帝都までの道のり

 翌日、俺たちは早速帝都に向かうことになった。

 アヤノは見送りに来てくれた民衆を見て言う。

「アグピ村とシソレブ村の人たち、うまくやっていけそうね」

「ああ、ひとまず安心したよ」

 こういう場合軋轢が生じやすいので、心配していたが、問題はなさそうだった。

「復興の人手はわたくしの方から支援させていただきますわ。いずれ、アグピ村も取り戻してみせます。村の皆さん、本当に申し訳ございませんでした」

 レオノーラは村人たちに頭を下げる。

「そんな、頭を上げてください!」

「ボルフマイヤー様には御父上の代から本当に良くして頂いて、感謝しかありません」

 彼らの言葉は、レオノーラの領主としての資質を十二分に語っていた。

「ミルカおねえちゃん、ありがとう。またきてね!」

 少女がミルカの方に駆け寄っていく。顔は未だに腫れており痛々しかったが、いずれ治っていくだろう。その明るさが失われていないことに安心する。

「さあ、行きますわよ!」

 レオノーラは四頭、馬を手配してくれていた。俺たちは馬に乗り街道を進む――

「きゃー、だれか止めて!」

 見ると、アヤノの乗る馬があらぬ方向を走り始めていた。馬は好き放題走り回った挙句、彼女を振り落とし不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「いたた……」

「おかしいですわね、そんな悍馬ではないはずですのに」

 レオノーラは首を傾げながら他の馬を用意させたが、同じことだった。

 仕方がないので、アヤノは俺の後ろに乗ることになる。

「げへへ……」

 不穏な声が聞こえる。心なしか手つきもいやらしく感じた。

「じゃあ行くぞ」

 気にしても仕方がないので、馬を走らせることにする。

「それにしても、お前が馬にも乗れないのは意外だな」

 アヤノほどの心得があるものなら馬にも乗れるのが大概だが、不思議な女だ。

「えー、そうかなあ」

「ああ、馬に乗れない剣士は珍しいな。ニホンというのはどこの国なんだ?」

「極東の国って言われてたよ。あ、でもここから東なのかなぁ。よくわかんない」

「東か……」

 東方の国々は文化も信仰も全く違うらしい。こいつの常識はずれな面はそういった環境によるものなのかもしれない。

「アルはどこで生まれたの?」

「さあな、気付いたころにはデマリアの貧民街で一人だった。乞食をして、ミルカくらいの歳には殺し屋をしていた」

「ごめん……」

「珍しいことでもないだろう」

「ここはそういう世界なんだよね……」

 しばらく無言の間が続く。後ろにいるアヤノの顔は見えないが、暗くなっているのは想像がつく。こいつの育った場所はよっぽど豊かな土地だったらしい。

 このまま暗いのも鬱陶しいので話を変える。

「あー、お前の剣術はそのニホンとやらでは一般的なものなのか?」

「うん、ケンドウ!」

「ケンドウとやらはその変わった剣を使うのか」

「ううん、ケンドウはブドウだから人は斬らないよ。自分を高めるためにやるんだ。竹の剣を使うの」

「軍の訓練で使う木剣のようなものか」

 竹の剣がどんなものかは知らないが、木剣より安全そうに思えた。

「しかし、人を斬らない剣術か」

 俺には理解できない世界だ。

「うん、そのケンドウもカタナを使う剣術が基になってるから、これを作ってもらったの」

 カタナというのは彼女の持っている剣だろうか。

「見たこともない剣だ。それは故郷で作ってもらったのか?」

「ううん、エリスの友達にドワーフの鍛冶屋さんがいたから、その人に作ってもらったの。何回も作り直しをさせて、最後の方は髭もじゃのおじさん半泣きだったよ」

 悪戯っぽく言うアヤノ。それはそうだろう。華美な飾りこそないがあの美しい、波打つ刃は一度見たら忘れられない。どんな製法かは想像もつかなかった。

「びっくりしたのは私もだよ。エリスみたいなエルフも、ミルカみたいな獣人もこっちに来て初めて見たよ。ついでにレオノーラさんみたいなくるくる頭も。マンガの中だけだと思ってた」

「あんな髪型の騎士は俺も他に見たことがない……亜人種は故郷にいなかったのか」

「うん、竜も魔法も魔族も見たことがなかったよ」

 どうやらニホンというのは相当変わった場所らしい。

 まあ、アヤノを見ていればわかるか。

「それで、エリスとはどこで知りあったんだ?」

「えっとね、テレビデンワ」

 またよくわからない単語が出てきたな。

「なんだそれは」

「離れていてもお互いの顔を見てお話ができる機械だよ」

「……魔法のない土地じゃなかったのか?」

「魔法じゃないよ。科学だよ」

「科学でそんなことができるわけないだろう」

「できるんだって。それで、エリスとテレビデンワして、世界が危ないから力を貸してほしいって言われて、可愛い子だからいいよって言ったんだ」

「お前はブレないな」

「それで気付いたらこの世界に来てて……」

 アヤノの声音からは少しの後悔がにじみ出ていた。その話を聞いた限りだと親や友人に知らせる間もなくここへ転送されたのだろう。

「エリスは詳しい事情を話さなかったのか?」

「なにか言っていた気がするけど、早くエリスの実物と会いたくてあんまり聞いてなかった」

「そうか……」

 アヤノの性癖を利用した狡猾な策か。エリスもなかなか残酷なことをする。

「あ、でもエリスは良い子だし、ミルカみたいな妹もできたし、アルみたいな超絶美少女とも婚約できたしいいこともいっぱいあるから大丈夫」

「婚約などした覚えはないが」

「えー」

 えーはこっちのセリフだ。

「まあ、ニホンに戻りたい気持ちもあるけど、ここで関わった人たちはみんな理不尽な目に遭って泣いてるし、放っておけないよ」

「甘いな」

「甘いのは駄目かな?」

「自分の身を自分で守れるうちは構わない」

「じゃあ、今のままでいいや」

 優しさも強さも持っていて、この世界の慣習にも動じない。そんな彼女だからこそエリスは何としてでも欲しがったのかもしれない。

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