勇者一行、村で歓待を受ける

 街道を半日ほど歩くと、山間にあるのどかな農村を見つける。

 遠目にも赤いレンガ造りの家々は緑の中に映えており、ひと際大きな水車が回っている様子は人々の息遣いを感じさせた。

「今日はこの辺りで休みましょうか」

「うん、おなか減ったー!」

 エリスの提案に、ミルカはもろ手を挙げて喜ぶ。

 村に近づくにつれ、牛や羊が見え、彼らの匂いが強くなってくる。

 そんな光景を見てミルカはよだれを垂らす。

「おいしそー」

 ……そうか?

 アヤノやエリスも早く休みたいのか、自然と歩みを速める。

 こういった村は流れ者を嫌がる傾向が強いが、ここの人達は愛想よく会釈を返してくる。アヤノが宿屋はあるかと聞くと、村人は喜んで案内してくれた。

 他の家と同じで宿屋はレンガ造りの素朴な建物だった。庭では地元民と思しき連中が卓を囲んで酒を飲みながらダイス遊びに興じている。それらを横目に中へ入ると、人のよさそうな恰幅のいい男が俺たちを出迎えた。

「いやはやこんな辺鄙なところによくおいでくださいました。長旅でおつかれでしょう」

「四人で一泊、部屋はある?」

 アヤノが代表して主人と話す。

「もちろんでございます。なかなか旅人が寄り付かない村でございますれば。この宿もほとんど村人の集会所のようなものになっております。はっはっは!」

 宿屋として致命的に思えたが、それで十分生計を立てられているのだろう。主人は明るく笑う。

「エリス、お金持ってる?」

 アヤノが訊ねる。

「いえ、あなたが逃げてから数日がかりで転移魔法の準備をしていましたから。着の身着のままです。もしかして持っていないのですか?」

「うん、ミルカが博打で全部すっちゃって」

「ごめんね……」

 尻尾を垂らし、耳を折り曲げしょんぼりした顔で謝るミルカ。エリスは何かを言いかけるが全身で反省の意を示す彼女を強くは叱れなかったようでこちらを向く。

「アルさん、申し訳ないのですが、持ち合わせはございますか?」

「はぁ……」

 思わずため息が出る。何が『城が建つほどの謝礼』だ。騙されていないか不安になってきたがここでごねても仕方がないので銀貨を数枚――無かったので金貨を一枚取り出して主人に渡す。

「ええっ!?こんないただくわけにはいきませんよ」

「いいから、その代わり食事に色を付けてやってくれ」

「なんて慈悲深い姫君だ……寂れた宿ですが一番いい部屋を用意させていただきます」

 いたく感動した様子で部屋の案内を始める主人。それはいいとして姫君は勘弁してほしかった。俺は帽子を持っているアヤノに恨めし気な視線を送ったが彼女はどこ吹く風だ。

 部屋は素朴だったが、四人で使ってもかなり余裕があるほど広かった。ベッドも清潔に保たれていて変な虫に血を吸われる心配はなさそうだった。

「アル、ありがとうね。お金払ってくれて」

 アヤノが顔の前で両手を合わせ、礼を言ってくる。

「構わないが、お前たち今までどうやって金を稼いでいたんだ?」

 考えてみたら謎だ。誰に雇われるわけでもなく魔王を倒そうと旅をしている一行、彼女たちの資金源はなんなのだろうか。

「私とミルカは武闘大会に出たりしてるよ」

「ああ……」

 得心がいく。この二人なら優勝することも容易いだろうな。

「私は錬金術でその地域の希少な資源や発明品を作ってお金を稼いでいます」

 そう言ったのはエリスだ。エルフというのは本来自然を愛し、それを捻じ曲げる科学を嫌っているものが多い。その科学の最先端とも言える錬金術と尖った耳はなかなか結び付かない。

「今、私のことをエルフらしくないって思いましたね?」

 エリスが半眼で顔を寄せてくる。

「構いません。慣れてますから。親兄弟にも散々言われました」

「いいんじゃないか?」

 思わずそんな言葉が口をついて出る。

「え?」

「らしさなんて気にしなくてもいいだろ。本来生まれで職業を縛られる必要なんてない。好きなことをやって食っていけるなら立派じゃないか」

「わぁ……」

 俺はエリスに言ったつもりだったが、なぜかアヤノが目を輝かせていた。

「だよねだよね!私もそう思う。でもこの世界の人は中々わかってくれなくて……」

「アヤノにはもう少しこっちの常識を身につけて頂きたいのですけどね」

 エリスが苦笑する。話がいまいち見えてこなかったがアヤノに常識が欠落しているのは少し話をすればわかることだった。

 食事の準備ができたと主人が来たので、俺たちはせっかくだからと大きな庭で食べることにした。警戒心より好奇心が勝っている村人たちは、多種族入り乱れる団体である俺たちにしきりに話しかけ、しまいには一緒に卓を囲むようになった。

 アヤノは村娘を口説き、エリスは学問を志す若者たち相手に講義を始める。

「結婚してください!」

 ……俺はというと、村の青年に求婚されていた。アヤノよ、帽子を返せ。

「あっ、ずるいぞお前!抜け駆けかよ。アルさん、こんな奴なんかじゃなく是非俺と!」

 一人が来ると、遠巻きに見ていただけの青年たちも堰を切ったように求愛してくる。帽子返せ。

「申し訳ございません。私、故国に許婚がおりまして。皆様のお気持ちはありがたいのですが……」

 あまり強く断るのも角が立つので、裏声で丁重にお断りする。

「なんてことだ……」

「その男はなんて果報者なんだ。こんな美しい方に思いを寄せられて……」

「あああああアルにいいい許婚えええ!?」

 最後の声はアヤノだ。なにか発狂しているが放っておこう。

 一方ミルカは村の力自慢たちと腕押しで力比べをしていた。自分よりはるかに大きい男たちをミルカは次々に負かしていく。

「かぁー負けた!」

「こんなちっこいのにどこから力が出てくるんだ」

「ふふーん、あ、ちっこいは余計だよ」

 悔しがる大男たちに対し得意顔のミルカ、彼女の様子をちらちらと窺う少女がいた。ミルカより更に小さく、年齢は六やそこらだろうということがわかる。

「どうしたの?」

 ミルカはその少女に声をかける。

「あのね、おねえちゃん、しっぽがふわふわーって……それでね」

「触ってみる?」

「いいの!?」

 少女が目を輝かせると、ミルカは笑顔で頷く。

「うん。強く引っ張っちゃダメだよ」

「わかった!もふもふ、もふもふ、はわぁ……」

 ミルカの尻尾を触り、至福の表情になる少女。

「はぁはぁ……尊い……」

 いつの間にかアヤノが俺の横に来ていて、気持ちの悪い息遣いですべてを台無しにしていた。

「おねえちゃんあしはやーい!」

「もっと遠くまで投げてもいいよー」

 ミルカも少女を気に入ったらしく、玉遊びやかくれんぼなどでそこら中を駆け回る。

「ケモミミ幼女と無邪気幼女のカップリングいいわぁ……」

 ……全く関係のない話だが、切り落とす部位のない性犯罪者はどうやって裁けばいいのか。無邪気に遊ぶミルカと少女を眺めながらそんなことを考えていた。

 その後も村人たちの歓迎は続き、俺たちが寝たのはそれからだいぶ後――ミルカと少女が遊び疲れ、目をこすり始めたところでお開きになった。

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