続く。
城を出ると、馬がこちらに向かって走ってくる。俺がレオノーラに用意してもらった馬だった。俺は馬にまたがると、アヤノを後ろに、皇帝を前に乗せる。
「この子、ご主人様の一大事がわかったのかな?」
わからない。だが助かったことは間違いない。
「あ、牡馬だからか」
得心がいったとアヤノが声を出す。
「逃げ切れるか?」
心配そうに皇帝が聞いてくる。
「問題ありません。陛下には必ず広い世界をお見せします。言ったからには無責任に捕まることなどありえません」
そのまま宿まで駆けていき、部屋まで戻るとエリスたちを叩き起こす。
「て、敵襲ですか!?」
「むにゃ、ねむいよう……」
「なんですの?騒々しい……」
愚図る彼女たちを半ば強引に外に連れ出す。夜中に起こされて不満顔の彼女たちだったが皇帝を見るとその表情が驚愕に染まる。
「皇帝を攫ってきたから衛兵に追われている。これ以上の説明は後だ。はやく帝都を抜け出すぞ」
何かを言おうとする彼女たちだったが、衛兵たちの姿が見えると捕まってはかなわないと思い急いで馬に乗り、全力で走らせる。
追っ手は帝都の外まで及び、しばらく走り続けたが、夜が明けるくらいには彼らを撒けたようで一息つく。
「いやー、危なかったね」
アヤノは気の抜けたような声を出す。もちろん事情を察していない一同はそんな彼女に詰め寄る。
「危なかったね。じゃありませんわ!いったいこれはどういうことですの?」
当然と言うべきか、中でも帝国貴族であるレオノーラの剣幕は恐ろしいほどだった。
このままでは首を刎ねられかねないので事情をかいつまんで話す。
「なるほど、つまり陛下に外の世界を見せてあげたかったと」
「うんうん」
レオノーラの総括にアヤノは頷く。
「しかし、なんて無茶苦茶な……捕まったら晒し首どころの話じゃありませんわ。一族郎党連座というのも十分考えられる暴挙ですわね」
「余はアヤノとアルに感謝しているぞ。絶対にそんなことにはさせん」
「とりあえず、その衣装は着替えた方がいいかもしれません。貴人であることは一目瞭然なので。平民に緊張感を与えては本末転倒でしょう」
エリスの言う通り、皇帝の服には豪奢な装飾が施されており、俺やアヤノが着ている旅人の装束からは程遠かった。
「それに、陛下ともお呼びできないよね。どうしよう……?」
「それなら、ヘルミナと呼んでほしい」
ミルカの疑問に皇帝が答え、皆が頷く。
「とりあえず、この近くに町があるので立ち寄りましょうか。あそこならわたくしの息がかかった者もいますし」
レオノーラの提案に異を唱えるものはいなかった。俺たちは近くの町に向かって馬を走らせた。
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