第4話 キラーパンサーの餌

「ああ、ホワイトカピバラの世話をするのは楽しいなぁ」


 最近、お気に入りのホワイトカピバラがすっかりなついてきて、スリープを使わなくてもケージに入って餌やりもできるようになってきたカルタンは、楽しく餌やりをしていました。


 もともと、ホワイトカピバラは雑食性で、人間を積極的に襲うモンスターではなく、むしろ、人間に毛皮目的で乱獲されて数が減ってしまっている希少種なのです。ただ、危害を加えられると、その鋭い牙で反撃をして、人間の首をかききってしまうこともあることからモンスター認定されているだけなのです。


 いつものように、ホワイトカピバラの毛皮のもふもふを味わって楽しんでいると、バッド主任に呼ばれました。


「今日は、キラーパンサーの餌やりを行う」


「おおー、ばりばりの肉食モンスターですね。好物はいったい?」


「人肉だ」


「うわぁ、やっぱり。怖いなぁ」


「しかも、キラーパンサーは生き餌じゃないと食べないのだ」


「それじゃあ、生きた人間しか食べないんですか? そんなモンスターをどうやって飼育するんですか?」


「うむ、実は肉自体は人肉でなくても食べるのだ。キラーパンサーは獲物が人間型をしているのを襲って食べるのを好む。それで、人間に近いモンスターを生きたまま与えることになる。ゴブリンとかだな」


「ゴブリンを捕獲して、キラーパンサーの餌にするんですか? ゴブリンといえば、最近は、一匹あたりは弱いけど、集団になると実は恐ろしいと評判で、ゴブリン専門のハンターもいるそうじゃないですか。冒険者ギルドに依頼してゴブリンは調達してもらえばいいのでは?」


「そうなのだが、最近は、ゴブリン退治も値上がり気味でな。ゴブリン専門のハンターが、ゴブリンの恐ろしさを言いふらしているおかげで、ゴブリン狩りをしようという冒険者が減っているのだよ」


「また、僕らでゴブリンを調達しに行くんですか?」


「そうだ、また捕獲の天才カルタンの出番だ」


「バッド主任、メンバーに入ってないじゃないですか・・・」


「代わりにマリアを連れてっていいから」


「えー、マリアは強引だからなぁ。でもバッド主任より戦力にはなるか。ゴブリンぐらいは麻酔銃で倒してもらえそうだし」


 仕方ないので、カルタンはバッド主任を置いて、マリアのところに向かいました。


「嫌よ」


「えー、なんで?」


「ゴブリンは怖いって、もっぱらの評判じゃない。女と見れば、見境なく襲ってくるって」


「・・・それもゴブリン・ハンターが言いふらしているうわさ話じゃないか」


 これはうわさ話を是正するためにも、ゴブリンも研究所で飼育しないといけないかもしれないとカルタンは思いました。


「大丈夫、マリアみたいながさつな女を襲うのはゴブリンでも相当だから・・・あだっ!」


「誰ががさつな女よ! とにかくゴブリン捕獲には私はいかないからね」


 結局、カルタンが一人でゴブリン捕獲に行くことになりました。


「まあ、ゴブリン一体を麻痺させて捕まえるだけなら・・・でももし集団で襲ってきたら・・・がくぶるがくぶる・・・」


 やっぱり一人でゴブリン狩りに行きたくないカルタンに、ひとつのアイデアが浮かびました。


「餌を捕まえてくるんじゃなくて、餌のあるところに飼育モンスターを離してやればいいんじゃない?」


 カルタンは、このアイデアをバッド主任に相談することにしました。


「おお、それはいいかもしれない。魔法で遠隔操作できる首輪に麻痺薬を装填しておけば、キラーパンサーの再捕獲は簡単だ。キラーパンサーをゴブリンの巣穴で思うように暴れさせて、満腹になったところを再捕獲すればいいんだ」


「ちなみに、キラーパンサーとゴブリンの強さを比べた場合は・・・?」


「キラーパンサー1体で、ゴブリン50体は軽いな」


「それなら安心ですね。それで行きましょう」


「待った、カルタン! さらに万全を期そう。ビーストテイマーにキラーパンサーをテイムしてもらおう」


「ビーストテイマーの知り合いがいるんですか?」


「何を言うんだ。ここは王立モンスター研究所だぞ。ちゃんと、モンスターテイム班が存在する。そこから一人、ビーストテイマーを出してもらおう」


 バッド主任は、モンスターテイム班の事務所に向かいました。


「キラーパンサーをテイムして、ゴブリンの巣穴を襲わせろって?」


 テイム班の班長、ファイン班長は訝しげな顔をしました。


「襲うというか、キラーパンサーにゴブリンを食べさせるのが目的なんですけど」


「まあ、趣旨はわかるよ。キラーパンサーに餌を与えるためというのはね。ただ、急な話なので今出せるのは新人のアン君しかいないんだが」


「急ぎなのでそんなに注文はつけません」


「では、後ほどキラーパンサーの檻にアン君を行かせるから、準備をしておいてくれ」


 カルタンとバッド主任はキラーパンサーの檻に戻り、キラーパンサーを眠らせて麻酔薬の装填された首輪を取付けました。うまくテイムできれば、使わないで済むかもしれませんが。


 そこにアンがやってきました。小柄な女性です。


「あなたが私を呼んだ飼育班の捕獲担当カルタンね」


「はい、カルタンです。よろしくお願いします」


「キラーパンサーをテイムして、ゴブリンの巣穴を壊滅させればいいのね」


「いや、別に壊滅はしなくても、キラーパンサーがお腹いっぱいになればいいんですけど」


「じゃあ、早速キラーパンサーをテイムしましょう」


「テイムってどうやるんですか?」


「モンスターと対話して、モンスターの要求とこちらの希望をすりあわせて、妥協点を探るのよ」


「主従関係を作って強制的に言うことを聞かせるわけじゃないんですね」


「そうよ、双方の歩み寄りが大事なのよ」


 アンは、キラーパンサーの檻の前で、杖を取り出しました。


「これはテイムの杖・・・一時的にモンスターの言葉がわかるようになる優れた魔道具よ」


「そんな便利なものがあったんですか?」


「企業秘密だけどね・・・キラーパンサーよ、我が呼びかけに応えよ! ・・・えっ、私にはパンちゃんっていうかわいい名前がある、パンちゃんって呼んでくれないと嫌だって・・・カルタンくん、そうなの?」


「ああ、このキラーパンサーはメスで、名前はパンちゃんですけど、本人気に入ってたんですねぇ。よかったよかった」


「では、パンちゃんよ。これから、私とともにゴブリンの巣穴を襲って、ゴブリンをお腹いっぱい食べるのだ・・・何、たまには人間がいい・・・物騒なことを言うものじゃない。人間はだめだ」


「やっぱり、パンちゃん怖い」


「ゴブリンを食べて、檻に帰るまで、ゴブリン以外を食べるのは禁止だ。よいか、パンちゃん」


 パンちゃんは、しぶしぶながら了承したようでした。アンがカルタンに耳打ちします。


「言うことを聞くと思うけど、万が一の場合に備えて、麻酔薬の準備はしておいて」


「すでに装着済みです」


「では、パンちゃん、こちらの輸送用の檻に入りなさい」


 パンちゃんは、おとなしく輸送用の檻に入ります。テイム成功のようです。


 カルタンは、パンちゃんの檻をマジックバッグに入れて運びます。全身入れてしまうと、4次元酔いを起こすので、顔だけ出してあげています。


 そして、冒険者ギルドで聞いてきたゴブリンの巣穴に到着しました。


 パンちゃんを檻から出して、巣穴の前に立ちました。ただならぬ気配を感じて、ゴブリンたちがわらわらと出てきます。


 パンちゃんはがおーっと一声吠えて、ゴブリンたちに襲いかかります。パンちゃんは前足のひと薙ぎで、ゴブリンを吹き飛ばしていきます。


「順調なようね」


 アンが一安心したようにつぶやきました。


「でも不思議だな、パンちゃんは、棍棒を持ったゴブリンはどんどん倒すけど、ナイフを持ったゴブリンは倒しませんね」


「えっ、そういえば・・・」


 そのときです。ゴブリンのナイフが、パンちゃんの首のあたりを切りつけました。そして、麻酔薬の入った首輪のベルトを切断したのです。


「あっ、麻酔薬が! 最初から、これを狙っていたのか! パンちゃん、賢い!」


 立ち止まったパンちゃんが、アンとカルタンを完全に獲物を見る目で見ています。


「や、やばい・・・アンさん、もう一回、ちゃんと交渉してテイムしてください!」


「む、無理よ・・・ゴブリンとの戦闘で興奮しているし・・・」


 ゴブリンたちは、ターゲットが自分たちから人間たちに移ったので、チャンスとばかりに巣穴に逃げ込んで行きました。


 アンが震える声でパンちゃんをなだめようとします。


「パ、パンちゃん・・・お願いだから、一度落ち着きましょうか・・・あ、だめだわ、完全に聞く耳を持っていないわ」


 カルタンはスリープの魔法でワンチャンあることを計算しつつ、なんとか、自分たちだけでも見逃してもらう算段を立てます。アンは、地面にへたり込んで、ぶるぶると震えており、これ以上、役に立ちそうにありません。


 カルタンは、一か八か、アンからテイムの杖を取り上げました。


「パンちゃん、聞こえるか? 僕は飼育班のカルタン、今日は君の餌やりのために檻の外に連れ出したんだ」


「ふん、こんな痩せっぽちのゴブリンなぞ、食指が動かないぞよ」


「ゴブリンでは不満なのか?」


「オーク肉を出すのだぞよ! 普通に考えて、豚っぽいほうが食べて美味しそうだと思わないのか、人間どもは!」


「すまない、パンちゃん、ゴブリンもオークも人型モンスターの分類だから、食べようという発想が思い浮かばなかった。これからは、餌はオークをメインにしよう。それで研究所に戻ってくれるかい?」


「たまには人肉も食べたいのだぞよ!」


「(がくぶるがくぶる) 人肉はだめだ、パンちゃん」


「だったら、ここでお前たちを食ってやるのだぞよ」


「そんなことをしたら、人間はパンちゃんを指名手配して、最後には捕まえて殺処分してしまうぞ。ここで食欲を満たして早晩殺されるか、人肉を我慢して長生きするかだ」


「ぐむむ・・・じゃあ、せめてデザートとして、人間の血を飲ませるのだぞよ」


「血? 血だけなら、献血用の血を購入して飲ませることもできるよ。たしか、吸血コウモリの飼育用に、いくらかストックもあるはずだ」


「毎食後、デザートの血が出るなら、檻に戻ってやってもいいのだぞよ」


「よし、それで手を打とう! 今日は輸送用の檻に入って、研究所へ帰るんだ」


「わかったぞよ」


 パンちゃんは、輸送用の檻に戻ろうとして振り向きました。


「約束を破ったら、いの一番に、カルタン、おまえを食ってやるのだぞよ」


「(がくぶるがくぶる) 大丈夫、約束は守るよ」


 こうして、カルタンはなんとか無事にパンちゃんを研究所に戻すことに成功したのでした。


 よくる日、アンがカルタンのもとにやってきて礼を言いました。


「あなたのおかげで命拾いしたわ、カルタン。あなた、ビーストテイマーの才能があるかもね。テイム班のファイン班長が、飼育班をやめたくなったら、いつでも声をかけてくれって。それから、本来はテイム班専用の高額な魔道具だけど、テイムの杖を一本、カルタンに貸し出すことになったわ」


「わあ、本当ですか。テイムの杖は嬉しいなぁ」


 そして、キラーパンサーのパンちゃんの飼育は、カルタンが専属となりました。

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