山賊との戦い
その後、俺たちは数十人の村人を連れ、二日ほど街道を歩きつづけた。
「ここです。ここに入ってしばらく行ったところに集落があったはずです」
エリスが指し示したのは山へと続く獣道だった。
「本当にこんなところに村があるの?」
「はい。いきなり大勢で押しかけても驚かせてしまうかもしれないのでまず私たち四人だけで様子を見に行きます」
アヤノをはじめ、全員が疑わしいといった顔だったが、エリスの足取りに迷いはなく、実際に半刻ほど歩くと、木でできた家々が現れる。
「本当にあった……早速お願いしに行かなきゃ」
そう言いながら集落へ向かうアヤノの腕を、ミルカが掴む。
「待ってお姉ちゃん。なんか様子が変だよ」
「変って?」
目を凝らす。村の中では何人か男がうろついている。しかし彼らは剣を腰から提げており、長い間手入れされていないようだが軽歩兵の鎧を着ている。
「山賊か……」
「うん」
ミルカが首肯する。
「一旦退くぞ」
俺たちは街道まで戻り、再び話し合うことにした。
再び一行の間に絶望感が漂い始める。
「まさか山賊たちのねぐらになっているとは、厄介ですね……」
エリスは爪を噛み、落ち着かない様子で歩き回っている。
「いや、これは好機だろう」
「好機?」
俺の言葉に、エリスは怪訝な顔をする。
「あの集落の生き残りがいるかいないかは知らんが、山賊をあそこから追い出せば移住の問題は解決する」
「そうね、山賊くらい一ひねりしてやるわ」
「腕が鳴るよー」
腕を捲るアヤノとミルカだったが、エリスは慌てて止めに入る。
「ま、待ってください!まだ敵の数もわかっていないのに……」
「なら俺が見てこよう」
「危険すぎます!」
「この辺りはそこまで集落もないし、今更策の練り直しはできないだろう。食料だって限界があるだろ。この状況下では次善の策をとるしかないだろう」
「あなた一人に負担が集中するような行為は下策です!」
「この先もっと苦しい場面がやってくる。お前はその度に最善に拘れると思っているのか?」
にらみ合いになるが、やがてエリスはため息をつき、あきらめたように言う。
「わかりました。たしかにあなたの言う通りです。でも、くれぐれも無茶はしないようにしてください」
■■■■■
元々森林を開いて作ってあり、起伏も多く、隠れる場所が多いこの集落に潜入するのは容易で、首領の位置、捕虜が見当たらないことなどはすぐにわかった。しかし、賊の数は思ったよりも多く、この現実は俺たちの頭を悩ませた。
「百人ですか……」
俺の報告を聞いたエリスは考え込む。
敵は百人以上、俺たちは四人、一騎当千の実力を持つアヤノやミルカがおり、雑兵崩れが相手とはいえ苦戦は必至の人数差だ。
「夜襲をかけるか」
この提案に皆頷く。そして作戦を決行する夜を待つのだった。
「準備はいい?」
アヤノが声をひそめ、俺たちの顔を見渡す。
「私、ミルカ、アルの三人が仕掛けるから、エリスは弓と魔法での支援をよろしくね」
「わかりました。ご武運を」
エリスが呪文を唱える。魔力の粒子が赤く輝きながら彼女の周りを舞う。そしてそれは一つの火球になると、首領がいるひと際大きな家にぶつかる。
木で作られた家からはすぐに火柱が上がり、中から山賊が慌てて出てくる。
「いっくよー!」
ミルカが駆ける。身の丈ほどもある斧は一振りで数人の山賊をなぎ倒す。アヤノも後に続き、首領の元目掛けて一直線に走っていく。
「覚悟!」
神速の斬撃――首領は剣を構える間もなく地面に倒れる。
頭を失った山賊は恐慌状態に陥る。俺もその機を逃さず一人、また一人と山賊を倒していく。
「敵は少ない、囲んで殺せ!」
しかし、脱走兵の寄り合いということもあってか、新しい指揮者の元まとまりつつあった。
まず狙われたのは俺だった。アヤノやミルカと違い俺の短剣は多対一に向かず、彼女たちに比べれば非力なのも見抜かれたのだろう。非常に合理的な判断のもとに彼らは動いていた。
「くっ……」
迫りくる敵を斬っていくが、包囲の輪はどんどん狭まっていく。
「アルさん!」
エリスの声と共に、矢が飛来してくる。爆薬でも仕込んであったのか、それは大きな音とまばゆい閃光を放ちながら破裂する。
なんとか囲いを抜け出したが、斬っても斬っても湧いてくる山賊共に苦戦している現状は変わらない。
「キリがないわね……」
アヤノが歯噛みする。山賊は森の中から斬りかかり、民家の中から矢を放ってくる。
俺たちは四人で固まり、お互いの背中を守る。
「エリス、もう一回あの火の魔法やって!」
「あんな魔法を無計画に乱発したら山火事になって全部燃えてしまいます。そうなってしまったら最後、彼らの住む場所はなくなります!」
「そんな……」
「一旦退却するのが得策かもしれません。白兵戦で不利なのを悟っている彼らはわざわざ街道まで追ってこないでしょう」
「でも今帰ったら、山賊さんたち怒ってこの村を焼いてから逃げちゃうかもよ」
それぞれの考えが交錯する。エリス、ミルカ双方の意見に理があった。
退却するのは易いだろう。だが、彼らに考える時間を与えたら?この村の生き残りが俺たちをけしかけたと憤り、報復に村を焼くくらいは十分に考えられた。
「どうする……」
思考の迷路に陥りかけたその時、男たちの野太い声が聞こえる。
「旅人さんたちを助けるんだ!」
「やっぱりオイラたちにも手伝わせてくださいッス!」
アグピ村の男たちだった。彼らは農具や狩猟用の弓を持って山賊たちを倒していく。
勇猛な彼らの姿にしばし唖然とする俺たちだったが、ミルカの声で我に返る。
「村人さんたちを守らないと!」
俺たちは疲れた身体に鞭を打って山賊を駆逐していく。
しばらく頑強に抵抗していた山賊だったが、やがて山の中に逃げていった。
「やったー!」
ミルカの声で、戦いが終わったのだと実感する。疲労困憊ではあったものの、皆の顔も明るかった。
「まだ油断してはいけません。森に逃げた山賊の残党が残っているかもしれないので、数人で警戒に当たるべきでしょう」
「ならその役目は俺が引き受けよう」
あまり戦いでは活躍できなかったわけだし、それくらいはやるべきだろう。
「その必要はありませんわ」
聞き覚えのない声が返答してくる。
「だれだ!」
森の中から姿を現したのは帝国式の甲冑に身を包んだ女騎士。それはいいとしても、そいつは舞踏会に来た令嬢のように金の髪をらせん状に巻いている。こんな間抜けななりをした騎士は初めて見た。
「森に逃げた賊なら、このわたくしが掃討しておきましたわ」
このわたくしと言われてもな。
「あら、わたくしとしたことが、名乗りがまだでしたわね。わたくし、レオノーラ・ガブリント・ヒルトリン=ボルフマイヤーと申します。ちょうど軍事演習をしていたところに難民の方々を見つけ、話を聞いてみると山賊に村を奪われたとおっしゃるので兵を率い来てみるとあなた方が戦っているところに出くわした次第ですわ」
「で、帝国の貴族サマは高みの見物をしていたわけか」
「わたくしが到着したころには抵抗している山賊の数はかなり少なくなっておりましたもの。これなら掃討に専念した方がいいと思ったまでですわ」
俺の皮肉にも、レオノーラ何某とかいう巻き毛は動じた様子はない。
「この村の生き残りがいたんだ……よかったぁ」
アヤノはほっと胸をなでおろす。
「それにしても、なぜあなた方はこのようなところで山賊退治などしていたのですか?」
レオノーラの質問に、俺たちはこれまでのことを話す。
「そんな、ひどすぎますわ!砦を建てたいからと問答無用でそこに住む方をおいだすなど……」
「あんたら帝国がやったことだろ」
「そんなこと聞かされていませんわ。アグピ村はボルフマイヤー家の領土だというのに……」
レオノーラの今にも泣きそうな顔を見て、誰も彼女を責めることはできなくなっていた。代わりに気まずい沈黙が訪れる。
「決めましたわ!」
何を決めたのか、その沈黙を破ったのはレオノーラ自身だった。
「中央の横暴な振舞いには辟易していたところですの!わたくし、帝都まで行って陛下に直訴いたしますわ!」
「皇帝に会うことが許されているのですか?」
興奮気味に立ち上がったのはエリスだ。
「当然ですわ。ボルフマイヤー家は古くから帝国に仕えている名門ですもの」
「皆さん、ちょっと」
エリスが俺たちを集めて小声で話し始める。
「これは好機だと思うのですが」
「好機?」
アヤノをはじめ、皆ピンと来ていない様子だ。
「皇帝と直接話すことができれば、帝国の抱える問題を聞き出すことができるかもしれません」
「嫌よ。あんなひどいことする皇帝、話になるわけないじゃない」
アヤノは口をとがらせ、不満そうな表情を作る。
「今の皇帝は幼く、軍人たちの傀儡になっているそうです。実際に会えるなら話の余地はあると思います」
「エリスが言うなら、まぁ……」
不承不承といった様子でアヤノは頷く。
「皆さんなにをこそこそと話されていますの?」
怪訝そうな顔でレオノーラが訊ねてくる。
「皇帝に会うなら、俺たちも連れて行ってくれないか?」
「……えー」
言ってはみたものの、案の定嫌な顔をされた。しかし、彼女かぶりを振り続ける。
「いえ、あなた方の行動が大義に基づいているのは察しがついております。我が民を救っていただいた恩もありますわ。わたくしにできることがあるなら惜しまず協力致しますわ」
「助かる」
「でも、あまり期待しないでくださいまし、田舎領主にできることなどたかがしれていますもの」
「それなら大丈夫だと思いますよ。皇帝の関心を引く一芸には優れた一行ですから」
エリスが言う。たしかに、アヤノの剣舞、ミルカの怪力、エリスが錬金術で作るみょうちきりんな道具、どれも人の関心を引くものかもしれない。
「多分、アルが一日城下を歩けばすぐに噂になって皇帝の耳にも入るんじゃないかな」
「あぁ……たしかに。あなたは美の女神にも引けを取らない容姿をされていますものね」
アヤノの言葉に、レオノーラが同調する。やめてくれ、なんだか本当に頭が痛くなってきた。
「皇帝なんかに私のアルはあげないけどね」
「あら、お二人はそういう……?」
レオノーラは顔を赤らめ、口を押さえる。
「あんまりこの女の言うことを真に受けるな」
「そ、そうですわよね。つい最近、書物でそういったお話を読んだものですから、わたくしったらつい……」
「おやおや、レオノーラさんも素質ありそうだね」
アヤノは舌なめずりすると、レオノーラの尻を撫でた。
「きゃー!な、なにしますの!?」
たしかに貴族にも公然と卑猥な行為をするその胆力は一芸と言えるかもしれない。
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