暗殺者アル、異貌の旅人に出会う

「はぁはぁ……アルたん、可愛いよぉ」

 俺に肩を回し、息を荒げる太った男はこの町の町長。こんな間抜け面の無能でも成り立つのだから政治ってヤツは楽な仕事なのだろう。

 いや、成り立っていないからこうして俺に依頼が回ってきたのか。賄賂で町議会にはごろつきがのさばり、魔族からの防備もままならない。俺に依頼をしてきた男は涙ながらに訴えた。まぁ、報酬がもらえればどうでもいいんだが。その分の仕事はこなしてやろうと思う。

「町長さん、続きはお部屋で……」

 自分の声に吐き気を催す。いやいや、この武器がなければ俺はとっくに死んでいたことだろう。

「エッチな子だねえ、そんな君には部屋でたっぷりお仕置きしてあげないとねえ」

 元々間抜けな顔を更にだらしなく緩ませてそんなつまらないことを言う町長。今こいつに鏡を見せたら恥ずかしさのあまり自殺してくれるかもな。

 おっさんが部屋のドアを開け、俺に入るよう促す。俺が入ると、町長は誰にも邪魔されないようにと鍵をかける。

「アルたん、可愛がってあげるよお――ぱぎゃ!」

 町長が間抜けな悲鳴をあげる。その賄賂で膨らんだ腹を蹴り上げてやったのだ。

「あ、アルたん……?」

「じゃあな」

「――――」

 断末魔の叫び、とはよくいうものの、そんなものを発する間もなくおっさんはこと切れた。俺は血に染まったドレスを脱ぎ捨て、帽子を目深に被ると窓から屋敷の外に出る。

 屋敷からしばらく歩き、路地裏に逸れると酒場が目に入る。ここで報酬の受け渡しをする約束だったはずだ。

 中に入ると煙草の臭いと無頼漢共の喧騒が俺を襲う。カウンターに座り蒸留酒を頼んだ。

 しばらく待っていると隣に人が座った気配がする。報酬を払いに来た依頼人かと目を向けたがそこにいたのは俺の予想とは全く違う人物だった。

「あなた、血の臭いがするわね」

 ぶしつけにもいきなりそんなことを言ってきたのは、ここら辺では珍しい肩までかかる綺麗な黒髪と茶色い瞳が特徴的な、冒険者風の装いをした女だった。血の臭いと言われ、内心穏やかではなかったが、平静を装う。

「今は人を待っているんだ。あんたの相手をしている暇はない」

「あら、まだその方は来ていないようだし、それまで付き合ってくれてもいいじゃない」

「しつこいぞ。さっさと消えないと――」

 低い声を出して女を脅す。しかし彼女は動じるどころか愉快そうに目を細める。

「そんなに報酬が待ち遠しいの?」

「なに?」

「報酬ならここにあるわ。依頼人は都合が悪くなったから代わりに私が来たの」

 女は麻袋をカウンターの上に置く。中身を見ると確かに依頼分の金額が入っていた。

「なら用は済んだな。失礼させてもらう」

「待って!」

 飲んでもいない酒の代金を置き、席を立つ俺を女が呼び止める。無視して店を出るという選択もあったが彼女の大声で多少の注目を集めてしまったので仕方なく振り返る。

「なんだ?」

「よろしければお顔をもっとよく見せてくださらない?」

 彼女は俺の帽子を指さす。

「よろしくないのでこれにて失礼させていただきます。では」

 酒場を後にする俺だったが、背後から聞こえてくる「諦めないわよ……」という言葉が不安を煽った。

 酒場から更に路地裏を進むと、廃墟が多くなり、浮浪者たちが目に付くようになる。彼らはぶしつけに視線をぶつけてきたが、すぐに身なりもよくない俺から興味を失ったようだった。

 俺はその一角にある安宿に足を踏み入れる。ここでは皆が共同の部屋を使っており、流れ者のちんぴら共がカードを使った賭け事に興じている。

「よお、あんたもやってくか?」

 ちんぴらの中の一人が声をかけてくるが、それを無視し自分のベッドに座る。

「ちっ、不気味な奴……」

「ツラくらいみせろってんだ」

 男たちがひそひそと俺の悪口を言っているのが聞こえてくる。鬱陶しいが金にならない争いはしたくない。

 彼らに混ざって博打をやっている頭からは毛むくじゃらの耳が生えた小柄な少女――獣人だろうか、彼女は腕を振り回しながら怒鳴る。

「いいから早く続きやろうよー!勝ち逃げするつもり?」

 彼女の言葉にちんぴら共は盛り上がる。

「こりゃイキのいい新入りが入ってきたな」

「ここの洗礼を浴びせてやるぜ」

 これはまたうるさいのが入ってきたな。まあいいか、この街にはもう用が無い。酒場では奇妙な女に絡まれるし明日には出発しよう。

 その後、少し寝ようかと目を閉じたが、獣人のガキとちんぴら共がうるさくて寝付けなかった。いや、彼女たちのせいではないか。人を殺すのはもう何度も経験しているが、そんな日はいつも一睡もできない。諦めて目を開くと、先ほど酒場で遭った女がこちらを覗き込んでいた。

「寝ているときも帽子を被っているのね」

「……ッ!!」

 口から心臓が飛び出しそうになる。というのはまさに今のような状況のことだろう。自分でも驚くような俊敏さで起き上がり、身構える。

「お前……こんなところまで来て何のつもりだ?」

「私は今日からこの宿を利用しているだけよ。妹と一緒にね」

 女が目を向けたのは博打に疲れたのか大いびきをかいて寝ている獣人のガキだった。

「……妹?」

 あまりにも似ていなかったので思わず口に出てしまう。

「人それぞれ事情があるでしょ。私にも、あなたにも。ね?」

 悪戯っぽくウインクしてくるその顔があまりにも鬱陶しかったので拳を叩きこんでやろうかと思ったが、すんでのところで自制する。

「そうかい……あんまこっちに関わるなよ」

「あら、どうして?せっかくこうして同じ部屋にいることだし仲良くしましょうよ」

「明日この町を出るから、仲良くする必要はない」

「そうなの?それは残念……」

 女は悲しそうに眉根を寄せると、自分のベッドまで帰っていく。

 ……妙にあっさり引き下がるな。いや、勘ぐっていても仕方ないか。

 彼女の気が変わってまた話しかけられても敵わないので、眠れないが目を閉じて朝を待った。

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