第3話 ムササビネズミ捕獲

 カルタンは、その晩、バッド主任に念話の魔道具で連絡を取りました。


「バッド主任、お疲れ様です」


「おお、カルタン。ムササビネズミ捕獲はうまくいってるか?」


「それが一匹は捕まえたのですが、警戒されてしまって・・・」


 カルタンは手短に状況を説明しました。


「それで、追加アイテムがほしいんですが、転送魔法で送ってもらえますか?」


「ああ、いいよ。何がいるんだ?」


「雷除けの護符と、サンダー投網を」


「ふーん、なるほど、読めたぞ、作戦が。誰が実行するんだ?」


「それはもちろん、射撃がうまいマリアでしょう」


「ふふふ、わかった、今晩中に送って、明日の朝には届くようにするから、テントに受け取りの魔法陣を出しておけよ」


「ありがとうございます」


 バッド主任は魔道具を梱包して、転送魔法を得意とする会社、アスオクルに依頼をしました。カルタンがいる渓谷のだいたいの場所と、受け取り魔法陣の識別記号を伝えます。こうすることで、アスオクルの魔法使いがカルタンの場所を特定して、座標指定式転送魔法で、荷物を一瞬で届けてくれるのです。


 翌朝、魔道具を受け取ったカルタンは、朝食を取りながら、マリアに新たな作戦を説明しました。


「名付けて、呼ばれて飛び出てビリビリ大作戦だ!」


「何そのネーミングセンス」


「作戦はこうです。マリアがサンダー投網を頭からかぶって、ムサネズミの体当たりを待ち受けます。体当りしたムサネズミはサンダー投網の魔法でビリビリしびれて動けなくなります。そこを射撃の天才、マリアが麻酔銃で射って捕まえます」


「私もサンダー投網をかぶってるんだから、一緒にビリビリしびれちゃうんじゃないの?」


「ちゃんと雷除けの護符を用意しました。これを身に着けていれば、雷で動けなくなることはありません」


「なんだかひっかかるけど、射撃の天才じゃなきゃいけないわけね」


「そのとおりです。射撃の天才じゃなきゃいけません」


「うふふ、しかたないわね。その役、引き受けてあげるわ」


 カルタンは、ちょろいぜと思いました。


 こうして、マリアがサンダー投網を頭からかぶって、崖の上の道を進みます。


 ムサネズミが飛び出してきました。2体同時です。マリアにぼふぼふっと体当たりしました。


 その瞬間、サンダー投網の魔法が発動し、網に電気が流れました。ムサネズミ2匹がビリビリしびれてその場で動けなくなります。


 そして、マリアが・・・


「ってこれ、私もビリビリするんだけど! けっこう痛いんだけど!」


「ビリビリはするけど、しびれて動けなくなることはないはずです! 雷除けの護符を装備しているんですから! さあ、速く、ムサネズミに麻酔銃を射って完全に麻痺させるんだ!」


「くっ、あとで見ていなさい!」


 マリアはそう言いつつ、ムサネズミを麻酔銃で射って仕留めました。


「どうだ、見たか、捕獲の天才カルタンさんのアイデアを! そして、これが飼育班流のオン・ザ・ジョブ・トレーニングだ! マリアには人を囮に使ったお返しだよ!」


「この、カルタン!」


「いいんだよ、サンダー投網の捕獲アイデアを出したのは僕、実行したのも僕という風でも。でも、そうしたら、わざわざ一緒について来たマリアが何もしなかったみたいで悪いなぁと思って、実行役を譲ってあげたんだよ。嫌なら、僕がかわりにサンダー投網をかぶるから」


「くっ、卑怯な・・・」


「卑怯ではありません! アイデアを出した人は偉いんです!」


 結局、マリアはビリビリするのを我慢して、さらに3体のムサネズミを捕まえました。


 合計6体のムサネズミを捕獲したカルタンたちでしたが、カルタンが捕獲したムサネズミをスリープで眠らせて調べていると、大事なことがわかりました。


「マリア、このムサネズミたち、全員オスだ」


「えっ、そうなの?」


「メザト班長の要請では、できれば、つがいも捕まえてほしいということだったからなぁ」


 どうやら、崖の上から体当たりしてくる習性があるのは、ムサネズミのオスだけだったようです。


「メスは巣穴の中にいる可能性が高いわね」


「夜、食事には出てきているんだろうか?」


「捕まえてみるしかないわね」


「結局、夜間ハンティングみたいになるのか・・・」


「それは私の得意分野だわ」


 テントに帰ると、マリアは、麻酔ライフル銃を取り出しました。拳銃サイズの麻酔銃より、射程最大100mと長く、暗視と遠視の魔導スコープを装着した一品です。これで、麻酔弾を射って仕留めるのです。


 カルタンは、マリアが決めた狙撃ポイントから狙えるように、言われたとおりに数カ所に野菜くずを撒きました。


 夜、ムサネズミたちの食事の時間がやってきました。恐る恐る餌に近づいてきたムサネズミたちを、反対側の崖の上から、マリアが魔導スコープで狙います。


「きたきた、餌に釣られて集まってきたわ。ていうか、最初からこれをやっていれば、ビリビリはなくてもよかったんじゃ・・・」


「飛びかかるのはオスだけという知見が得られたのも成果なんです!」


 カルタンは暗視と遠視の双眼スコープで覗きながら言い訳をします。


「じゃあ、射つわ」


 バスッ! スコープの向こうで、一体のムサネズミが倒れました。他の餌を撒いたところに来ているムサネズミは、エアライフルの小さな射撃音には気づかなかったようでそのまま餌を食べ続けています。


「狙い放題だわね。次」


 バスッ! また一体。こうして、マリアは、あっという間に5体のムサネズミを狙撃して麻痺させました。


 飛翔転移の首輪の力で、反対側の崖に飛び、麻痺させたムサネズミを回収してまわります。


「うん、メスも混ざっている。5体中3体がメスだね」


「これでミッション・コンプリートね」


 カルタンとマリアは、翌朝、モンスター研究所に戻りました。


 捕獲作戦の成果を、メザト班長に報告に行きます。


「そうか、崖の上から飛び出して冒険者を襲うのはオスだけだったのか、これは新たな知見だ。それにしても、合計11体、うちオスが8体か・・・ちょっとオスが多すぎるね」


「放してきましょうか?」


「いや、実は駆除したムサネズミの素材利用の研究も進めなくてはならなくてね。毛皮用とか、食用とか」


「ネズミを食べるんですか?」


 マリアが聞きます。


「ヌートリアなどは食用にされているし、ネズミもものによっては美味しいんだよ」


「毛皮もぼふっとするので、利用できるかもしれませんね」


 何度も体当たりを受けて、その毛皮のぼふぼふを味わったカルタンも同調します。


「とりあえず、調理研究班に1匹回そう」


「調理研究班なんて、モンスター研究所内にあったんですね」


 カルタンが感心します。


 調理研究班が止め刺しをして、解体するとのことで、カルタンは見学を促されましたが、辞退しました。マリアは見ていくとのことです。


 その晩、調理研究班が調理したムサネズミが職員に振る舞われました。ネズミと言っても、モンスターのムサネズミは、大きさは羊くらいあります。相当な食べでがあるものです。


 カルタンは、けっこう美味しいと思いました。くさみもなく、肉は案外脂が乗っていて食べごたえがあります。


 マリアももりもりと食べています。


 バッド主任がカルタンに聞きます。


「どうだ、自分が狩ってきたモンスターの肉を自分で食した感想は?」


「はい、うまいですね」


「これから、モンスター研究所でムササビネズミを飼育することになるが、繁殖に成功したら、もしかしたら、間引きのためにときどき食べることになるかもしれないな。少なくとも、他の肉食モンスターの餌にすることはあるかもしれない。そういうことは飼育班として覚悟しておけよ」


「はい・・・」


 モンスター研究所の飼育員は、ただ動物をかわいがって育てればいいわけではないのでした。

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