暗殺者アル、異貌の剣士と斬り結ぶ

 次の朝、俺は少ない荷物を整え、町を出る。それから昼過ぎまで街道を歩き続けたが、たまに商人などとすれ違うだけで、魔族や野盗などは現れず、おおむね快適な道のりだった。

 おおむね、と言ったのには事情がある。町を出てからずっと俺を尾行している二人組が不愉快で仕方がなかったのだ。

「いい加減出てきたらどうだ?」

 俺は毛むくじゃらの耳と尻尾が生えている岩に声をかける。すると、その岩から二つの声が聞こえる。

「わっ、バレちゃったよお姉ちゃん。どうすんの?」

「落ち着くのよ。こういう時は岩のふりを貫き通すの」

「えーと、岩ってどうやって鳴くの?わ、わおーん!」

 ……馬鹿にしているのか?

 俺は遠吠えする岩の裏側まで回り込み短剣を抜く。

「おい、なんのつもりだ?」

「ごめんなさいっ、お姉ちゃんに言われて!」

「あっ、ずるいわよミルカ!」

「ほんとのことだもん!」

「どっちが言ったとかはどうでもいい、二人とも今すぐ消えろ。さもないと……」

 短剣を彼女たちの方に向けるが、姉の方は特に動揺した素振りを見せない。

「素顔を見せてくれたらすぐにでも退散するわ」

「断る」

 目が見えなくなるほど帽子を下げ、拒絶の意を露わにする。

「じゃあもう少し観察させてもらおうかしら」

「……なら、ここで少し寝ててもらおうか」

 俺が一歩前に出ると、ミルカと呼ばれた獣人が、自らの背にある、身の丈ほどもある大斧に手をかける。

「お姉ちゃん、ミルカがいくよ」

「うん、二人とも無理しないでね」

 女は暢気なことを言っている。

「じゃあ、いっくよー!」

 ミルカは大斧を振り上げると、思いのほか素早い動きでこちらに向かってくる。

 俺がその場を飛びのく、彼女は俺が先ほどまでいた場所、その地面を陥没させていた。

 獣人が並外れた力を持っているのは知っていたが、このミルカという少女はその中でも抜きんでているようだった。

「えいっ、えいっ!」

 気の抜けた掛け声とは裏腹に、その一撃一撃は、避けるたびに風圧となって俺を襲う。力も速さも並外れた難敵だった。

 だが、そんな彼女にも弱点はあった。攻撃する際予備動作が大きいこと、それに斬撃の軌道が一辺倒だった。経験不足からくる弱点だろう。こちらが主導権を握ってしまえば倒すのは容易い。

 ミルカが斧を振り下ろす。次に取ってくる行動は明白だった。俺は彼女が再び斧を振り上げきる前に肉薄し、その腹を蹴った。

「きゃうんっ!」

 力は強くても体重は軽かったようで、子犬のような悲鳴をあげて吹っ飛ぶミルカ。

 彼女はすぐに立ち上がり、無邪気に斧を構える。

「まだまだー!」

 しかし、それを姉が制する。

「ここは私に任せて」

 彼女が腰に掛けていた剣を抜くと、氷のような冷たい闘気がこちらの肌に伝わってくる。

「今すぐ素顔を見せてくれたら、許してあげる」

「っ!」

 女の言葉には答えず、代わりに地面を蹴る。一気に彼女との距離を詰めると、短剣で連撃をお見舞いする。

「ありゃ、ほんとに短気」

 しかし彼女は全ての斬撃、あるいは刺突を紙一重で躱していく。まるで踊っているかのような優雅さで――

「くそっ、ひらひらと……」

「もう終わり?」

 彼女は武器を構える。片側にのみ波打った刃のついた、反った形状の風変わりな剣だった。

 そして見たことのない足さばきで肉薄し、こちらの喉元に向けた切っ先を振り上げる。

「ちっ!」

 とっさに避けるが、俺の頭の中ではこいつは危険だと警鐘が鳴っていた。

 尚も女は斬りかかってくる。上から、横から、あるいは手元を狙った一撃。その構えからはどれが繰り出されるか判断が難しかった。

 俺は自らを奮い立たせると、その斬撃を何とか短剣で受け流し、外套からもう一本短剣を抜いて彼女の懐に飛び込む。

 もはや加減できる余裕はなかった。俺は女の心臓目掛け短剣を突き出す。

「とった!」

 しかし、手ごたえはなく、言葉だけが空しく響く。彼女は眼前から消えていた。

「どこだ……!」

「ひどいじゃない。殺しに来てたでしょ」

 背後から声が聞こえる。慌てて振り返るとすでに剣を仕舞い、代わりに何かを持った女がそこにいた。

 一拍遅れて、彼女が俺の帽子を持っていることに気付く。

「あら……!」

 彼女の目が輝く、花の咲いたような笑顔だ。

 ……そういえば、妙に顔が涼しい。

「すっごくタイプなんですけどー!」

 なぜか敬語になり、こちらに飛び掛かってくる。先ほどのような洗練された動きではなかったが、その異常な速度に対応できなかった。

「……!」

 死んだと思ったが俺は斬られていなかった。代わりに、なぜか女に抱き着かれていた。

「かわいー!」

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