若き皇帝との対話

 武器を預ける必要があったものの、入城自体はあっさりとかなった。

 さすがに玉座の間へはレオノーラ以外入れなかったが、しばらく待たされた後、彼女が出てきて「異国の剣士に興味があるそうですわ」と謁見を許された。

「見世物になるつもりはないんだけど」

 アヤノは不服そうな顔だ。どうやら彼女の中で帝国の印象は相当悪いらしい。

「アヤノ、今は目的の達成を優先してください」

「わかったわよ……」

 エリスに諭され、玉座の間に向かう。

 玉座に座っていたのは少女だった。ミルカより少し上――十二ほどだろうか。

「遠路はるばるよく来てくれた。帝国は客人を歓迎する。委細はそこのレオノーラから聞いた。道中、我が軍が貴殿らに迷惑をかけたようだ。彼らを代表して謝罪する。すまなかった」

 玉座から立ち、頭を下げる皇帝に皆面食らった様子になる。帝国のイメージとこの皇帝とが全く結び付かなかったからだ。

「いけません陛下、皇帝たるものそう下々の者に軽々しく頭を下げてはみなに示しがつきませんぞ!」

 近くに控えていた家臣が止めに入るが彼女は不愉快そうに顔をしかめる。

「貴様らは少し下がっていろ」

「し、しかしそれではもしもの時、御身を守ることが……」

「そこのレオノーラがいるではないか。こと護衛に関していえば貴様のような文官よりよっぽど頼りになろう。それとも、帝国が始まって以来ずっと忠義を貫いてきたボルフマイヤー家の当主では不服とでも?」

「いえ、しかし……!」

「くどいぞ、他の者も下がらせるんだ」

 強硬に命令され、不承不承家臣たちが玉座の間を出ていく。

「見苦しいところを見せてすまなかったな」

「いえ……失礼ながら何か彼らに聞かせたくない話でも?」

「察しが良くて助かる」

 エリスの言葉に、皇帝は頷く。

 そしてアヤノの方を見て話し始める。

「アヤノとやら、貴殿ははるか遠い国の出身だそうだな。その貴殿から見てこの国はどう見える」

 その質問は俺の中で警鐘を鳴らす。アヤノはまた無茶苦茶なことを言ってこの謁見をぶち壊すのではないかと。

 エリスやレオノーラも同様に、不安そうにアヤノを見ている。

「異常に見えます」

「アヤノ!」

 案の定だった。エリスは慌てて彼女を止めようとするも、皇帝がそれを制する。

「よい、アヤノ。続けてくれ」

「帝都の人は贅沢に暮らしているのに、郊外の住民からは住む場所を奪って代わりも見つけてあげない。人間以外の種族には寝る場所もろくに与えてあげない。庶民と向き合っている地方の領主のことなんて知らんぷり。こんな国絶対におかしいです」

「……エリス、亜人の貴殿から見てもやはりこの国は異常か?」

「……」

「よい、余は率直な意見を求めている」

 皇帝に促され、エリスは重い口を開く。

「……亜人の奴隷化に忸怩たる思いを抱いているのは否定できません。それに、無理な研究で出た煙や汚水は帝都の外まで汚しています。野生動物の乱獲も……帝国が性急な発展路線に舵を切ってから帝国領にあるエルフの森は年々狭まっています」

「やはりそうか……」

「やはり?あなた王様なのにそんなことも知らなかったの?」

 アヤノは皇帝を咎めるような声をあげる。

「余は城の外をほとんど知らない。家臣に聞いてもみな聞こえのいいことを言うばかりだ。軍人や彼らお抱えの研究者は余の断りもなく動き回っている。だがどう問題を抱えているのか知らなければまた彼らに言いくるめられてしまう。これでは余は傀儡君主のまま何も知らずに帝国と運命を共にすることになるだろう。だから貴殿らから話を聞いている」

 皇帝は唇を噛み、握りしめたその小さな手を震わせる。レオノーラは彼女をなだめるように言う。

「家臣たちは幼い陛下の心身を気遣いそのように動いているのでは?傀儡などということはけっして……」

「ヒルスキアに破滅させられた者たちは幼いからで余を赦すだろうか?置かれた境遇に甘んじるのが君主の道と、民のためこうして余の元まで諫言に来た貴殿のことだ。そんなことは本気で思っていまい。レオノーラ」

「……陛下のお心意気、感服いたしましたわ。このレオノーラ、これからも陛下のため粉骨砕身仕えさせていただきます」

「今、帝国は様々な国とことを構えている。このままでは帝国は滅んでしまう。内から変えていかなくては。そのためには外の世界を知り、従来とは違う価値観を持つ貴殿らの力が必要だ。どうか力を貸してくれまいか」

 皇帝は再び頭を下げる。

「いいよ。だってそのために私たちは来たんだもの」

 アヤノの顔からは皇帝への嫌悪がすっかり消えており、快く引き受けたのだった。


    ■■■■■

 協力を約束したものの、皇帝にも政務があるので一旦城下の宿屋に戻る。

「それにしても、あれだけ嫌がっていたのにずいぶんあっさり引き受けましたね」

 エリスは少し意地悪そうな目でアヤノを見る。

「うん、だってあの子すごくいい子だったんだもん」

「皇帝をあの子呼ばわりですか……お願いですから失礼のないようにお願いしますよ」

 エリスはやれやれと肩をすくめる。

「それくらいで怒る子じゃないと思うんだけどなぁ」

「それを家臣が見たらどう思うかって話です! レオノーラ殿も肝を冷やしたことでしょう。本当に申し訳ございません」

 エリスが頭を下げると、レオノーラは苦笑していやいやと手を振る。

「確かにアヤノさんの天衣無縫ぶりには驚かされましたけど、我々臣下はあれほど直截に意見を述べることができませんから、ほかならぬ陛下自身が望んでおられるのであれば止める必要はどこにもありませんわ」

「でも協力って言ってもなにをすればいいのかなぁ?」

 ふと、ミルカが疑問を口にするが、エリスもレオノーラも首をひねるばかりだった。

「私にいい考えがあるから任せて」

 ふっふと笑いながらそんなことを言うアヤノに不安を覚える。その不安はすぐに的中するのだった。

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